一時の安堵

「……すまぬな、ラミージュ殿」

「いえ、国王殿が謝ることではありません。それに、キメラは捕まえました」

目の前でゴロゴロと転がるキメラは、何度も立とうとしてまた転がる。それが楽しいのかやめる様子は一切無さそうだ。


3、4時間かけて戻った俺達は、早速王様に報告しようと謁見の間にやって来た。


王様は、真っ白い髭をいじりながら渋い顔をしてウンウン唸っている。

「ブラス騎士団長は真面目な人柄じゃ、訓練を怠ったことは一度も無い。しかし、魔物が関連すると部下の騎士達も恐れる程に狂変する。今回もそうであったかも知れぬのう……」


トワライト・ブラス騎士団長。ここに来る途中、ラミージュから教えてもらった名前だ。

「はうぅ~」と鳴くキメラの赤ちゃん。鳴き声にはまだ力強さを感じさせない、可愛らしい鳴き声だ。しかし、やはりキメラというべきか、謁見の間に引いてある絨毯(じゅうたん)に噛みつく。


「チビ、噛んじゃ駄目だぞ」

俺はひょいとキメラを抱き上げる、とても軽かった。大きさこそ中型犬ぐらいあるが、学生カバンの方がまだ重い。


「腹が減ったのじゃろう。国王殿、ミルクを貰えるか?」

「うむ、すぐ用意させよう。君、ミルクを持ってきてくれ」

兵士は敬礼した後、足早に王の間から退場する。


「なあラミージュ、何で腹が減ってると思ったんだ?」

「生まれたばかりの赤ん坊にすぐ歯は生えぬよ。それに、食事の途中じゃったしな……」

余韻のある響きに俺は心の奥が痛くなった。

稲妻を纏って現れたキメラは、居場所を求めて暴れていた。子を産むためにだ。

苦しみから解放され、巡り会った子供に向けるキメラの表情は、俺にも分かる程に暖かい。


きっと、子供に色々な事や物を教え、時には厳しく、時には優しく、そうやって愛情を注いで生きて行こうとしたのだろう。

……殺されなければ。


「陛下、持って参りました」

「うむ、ご苦労。む? 冷たいのう、これでは飲ませられぬな。温めてもう一度持ってきてくれ」

「国王殿、こやつはどうやら待ちきれないようじゃ」


ラミージュの言うとおりだ。さっきからこいつ、ミルクの入った器に飛びかかろうとしてる。俺の顔面を思いっきり足で押してて痛い。


「もう少し辛抱しておくれ、すぐに温めてやる」

王様から器を受け取ったラミージュは、器を握り、ぶつぶつと呟く。

それから約1分。


「うむ、温度としてはこれくらいかのう。待たせたのう」

そういうとラミージュは器を下ろす。それと同時に俺はキメラを下ろした。臭いで分かるのか、キメラは迷わず器に到着し、中身を舐め始めた。

その光景にみんなが和む。虎の前身は猫の様で、山羊の後身は頼りない程に小さい。

「……あれ?」

そこで俺は、重要なことに気付いた。

「なあ、こいつの尻尾って虎だよな?」

「ホッホッホ、そうであるな、嬉しそうに尻尾を立てて飲んでおる」

「そこじゃなくて……、こいつの親は、尻尾が蛇だったんですよ」

ラミージュ以外の全員が驚く。目玉が飛び出そうな程に。


「そ、そうだったんですか?」

アルモは動揺した口調で話す。そういえば、結局キメラを見たのは俺とラミージュだけだったな。いや、後一人か……。


「不安定な遺伝子が変化を起こしたのかもしれんのう、やはり興味深い」

チビキメラに向けるラミージュの視線は悪戯っ子のそれであった。何もしないよな?

「ほぇ~、可愛い(かわゆい)」

だらしない感じで声を上げたのはアルモだった。アルモの視線はキメラに向かってブレることはない。


「……アルモは、可愛いものとか好きなのか?」

「な、何を突然言っているのだ!! ア、アタシが可愛い物好きだと? フンッ、アタシは立派な魔女を目指す者だ。そんなことに気を向けるなど……ハッ!」

何かに気を取られるアルモ、気のせいかよだれが垂れている様に見える。

視線を辿ってみると、ちょうどチビキメラがミルクを飲み干し、仰向けになって寝ているところだった。


「はぁ~可愛い! 可愛すぎるッ!!」

アルモはチビキメラの観察に徹し始めた。いろんな角度から覗き込む彼女はもうすでに虜になっている。

流石生物兵器と褒めるべきだろうか……。


「こうやって見ると、生物兵器には全然見えないな」

ふと思った事を口にすると、俺とチビに夢中なアルモ以外の全員が押し黙った。

え? 俺何かまずいこと言った?

「小僧、確かにこの光景は微笑ましいものじゃよ。儂も見ていて和む」

じゃが、とラミージュ。

「たとえ幼くとも、キメラはキメラじゃ。生物兵器であることに間違いはない」


それを聞いた俺は、ハッと思い出す。チビの母親は稲妻を纏って現れた。今はまだ幼い子供でも、いつかは母と同じように牙や爪以外の武器を使えるようになるのだ。


「ご……ごめん、忘れてた」

「良いんじゃよ、少なくとも小僧はこやつの味方でいろ」

チビを見ると、いつの間にか起きていて、また立つ練習を始めていた。

こいつ、努力してるな~。


「さて、そろそろ本題に入ろうではないかラミージュ殿」

「そうですな、国王殿」

神妙な面持ちになった国王と魔女。その顔付きは正に国のトップに君臨する者が醸し出す緊張と先を見据える眼差しだった。


「まず、キメラはどうするのかね?」

「もちろん、儂が預かります。小僧と愛娘が考えておる『動物園』とやらのためにも、な」

ラミージュがこちらに振り向きウィンクする。大人の彼女がするウィンクは、可愛いらしさというより華麗だ。ていうか、恥ずかしいから止めて。


「なるほど、なら国もこの赤ん坊も安心じゃな」

ホッホッホとサンタの様な優しい笑い声を上げる王様。

「さて」と言葉を発したのはラミージュだった。

「明日にでも、南の大陸を調べたい。調査員を何人か付けてくれぬか?」

「良かろう、すぐに準備させよう。しかし、何を調べるのじゃ?」

一呼吸吐いた後、紅い双眸を真っ直ぐに向けてラミージュは言った。

「キメラよりも厄介な魔物が、南にいるかもしれません」


「キメラよりも、厄介……?」

絨毯に転ぶチビキメラは、震える足で今も地に立とうと練習していた。それを羨ましいと思うのは、俺だけなのだろうか……。

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