騒がしい歓迎会(4)
「トウマ~、これ描くのめんどうなんだけど」
「うるさいな、ヨーンが料理作れないっていうから俺が作ってるんだろ、ほら、さっさと作れよ」
「ふはぁ~、眠いな~」
俺とヨーンは一階の居間で料理や飾りを作っていた。二人に気付かれないように隠れながらするのが結構辛いが、今回珍しく二人が遅くなるらしいので今日が狙い目ということで一気に仕上げていくつもりだ。
「にしても、シチューのレシピがあって助かった、料理って言ってもお湯を入れて3分ぐらいしかやったことないからな」
包丁の握り方は学校の授業で何となく覚えていたので何とかなったが、この人参っぽい物や玉ねぎっぽいものをどう切っていくかが問題であった。
「こう描いて……良し、ここはこう描いてと」
ヨーンは布に絵を書いていた。この世界では紙は貴重なのであまり手が出せない、よって余った布に絵を描いて豪華にしようという計画だ。
今のところ計画は順調に進んでいる。
「後はバレないようにするだけだな」
「ん? 何でバレちゃいけないの?」
「そんなの、楽しみが減るからに決まってるだろ」
「トウマってたまに可笑しなこと言うよね」
皮肉なのかどうか知らないが、ヨーンは分からないとばかりに小首を傾げたあと、眠たげに作業を再開した。
俺はというと包丁を握りしめて野菜を適当に切り刻んでいる真っ最中。ザクザクと小気味良い音を楽しみながらレシピを確認する。
「次は、ルウを作るのか」
少量のバターと同量の小麦粉を鍋に入れ、木じゃくしで混ぜる。すると溶けたバターが小麦粉と混ざりサラサラの液体へと変わる。
「次は、牛乳か」
瓶に入った牛乳を慎重に鍋に少量ずつ加える。するとどんどん纏まっていき糊状に変化していく。
「料理って楽しいんだな、今度他のも作ってみようかな」
なんて調子良く歓迎会への準備が進んでいった。
「なんでこうなったんだ!!」
料理は完成、飾りや絵も完成したらしい。ランとアルモの二人は奇跡にもまだかえって来ていないが、それよりも酷い問題が起きてしまった。
「ヨーン、これは絵じゃない、怪物だ!」
布に描いてある絵はかなり酷いものだった。なんか人の腕が2~3本あるし、顔は怪物のよう、これならまだ幼稚園児に書かせた方がまだ上手い。
「そういうトウマはさ、なんでこんなスライムみたいなの作ったの!」
ヨーンの指差す方を見て心臓がドキリとする。
最初こそレシピ通りに作っていたのだが、才能? に気付いた俺は思うまま食材を加えていった。するとなぜだかスライム状のとろりとした液体が出来た、試しに食べて見るとなんたる不味さか、結果謎のXが生まれたという訳であった。ちゃんとレシピ通りやった方が良かったと今更後悔する。本当申し訳ない。
「くっ……、それはそうと、あの二人が帰ってくるのにもうそんなに時間がない、どうする」
といっても、やれることはやった。これら以外でまだやれることなどないだろう。しかしここで諦めてしまえば園児以下の絵と謎のXで迎えることとなる、それだけは避けたい。
焦る俺の頭に、アイデアが過った。
「……そうだ、一発芸だ」
「なにそれ、何か嫌な予感しかしないんだけど」
「我が儘いうな! これしかない、そう、これしか!」
俺は固く拳を握った。
「ただいま帰りました」
「ただいま」
ランとアルモが一緒に帰宅、顔を一瞬合わせるもすぐそらす。
「ランランお帰り、何してたの?」
「森の奥で茸の採取をしていたんですよ、ほら、こんなにたくさん取れました」
ニコニコと笑顔のランは銀色の尻尾を左右に振って喜びをアピールしていた。
「アルモ、お帰り、何やってたんだ?」
「フッフッフッ、なに、ちょっとそこら辺の散策をしていたんですよ。決してラミージュ様の住む場所を見たいがために走り回ってたなんてことはないですよ」
良く見るとアルモの服には泥が付いていた。それをじーっと見ていると、アルモが視線を辿り気付き、一瞬にして払った。早業であった。
「今回は俺たち二人でアルモの歓迎会を開くため準備をしていました。これから共に過ごす仲間のアルモのために乾杯!」
「カンパイ」
「か、乾杯……」
「お、おう……」
俺とヨーンは勢い良くコップを打ち鳴らすのだが何故かランとアルモは引きつった表情で食卓に視線を這わせていた。
「が、頑張ったんですね。でも、伝えて下されば私もお手伝いいたしましたのに」
「ほら、ランに色々任せっきりだったろ、たまにはお返ししたいと思ってさ」
「そ、そうですか」
そのまま黙り込むラン、代わるようにアルモが手をあげる。
「はい、どうぞ」
「あの絵って誰が書いたんですか?」
アルモが指差す方には、腕が5~6本ある人間? が描かれている。
「僕だよ、あれはねアルモっちなんだ、良く気付いたね」
口の端を引きずるアルモ、その目はもはや諦めたかのように暗い。
「……トウマ、思った通り暗いね」
「予想はしてたけど思った以上だ、そろそろあれをやるしかないな」
まるでお通夜の様な暗さに、逞しく立ち上がる俺たち二人は、見せ所と言っても良い一発芸の体制にはいる。
「これから、お手玉をやります」
「やります」
俺達はある程度間を開け、お互いの両手にある玉を投げ出す。
「よっ、それ!」
最初に来た2つの玉を両手で掴み片方の玉を相手に突き出す。その後回るように玉を回していく。
「やっ、それ」
「ほい、ほい」
暗かったランとアルモの二人は目に光を取り戻していく。ランに関しては口が開いている。そう、興味を引くことに成功したのだ。
後は玉を4~5個増やし、最後にヨーンとポーズを取るだけ。短時間だったとはいえ、元々身体能力の高かったヨーン、お手玉ぐらいはすぐに慣れてしまった。ポーズの方も練習では成功している。後は勢いだけだ。
「行くぞ! それ!」
ポケットに入れていた玉を追加する。一気に玉を回す勢いが増す。順調だと思ってたその時、耳に嫌な音が伝わる。
「はぁ……、はぁ……!」
ラン? 違う、アルモ? 違う、となれば音の主は必然的に……。
「……ヨーン?」
「はあぁっくしょんッ!!」
玉を全て地面に転がった。残されたのは呆然とする俺と鼻をすするヨーン。
「あ、えっと……じゃじゃーん……」
何となくそういってみたが反応はない。その無言が心にきつく突き刺さる。
「……」
「ご、ごめんなさいッ!」
堪えきれなくなった俺は土下座していた。特にスライムはごめん! もう自惚れないから許してほしい。
「俺、2人の仲を良くしようと思ってさ、だから歓迎会を開いたんだけど、料理やってたら謎のXが出来るし、ヨーンは絵心無いし、本当にごめん!」
全力で額を床に擦り付ける。何を言われようとも受ける覚悟だ。
「……トウマ様」
「は、はいっ!」
ランの足音が近付いてくる。俺はその音に耳を澄ませるだけで何もしない、いや、ビンタぐらいなら受けよう、せめてそのぐらいは。
「トウマ様、お顔を上げて下さい」
と、天使の慈悲の声が響く。俺は、もしかして死んだのか?
「私たちのために頑張ってくださったんですね。ありがとうございます。そして、心配をおかけして申し訳ありません」
目の前にいるランは頭を下げる。一体どういうことだ?
「実はもう、アルモ様とは仲直りしていたんです」
「え? いつ」
「ちょっと前よ」
偉そうな感じでアルモが話しに切り込む。
「帰る道中バッタリあって、お互いに嫌なところを言い合ったの、そしたら、何て言うか馬鹿馬鹿しくなって、謝ったのよ」
「いえ、それは私にも悪いところがありました。魔物に見慣れていなければ動揺するのは当然です。トウマ様を蹴ったのも、混乱していてのことですものね。酷い思い込みをしてすいません」
「も、もうその件は済んだでしょ! その……アタシも失礼な態度を取って悪かったわ」
照れ臭そうにそっぽを向くアルモ。嬉しそうに微笑むラン。なんだ、もうこんなに仲良くなっていたのか。俺も何だが気恥ずかしくなり、頭を掻きながら立ち上がる。
「俺も悪かった、2人共良い奴なのに、いらないお節介だったな」
「いえ! そんなことはありません、素晴らしい歓迎会をありがとうございます」
「所々問題はありますけどね……」
俺達3人は笑い合った。安心と照れ臭さと喜びを含んで。
「……所でさ、トウマ」
「ん? どうしたヨーン」
「これ、どうする?」
床にはお手玉が散乱、壁や天井には怪物が描かれた絵、食卓には謎のX。もはや酷い惨状でしかないこの空間に、いるのは気が抜けていく一方だった。
「どうしよ! これ!」
「大丈夫です、私達もお手伝いします」
「え? もしかしてアタシも!?」
森の側にある家からは、暖かい笑い声が響いた。
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