第4話 夢か現か
「全部、話しましょうか」
ごくり。
ここは唾でも飲み込むところだと思って、飲み込んでみた。
が、コンさんの話はぶっ飛びすぎてて、理解に苦しんだ。
「……ですから、あなたは半分死んでるんですよ」
「は?」
生きてるよ、俺は。
「私達はいわゆる『あの世』から来ました。向こうでは資材管理課という役所勤めです。あなたも一応、資材扱いです。リストというのは鬼籍のことで、死亡予定の人間の名前が書かれています。あなたはまだ死ぬ予定ではないのですが、間違って鬼籍に名前が書かれてしまったために、交通事故に遭って命を落としかけているんですよ。本当はかすり傷程度で済む予定だったんですが……それで、あなたの魂を導こうとする死神に狙われているんです。彼らの案内に従って門を潜ったら完全に死にます。だから、こうして守ってるんですよ。不運なことに今回の件であなただけがミスプリントです」
死神とか門とか何なの?
信じろって? 俺が死ぬって? 交通事故って何なの?
俺はそんな記憶なんか……
でも。
ちょっと思い返してみる。
彼らに声をかけられる直前。
立ち止まって汗を拭いた気でいたけど、本当にそうだっただろうか。
俺は赤信号に変わったばかりの横断歩道を無理矢理走り抜けようとした。
ような気がする。
本当はそっちが正しい記憶じゃないか?
なんか痛い思いをした気もする。
そういえば、とほっぺたを触る。
そこにコンクリートの冷たい感触が残ってる気がした。
なんでだろ?
なんでそんな断片的な記憶があるんだろ?
「でも大丈夫。あなたはまだ死にません。私達といれば、なんとかなります」
「……なんとかって……でも、俺を誰かに引き渡すんだろ?」
「先程、役所で手続きを済ませました。死神に引き渡しますが、あなたは死なずに、起きたら病院のベッドの上です」
コンさんの言葉はとても優しくて温かくて。
「もうすぐ着きます。この山の中にある橋で引き渡す予定です。追っていた死神もきっちり撒きました。鬼ごっこももうすぐ終わりますよ」
よく分からないけど、これでやっとこの二人からも変なことからも解放されるのか。
それはなんだかとても切ないことのように、俺の中で反響するようにざわめいた。
やがて車は今にも崩れ落ちそうな木製の橋の側で停まった。
これを渡れって?
不安になりながらも車を降りると、さっきまで橋には誰もいなかったと思ったのに、橋の真ん中辺りに男の人が立っていた。
「
琳さんがそう言うと、硯と呼ばれた男の人は不機嫌そうに当然だ、と言ってから俺を見た。
二十代半ばくらいで背が高く、整った顔立ちではあるのだけど、イケメンというよりは怖いというか暗いというか、独特な雰囲気の人だ。
ラフな格好だったけど、全身黒い服で統一しているせいか、パッと見で『死神』だと思ったくらい分かりやすい。
大きな鎌を持たせれば完璧だ。
「……時間がない。行くぞ」
視線だけで殺せそうな眼力に、俺は思わずビクッとしながら従った。
一歩踏み出した瞬間、板を踏み抜いて落ちそうなくらい頼りない橋に、思わず躊躇する。
「大丈夫、落ちたりしねぇから。早くあいつを追わないと迷子になるぞ」
そんな俺の様子に琳さんがそう促す。
硯さんは振り返りもせずに橋を渡って行く。
その背を見つめ、意を決して一歩踏み出す。
板が軋む音がする。
ゆっくりと慎重に二歩目を前に出したところで、琳さんが叫んだ。
「走れっ!」
その声に弾かれるように俺は走った。
ギシギシと板が軋む。
徐々に硯さんの背に追いつく。
その一歩ごとに急に霧が立ち込め始めた。
硯さんを見失わないようにスピードを上げる。
けれど、霧が濃くなる方が早くて、硯さんの背中を見失ってしまった。
「待って……!」
片手を前に突き出す。
その瞬間、足元の板が抜けたというより、消えた感覚がして、俺は思わず目を閉じてしまった。
***
「あれ?」
視界いっぱいに白い天井があった。
目を閉じたのは僅かな間だと思った。
それなのに、思ってた風景と違う、と思った。
俺はベッドの上にいて、涙ぐんだ母さんがいて、息を切らせた父さんが病室に入ってきたところで。
あれ? 病室?
何かがどんどん消えていくのが分かった。
俺はそれを忘れたくないのに、思い出そうとすると頭が鈍く痛んだ。
「交通事故だなんて、あんたはもうっ」
母さんはそう言って笑顔になった。
父さんも大きく息を吐いた。
「念のため、二、三日入院してもらいますよ。頭を打っておられるので、少し検査をしておきましょう」
医者はそう言った。
俺の傷はかすり傷程度のもので、全然たいしたことはなかった。
ただ、なかなか目を覚まさなかったので、両親が呼ばれ、検査入院ということになったらしい。
そうだ、思い出した。
遅刻しそうで走ってた。
もうすぐ学校ってところで、赤信号を無理矢理渡った。
それで車に撥ねられたんだった。
交差点の手前だったので、車があまりスピードを出していなかったから、大怪我とまではいかなかったのだろう、と警察から受けた説明を母さんが話してくれた。
「大したことなくて良かったわ。警察から電話があった時は本当に心配したんだから!」
そう何度も繰り返す母さんに、大丈夫だって、と俺も繰り返した。
でも、思い出したいことはもっと他にある気がした。
知りたいことももっと他に……
「……琳」
ふいに口をついて出た言葉。
呟いてみたけれど、それが何か忘れていた。
長い夢を見ていた気がする。
「りん?」
母さんに聞かれて、俺はりんご、と口にした。
でも、違和感があった。
俺が言いたいのはそれじゃない。
思い出したいのはそんなことじゃない。
「りんごね。買ってくるわ」
よかった、としばらく両親に見つめられて、俺は少し変な気分になった。
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