第5話 脱走
「とりあえず、これで一安心だな」
そう思った琳とコンだったが、役所に戻った二人は再び大きな溜息を吐くことになった。
「今度はバンが逃げたって?」
役所に戻るなり、窓口にいる
バンというのはバンシーという人の死を予言する
元は一人の妖だったが、鬼籍を担当するに当たって、二人に分けられたらしい。
バンが死ぬ人の名前を吐き、それを片割れのシーが紙に記す。
あの世に来てからずっと、元老院の地下室でその作業を淡々とこなしている。
故にその部屋から出ることはない。
そのバンが部屋を出たどころか、あの世を脱走して現世へ行った、というのは衝撃的なものだった。
「元老院の連中は慌てて会議だよ。すぐに追ってれば今頃は何事もなかったかのように、また鬼籍を書かせてただろうに。これだから上の年寄り連中は……」
狼がブツブツと愚痴を吐く。
「間違った鬼籍が出回ったのは、脱走の為だったのか」
琳がうんざりした様子で納得した。
「バンが故意に間違った鬼籍をシーに作らせたのだとしたら、諮問会どころの騒ぎじゃないでしょうね。二人とも処理されかねないですよ?」
コンがそう声を
「だから、お二人に手招きしたんですよ。バンには以前頼みごとをしたことがありましてね」
「バンにって……どうやって? お前、一字じゃねぇか」
狼の言葉に琳が驚くと、狼はフフン、と不敵に笑み、企業秘密です、と口を閉ざした。
ここでは名前の漢字の数で入れる場所が変わる。
琳は正しくは
死んだ人間は死後、あの世で何かしらの職に就く。
その時に三字以上の名を貰う。
一方、狼はその一字だけだ。
元が獣や妖の類は死んであの世に来る訳ではない。
何かの拍子に突然、あの世に生きたまま落ちて来る。
そういった人ではないモノは一字、もしくは二字まで貰える。
コンも人ではない。
コンの場合は琳の相棒のようなものなので、二字持っている。
故に狼より行ける場所や行動の制限が少し緩い。
とはいえ、コンどころか琳さえもバンがいる元老院という場所には入れない。
元老院はあの世での最高機関であり、現世でいうところの国会議事堂のような場所だ。
おいそれと誰もが出入りできる場所では勿論ない。
なので。
「お前がバンに借りがあるのは分かったけど、悪いが俺達の仕事の範疇じゃねぇな。元老院の誰かが連れ戻しに行くか、死神にでも頼むのが筋だろ?」
琳がそう突っ撥ねると、狼はキロリ、と目を光らせた。
名前の通り、狼は元・
今は人の姿をしているとはいえ、黒い狼の姿に変わることはできる。
あの世では獣は全て黒い色になる。
コンもまた老紳士の姿から黒い獣の姿へ変わることもある。
「……内密にお願いしたいんですよ。元老院が動くとロクなことがありませんからね。私に貸しを作っておくのも悪い話じゃないでしょう?」
悪い話ではない、とは言っているが、その顔は悪巧みをする顔だ。
琳はその顔をよく知っている。
だから、眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしながら少し考えて、渋々頷いた。
「この貸しは大きいからな」
そう捨て台詞を吐いて、琳は役所を出て再び現世へと向かう。
その後をコンが両腕を組み、考え込む姿勢で数歩遅れてゆっくりと追う。
「どうした?」
そんなコンに気づいて、琳が立ち止まって振り返った。
「バンが現世に行った理由を考えていました」
「そんなの、あんな地下室の狭い部屋にずっといたら、外に出たいって思っただけだろ?」
「そうでしょうか? 仮に百歩譲ってそうだとしても、彼女達は外に出る方法を知らないはずです。鬼籍を書くことしか教わらないのですから」
「……なら、誰かがバンに何か吹き込んだって? もしくは、バンを利用して何かしようと企んでる奴がいるって言いたいのか?」
「そう考えるのが自然ではないでしょうか。だから、狼は内密に、と私達に依頼したんですよ。狼がバンと連絡を取ったことがあるっていうことは、一枚噛んでるからでは? しかも、一字でも
コンの言葉に琳も両腕を組んで考え込む。
間違った鬼籍のせいで殺されそうになった魂を助けたかと思うと、その騒ぎに乗じて今度はあの世の人間が現世へと逃げた。
この事態を収拾するなら、事の発端とその理由を知ることが先決だろう。
「……ま、どっちにしろ、まずはバンを捕まえて連れ戻す前に真相を吐かせる!」
「バンは何も知らない可能性も高いですけど?」
「外に出る方法を誰に聞いたかさえ分かれば、そこから先はそいつに聞けばいいだろ?」
「上手くいけばいいですけど、その人物だってそう簡単に分からないように何か細工していそうじゃないですか」
「ぐだぐだここで妄想を語ってても先へ進まないだろ? まずは行動あるのみだ!」
そう行ってあの世の門へと突き進む琳を見て、コンは深い溜息を吐いた。
結局、目の前のことしか見えないんだから、とでも言いた気に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます