狂気と赤ん坊
首を切られた母キメラは、力なく地面に倒れた。首から吹き零れる血飛沫によって子キメラは濡れる。
それでもなお、母の元から離れないのは分からないからか、それとも側から離れたくないのか。まだ目も空いていない子キメラから真意を探ることは出来ない。
灰と化した森に、白銀の眩しさを纏った騎士が現れた。そいつは出現と共に母キメラの命を刈り取った。皮肉にも子の前で。
「お前、何したのか分かって言ってるのか」
「出産直後は流石のキメラも弱っている、俺はチャンスを掴み取り、国の平和をという未来を守ったのだ」
ふざけるなッ!! と言おうとしたが、俺の隣にいるラミージュに口を塞がれて言えなかった。
「騎士団長殿、キメラの捕獲が我々の任務なのだが、国王殿から聞かされなかったか?」
「知らぬな、俺の独断だ」
騎士団長とラミージュに呼ばれた男は、清々しい程にハッキリと言った。
つまりこいつは、勝手にやって来て勝手に命を奪ったのだ。まるで死神の如く。
「任務を妨害したこと、それは謝罪しよう、だが……」
腰の鞘から剣を抜き取ると、そいつは剣先を子キメラに向けた。
「生かしておくなど、俺には出来ない」
騎士団長と呼ばれた男の周りだけ、異様に空間が歪んで見えた。
鎧や兜の輝きに混じり、怒気の色を見え隠れさせる。
その姿は、『騎士』よりも、『鬼』に近かった。鎧に付いた血はまるで赤肌の様で、恐ろしいほどに良く似合っている。
「これ以上妨害するようであれば、儂はお主と戦わなければならぬのう」
やれやれという風に、騎士団長の剣先にラミージュが仁王立ちする。
「儂もまた、国のために働いておるのじゃ。こやつを殺すようであれば、ただでは済まさぬぞ?」
紅い双眸を焼き付けるかの如く騎士団長を睨むラミージュ。
子キメラに同情してなのか、それとも実験体保護のためなのか、答えは分からない。しかし、ラミージュはキメラを庇って剣先の前に出たのだ。
両者の前に風が吹く。神経を逆撫でる様に吹いたこの風に対して、先に反応したのは騎士団長ではあった。
「これ以上この森を破壊するわけにもいかないな」
そういって、剣を鞘に納める。兜越しに見える狂気的な眼は変えずに。
「邪魔したな、これから俺は国王様に森の惨状とキメラ討伐を報告してくる。そいつは好きにしても構わない。けれど覚えておけ」
馬を転回させた男はこちらに振り向いて、こう言った。
「そいつが人に危害を加えた時、命をもらう。良いな」
その後、そいつは手綱を握って国の方角へと走り去っていった。
緊張感から解放された俺は、何とも言えない冷や汗を身体中にかいていた。
「あいつ、何だったんだよ……」
キメラも怖かった、だがあいつもまた、人とは区別出来ないような狂気を携えてやって来た。睨まれただけで殺されるってこういうことを言うのかもな。
「王国の精鋭じゃよ。ハスパード王国の騎士であり、騎士団『フェクト』を統べる騎士団長。憎しみがあんなにも人の正義を歪ませるとはな……」
「ラミージュ?」
「……すまぬ、過去を思い出していた。さて、こやつをどうするかのう。このままここに置いといても餓死するだけじゃ」
子キメラは、まだ母のお乳を吸っていた。心が痛くなるほどに元気良く、吸っていた。
「アタシも見たかった! ラミージュ様の活躍ぶりを見たかった!!」
「うるさいな、もう終わったんだから仕方ないだろ」
「嫌だ嫌だ!! ラミージュ様の活躍を見るまでここから離れない!」
アルモは背の低い野草の上で大の字になり暴れだす。その姿はまるでだだっ子だ。
別に泣かなくても良いだろ。後下着見えてるぞ。
冷たくアルモを見下ろす俺の側に、ラミージュがやって来た。
「やれやれ、世話の焼ける小娘じゃな。本当に儂を憧れておるのか?」
ラミージュの言いたい事はよく分かる。アルモは、はっきり言ってカッコ悪い。ラミージュとは対照的だ。
さてどうしたものかと考える前に、ラミージュの側に浮いている風船の様な物に視線が止まった。良く見ると風船の中にさっきの赤ちゃんキメラがいる。
「それは?」
「これか? これはな、魔法陣を布の様に展開させた物じゃ。息が出来るように工夫もしておるから安心してよいぞ。これから徒歩で帰るのに、キメラを抱いたまま帰るのは一苦労だからのう」
アッハハハ!! と可笑しそうに笑うラミージュ。
「おおー!! 流石ラミージュ・ランジェ様! 魔法陣をそんな風に利用するなんて。くぅッ~!! アタシは永遠にラミージュ様のお側を付いていきます!!」
だだをこねていたアルモは一転して、大きな瞳をキラキラさせながらラミージュに忠誠の様なものを誓っていた。
全く、扱いやすいんだかにくいんだか……。
王国まで長い道を、肩を並べて歩み出した。
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