名付け親

「ほーらチビ、ミルク持ってきたぞ」

常温にしたミルクを哺乳瓶にいれ乳首を取り付ける。それをチビの前に持っていくが。

「う~ん、上手くいかないな」

なぜだか嫌がって飲もうとしない。この家に来てから一週間くらい経つのだがミルクを飲ませるのは中々上手くならない。

俺ははぁ~と溜息を吐く、しかし、まだ諦めるには早いと自分を鼓舞する。

「ほらチビ、良い子だから飲みな」

顔に乳首を近付けるが、嫌々と抵抗してかえって離れてしまう。

「はぁ~、どうすれば」

「どうしました?」

振り返ると、ちょうど階段を降りてきたランが目をきょとんとさせてこちらを見つめていた。

「ああランか、今ちょうどこいつにミルクをあげようとしたんだけど、上手くいかなくてな」

明るく笑って見せるが、ランは心配そうに見つめる。どうやら疲れを隠しきれなかったようだ。

「そうですか、では、私が代わりにあげてみましょうか?」

え? と俺は驚く。彼女は羊やルンちゃんまでもお世話するその道のプロみたいなものだ。むしろ嬉しい限りなのだが、果たして、任せてばかりで良いのかと俺の良心が囁いてくる。

「い、いや、悪いよ、そこまでしてもらって」

「ふふ、大丈夫です。ただコツを教えるだけです」

そういってやんわりとした笑みをこちらに向けるラン。

「良いですか、あげる時はまずこの子が安心できるようにしてあげます」

そういうとランはチビを抱き上げて優しく頭を撫で始める。チビは気持ち良さそうに大きく口をあげて欠伸する。

「次は、ゆっくりと哺乳瓶を近付けます」

慎重にランは哺乳瓶をチビの側まで近付ける。それに気付いたチビは、肉球で瓶を押さえて口に含み始めた。

「おおー! 流石ラン、やっぱり凄いなー」

「しっー、大きな声を出さないで下さい。おチビちゃんがびっくりしますよ」

注意を受けて、俺は悪いと言ってミルクを美味しそうに飲むチビを眺めることにした。

瓶の中身を全て平らげたチビは大きな欠伸をしたあと満足したように目を閉じて寝息を立てる。ランはチビを柔らかそうなソファーの上に寝かせる。

「ふふ、おやすみなさいませ」

ランは優しく微笑む。その姿はまさに女神のようだった。

「ラン、いつもいつも感心させられるよ」

「いえ、そんな、大した事ないですよ」

口ではそういうが表情は嬉しそうであった。どうやら満更でもないようだ。


「それにしても、チビちゃんって素敵な名前ですね」

ランは何故か銀色の尻尾を振りながらにこにこと微笑んで言った。しかし俺は訂正を入れる。

「いや、チビって名前じゃないよ」

「……え? そうなんですか?」

「はい、そうなんです」

お互い口を閉じる。どうやらランはチビを名前だと思っていたらしい、しかし俺もまた言われて気付いた、これから先もチビでは可哀想だ、何か良い名前を付けなくては。

「なあラン、そういえば名前付けるの得意だよな、こいつに良い名前を付けてくれよ」

「え? 私がですか」

沈黙を破ってランに名付けてもらえるよう提案する。正直名前を付けるのには自信がない。それなら名前を付けるのが得意なランに任せるのが妥当だと俺は思う。

「いえそんな、この子に名前を付けるなら唐真様が付けた方が良いと思います」

「なんで?」

「だって、この子を見つけたのは唐真様です。それにこうやってお世話もしております。話しを聞く限りですと一番この子に接しているのは唐真様です。ですから、名前を付けるのでしたらトウマ様が良いと思います」

ランの意見を聞いて、そうかと相槌を打つ。しかし良い名前をと思うと余計に自信がなくなっていく。

「なあラン、ランが言ってくれたことは良く分かった。でも俺、名前とか付けたことないから自信が無いんだ、だから、手伝ってくれないか?」

「はい、そのくらいでしたら喜んでお手伝いします」

月の美しさに慈愛を含んだ笑顔で笑いかけてくれるラン、ここに俺以外にも男がいたならば、全員心を鷲掴みにされたに違いない、それほど可愛かった。

「じゃあえ~っと、そうだな、タイガとかは?」

「名前の由来は?」

「俺のいた場所で、虎を英語でタイガーって言うんだ」

「悪く無いですけど、虎だけですとちょっと……」

確かに、チビには虎の要素と山羊の要素がある。完全に虎ではないため微妙である。そのことに今更気付いた俺は再び考える。

「じゃあ、ネムってどうだ?」

「ネムですか?」

「ああ、こいつって良くヨーンみたいに寝てるし、だからネム」

「それは、この子にもよっちゃんにも失礼ですよ」

怒った顔で注意された。だがそれもまた可愛くて癒されてしまう。

う~んと唸る、しかし良い名前は出てこない。さてどうするかと何度も何度も頭を捻る。

瞬間、頭にこれまでチビに会うまでの思い出が浮かび上がり、その全てを見て一つの言葉を思い浮かべた。

「……心」

「はい?」

「いや、何て言うか、こいつに会うまでにたくさんの人に触れあったなって、村や森を焼かれて悲しむ人、国を守ろうと必死になる人、魔物だと賢者、森が焼かれたって聞いたとき、凄く悲しんでた。そしてこいつの親、きっと、生まれるまで凄く辛かったんだろうな、俺だってこいつが生まれたところを見るまで痛みで暴れてたなんて想像もしなかった、そんな背景を持って、こいつは生まれたんだよな、ってさ」

真面目に語ってるのに気付き、最後はあははと笑って濁す。しかし、チビが生まれるまでに様々な人の感情が交差していたんだという事実に、運命の強大さを真に受けて実感した。

これが、命の繋がりという奴なのかも知れないな。

「ココロちゃん……、うん! 良いと思いますその名前」

「そ、そうか?」

「はい、何より可愛いですし」

「判断基準そこか?」

まあ、気に入ってくれたし良しとするか。

俺はチビに顔を近付け、優しく囁く。

「なあチビ、お前の名前は心で良いか?」

キューンとチビは鳴き声をあげ、両手を広げる。それがまるでばんざいみたいで、俺はそれが、チビは気に入ってくれたように見えた。

「そうか! じゃあ今日からお前の名前は『ココロ』だ! よろしくなココロ!」

嬉しさのあまり心を抱っこして高く上げる。早く降ろして下さいと後ろから聞こえた気がするがきっと気のせいだ。俺は今日、心の名付け親になった。ココロの親は最後まで愛情を注いでいた。今度は俺がココロに愛情を注ぐ番だ! と俺は強く意気込み。

「……あれ?」

なんか、服が暖かい。見ると服が濡れていた。視界に雫が落ちそれを辿るとココロに辿り着く。

「早く降ろして下さいと言いましたよ」

どうやらさっきのばんざいは、俺の勘違いだったらしい。ココロはまたスヤスヤと眠りに落ちるのであった。

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