第3話 きつねうどん
「ランチっつったら洋食だろ。素直に昼飯って言えよ」
いや、そんな縛りは多分ない、と心の中で突っ込む。
「だからってたぬきを頼むなんて子供のやることですよ。やっぱりうどんはきつねですよねぇ?」
不機嫌な彼と嬉しそうなコンさんに挟まれ、俺は無言できつねうどんを食べ続けた。
この二人はどういう関係なんだろ。
なんとなく彼の方が遥かに年下なのに、エラソーというか。
それにしても周りから見たら、俺達はおじいちゃんとうどんを食べに来た孫にしか見えないんじゃ……と思ったけど、生憎おいしいうどん屋さんなのに客が誰もいない。
三人並んでカウンターでうどんを食べている。
店の人もうどんを出したらさっさと奥に引っ込んでしまった。
「と、ところでっ。リストのことなんですけどっ」
俺はとにかくそれを聞かなきゃ、延々と二人の変なやりとりの間に立たされる、と思い、唐突にさっきの話に引き戻した。
ああ、と彼は気まずそうに言って、ちら、とコンさんを見つめた。
それを受けてコンさんは軽く溜息を吐いて、箸を置いた。
「リストは私達の仕事の対象となる人の名前が書かれたものです。あなたは私達の仕事の対象ではありません。ですが、間違ってリストに名前が書かれてしまったために、こうして追われる立場になってしまったんですよ」
「もしかしてブラックリストとか? 仕事って金融関係?」
その質問には少し間が空いた。
「役所で資材を管理する仕事を担当しています。お金に関しても一部管理していますが、金融関係ではありませんし、リストはブラックリストではありません。あまり深く説明すると、あなたの今後に関わります。この辺で止めておいた方がいいでしょう」
そう言われるとこれ以上仕事については訊けない。
だから、質問を変えることにした。
「なら、俺を追ってるのは?」
「リストに名前のある人を送り届ける仕事を持つ人達です」
「どこに?」
「それは……」
どう説明するか悩むコンさんは、ちら、と彼に視線を投げかけた。助けてくれ、という風に。
「……門だよ。それしか言えない。だからさっきはヤバかったんだ。あの女がその追いかける側だからな」
「……これからどうするんだ?」
「鬼ごっこを続けるだけだよ」
「それっていつまで?」
「追っても無駄って分かるまでか、追う理由がなくなるまで」
「それってどういうことだよ? 今日か明日って言ってたけど、もっとかかるんじゃ……?」
「……さっさと食え。追いつかれる前に逃げるぞ」
うどん、冷めるよ、と言われて、俺は箸を持ち直して鼻をすすった。
なんでうどんを食べると鼻が出るんだろう、とどうでもいいことを考えながら、残りのうどんを食べた。
***
うどん屋を出たらすぐにまたドライブ。
俺は相変わらず後部座席に座っているが、琳さんは助手席に変わった。
街を抜けていつのまにか山の中を走っていた。
単調な景色は眠くなる。
そんな時、頭に唐突に大変なことが浮かんで、鞄の中を漁った。
スマホを取り出して確認する。が、電源が入らなかった。
充電が切れたのか?
だとしたら。
「あのさぁ、きっと今学校で大騒ぎになってると思うんだよね。今見たらスマホの電源切れててさ、俺、皆勤賞狙ってるの友達知ってるから、学校来なかったら連絡来るじゃん? でも連絡つかないじゃん? そしたら何かあったのかなってなるじゃん? うちに連絡来るかもしれないじゃん? で、警察とかにまで連絡行ってて捜索願とかにまで発展してるかもじゃん?」
誘拐犯にされるんじゃないか? と俺は前の二人を見やった。
「そういう展開にはならないのでご安心を。でも少し騒ぎにはなってますかねぇ」
コンさんはどことなく楽しそうに、チラリと彼を見やった。
その視線を受けて、彼はすごく不機嫌そうに両腕を組んだ。
「……余計なことを言うんじゃねぇよ」
「大丈夫ですよ。どうせ忘れてしまうんでしょう?」
「例外もいるだろ。こいつがそうだったらどうすんだよ?」
「いつからそんな真面目な子になったんだか。面倒くさいことは極力しないってのがモットーのくせに」
「だから、面倒くさいことにならねぇように注意してやってンだろ? 頭の悪い奴だな」
「すみませんね。あなたよりもずっと若造なもので」
「見た目は今にもくたばりそうだけどな」
「何ですって?」
「耳も遠いんじゃ若造って言えないな」
やばい。また始まった。
「あなたは見た目通り、中身も子供だから手がかかってかかって仕方ない。どっちが大人だか分かりませんねぇ?」
「手がかかるのはどっちだ? 泣いてたお前を拾ってやった恩を忘れたか? 年下は年長者を敬うもんだろうが」
「泣いてませんよ。
ちょっと待て。
今、年下とかなんとかって聞こえたけど?
逆じゃね? なんかこの二人って……変? どっかおかしい。
「年下ってどういうこと?」
二人がもめてる中に、俺はどうしても気になって割って入ってしまった。
その途端、それまで口喧嘩していた二人が揃ってこちらを振り返った。
「コンさんっ。前見て、前っ」
運転しているコンさんに振り向かれては困るっ。
「大丈夫です。死にはしません。それと、さっきのは喧嘩の勢いで出た売り言葉ですよ」
目が必死だ。
さっきの言葉はかなりの失言とかいうやつなのか。
「そ、そうですか……」
俺がそう言うと、うん、と頷いてコンさんは前を向いて運転に集中する。
「……面倒くせぇ」
でも、彼のその一言で、コンさんの運転が少し乱れた。
「琳……?」
コンさんは嫌な予感がしたのか、車を停車させた。
「私達の仕事は管理することですよ? 分かってるんでしょうね?」
「だから、管理しやすいようにするんだろうが。どうせ起きたら忘れてるよ。全部夢だ、夢。それでいいだろ。いちいち考えて喋るってのは気分
「気分がどうのこうのって問題じゃないでしょうにっ。いいですかっ。とにかく彼らに引き渡すまでは、平穏無事にドライブを楽しみたいんですよっ、私はっ」
「彼ら? 引き渡すって……マジでこれ、誘拐なわけ?」
「あ」
コンさんはしまった、という顔をし、彼は爆笑した。
「自分でバラしてるじゃんっ」
楽しそうな彼の顔を睨んで、コンさんは仕方ない、と溜息交じりに頭を抱えた。
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