はじめまして

黒煙が天高く昇る。森は炎に包まれてその姿を変える。

燃えゆく森の中にはラミージュと、恐ろしいキメラがいる。

こういう時、俺は何も出来ない。ただただ無力さを痛感させられる。

森に向かって仁王立ちする少女。華奢な体をガタガタと震わせながら、杖の先端を森に突きつける。

彼女の細い腕に、俺は賭けたのだ。


「……作戦通りいくわよ」

「あー、もちろん」

俺はまた、バトンを待つように緊張を噛み殺す。



十分程前、屈み込んだアルモに作戦を語った。

「俺が走ってラミージュを連れてくる。アルモは火を何とかしてくれ」

「はあ!? バカじゃないの!」

目だけをこちらに向ける彼女。

「キメラと戦ってるんでしょ! そんな中助けに行くだなんて自殺行為じゃない!」

確かに、アルモの言うとおりだ。それに俺はラミージュのおかげで森から逃げ出せたのだ、それなのに戻っていくのだからラミージュに叱られることだろう。


「お前も見ただろう、あの村を! あの光景をッ!!」

ああ、もちろん覚えている。焦げ臭いニオイも、燃えかすとなった家も、全部覚えてる。

「だから、ラミージュを助けに行くんだよ。強いから死なないって保証もないだろ」

「でも、だからって行かなくても……」

迷う素振りを見せるアルモに、一言。

「今回は合成獣の姿を見るだけだろ。中々戻ってこないマイペースな魔女を連れてくるだけさ」

笑って見せた、うざったいくらいの作り笑いを。

目を丸くしていたアルモは、やれやれとばかりに立ち上がり。

「バーカ、ラミージュ様はキメラの力量を計ってて遅いのよ。これだから素人は。仕方ないから協力、してあげるわ」



ごうごうと燃える森。その光景を見据える俺。

「良い、アタシが魔法で道を作るから、お前は全力で走ってラミージュ様の元に向かいなさい。それと、魔法で作るっていっても、炎を風で吹き飛ばすだけだから長くは持たないわ、良い?」

「おう、バッチリだ」


心に不安が過る、しかしどこか嬉しくもあった。毎回ランやヨーン達に助けられてばかりで、何も出来ない自分に手を伸ばしてくれた。

今度は俺の番だ。絶対に助ける!


「大いなる風よ、我が元に吹け!」

アルモの周りに風が吹く。紅い髪をたなびかせて言霊を紡ぐ。

「偉大なる風よ、吹け! 吹け! 我が元に吹け! 我が敵に、疾風の槍と成って貫け!! 貫けッーー!!」

一点に集約した風は、ゴウッ!という音をたて弾丸さながらの速さで森を直線に貫いた。

「今よ! 行って」

ドンッ! と体を引っ張るように走り出す。風穴めがけて走り出す。

「うおっッーーーー!!」

アルモは力を使い果たして倒れた、顔だけをこちらに向けて笑っていた。俺はそれに対して親指を立てた。


出来上がった道は円盤状になっていて、枝や根っ子さえも抉ったらしく非常に走りやすかった。

というか、さっきの魔法が直撃してたりしないよな?

炎の森奥を目指して走った。


「ラミージュ! なっ!?」

ラミージュとキメラがいた場所に到着した瞬間、俺はその光景を見て驚愕した。

「道が、出来てる……」

アルモが作った直線の道と違い、ジグザグに開かれた道。その道の近くにあった木はくの字に折れていた。

「! これって……」

折れた木を観察してみると、折れ目だけ灰のように焼け焦げていた。

アルモが風の弾丸で開けた穴を走る最中見たが、それとは全く違った。

「もしかして、この先にいるのか、ラミージュ!!」

躊躇せずに走る。いるのなら進むだけだ!


走り抜けた先には、金髪の魔女がいた。周りの木は何故か鎮火していて黒煙だけがもくもくと立ち上っていた。

「ん? 小僧か」

「ラミージュ! 無事か」

「無用な質問じゃ、見ての通り無事じゃよ。不思議なくらいにの」

意味深に言うラミージュ。とりあえず無事で良かった。

俺は大事なことに気付き、辺りを見回した。

「……キメラは?」

「あー、キメラならあっちに逃げよった」

ラミージュが指差した方向を見ると、またもジグザグな道が出現。

「怯えて逃げたのか?」

「いや、それはない。あの合成獣はとても強い。儂も気を抜いていたら死んでいたじゃろうな」

さらりとラミージュは言う。

え? じゃああの時逃げられたのって結構運良かったりするのか? 俺は自分の甘さに急に恥ずかしくなった。

「でも、倒したんだろ。やっぱりラミージュは凄いよ」

「……いや、違う」

ラミージュは突然、キメラが逃げたという道に向かって歩き始める。

「ちょ……ラミージュ?」

「キメラは強い。一頭でも国一つを壊滅する程にじゃ。じゃが、あのキメラはおかしかった」

「おかしい?」


一体何がおかしいと言うのだろう。森一つを丸々焼いた奴をおかしいと言うのは普通じゃないのか。

「儂と戦ってる時じゃ、あいつは突然苦しみだし儂の前から背を向けて逃げた。他にも、追撃するべき時に引いたり、かわせる攻撃をわざわざ受けたり。何かおかしい。生物兵器と呼ばれるキメラがあんなミスをするはずがないのじゃ」


何かに取り付かれたかのように、ラミージュの瞳はただ一点、キメラがいるであろう道だけを見つめていた。

「ラミージュは、その理由に気付いてたりするのか」

早歩きだったラミージュの足が止まる。

それはつまり……

「ある。儂の推測じゃがな」

どこか苦々しい雰囲気で笑うラミージュ。しかしその瞳は煌々としている。


「そもそも合成獣とは、魔王が作り出した生物兵器じゃ」

再び早歩きで道を進む。枝を鬱陶しそうに掻き分け、教師の様な教え口調で俺に教える。

「生物故に、獣の勘や知性を備えておる。ゴーレムや巨人よりも厄介な部分であり、最大の特徴じゃ」

倒れてきた木を魔法によって発生させた吹雪で一瞬に凍らす。

「じゃが、生物である以上合成獣も、腹が空くし睡眠だって取る」

ジグザグの道を何度も屈折する。そしてラミージュは、最大とも言える要点を口にした。

「昔は多くの合成獣がおった。数こそ減ったがなくなりはしていないのじゃ」


「ちょっと待てよ、合成獣って短命何だろ。何で全滅してないんだよ、まるで今も合成獣がふえて……まさかッ!?」

気付いた、そんなことあるのか。

「そうじゃ小僧、お主が考えた通りじゃ」

道を抜けた所には、身を丸めたキメラと……。

「赤ちゃん……」

キメラと同じ姿の赤ん坊が、一生懸命にお乳を吸っていた。

「そう、合成獣は出産できる。短命の合成獣が今も生き残る理由じゃよ」

アハハハッ! と嬉しそうに笑うラミージュ。

まだ目すら空いていない幼いキメラを見て、心の中にあった何かが一気に抜け落ちるのを感じた。

「今まで暴れてたのって」

「陣痛じゃろうな」

即答するラミージュ。


母となったキメラは幼いキメラを優しく毛繕いする。その光景はとても暖かく、生物兵器の面影を微塵も感じさせない。

一つの命が誕生した、俺は純粋にその姿に見惚れていた。


「命って、どんな奴にもあるんだな」

「小僧、今気付いたのか?」

「あー、今やっと、初めて気付いた気がする」


村を滅ぼし、森を焼いた行為は許されない。けれどそれは命を生むための試練だったのだ。恨まれたに違いない。村人、森、王国の人達からも。

誰にも理解されない苦しみの中、母になるため戦っていた。辛い辛い戦いの中、あのキメラはようやく出会えたんだ。自分の子供に。


「キメラが暴れればただではすまぬ。しかし、理由も無く暴れたりしない」

「……ラミージュは、知ってたんだろう。キメラのお腹に赤ちゃんがいるって」

「さて、どうかのう。じゃが、これを見て学んだ筈じゃ。どんな生き物にも命がある。暴れもする、何かを奪ったり壊したりもする、それは儂らとて同じじゃ。命のために命を奪う。じゃがな、時には、守るために戦うこともあるんじゃよ」


ラミージュの瞳もまた、太陽の様に暖かった。とても嬉しそうにも、楽しそうにも、ワクワクしてるようにも見えた。

まあ、要はつまり。

「歓迎するぞ! チビキメラッ!!」

こういうことだ。言いたくてしょうがなかった。ラミージュが可笑しそうにこちらを見て笑うが気にしない。

赤ちゃんキメラは大きな欠伸をあげて返事をした、ように見えた。

「……俺が今、守ろうとしてるものって、この光景何だな」

ん? と小首を傾げるラミージュ。

「ルンちゃんは、さっちゃんにそだててもらって、ランたちのいる所にこれた。賢者は、森のために泣いた。失った命を思って……さ」

言葉にしたいのに、中々言葉が出てこない。

「繋がってる、と言いたいのか?」

「そう、それだよ!」

やっと答えが出た、繋がり、見えないけど固く繋がっているもの。

ランやヨーンとの繋がりで、ルンちゃんという可愛いげがない弟が出来た。ルンちゃんと一緒に森の賢者と戦って、信頼を得た。

くすぐったいけど、凄く暖かいもの。

「俺、頑張るよ。村を滅ぼしたから恨むとか、人が怖がってるから自分も遠ざけるとか、もうしない。ちゃんと向き合って、その上で決める。そうやっていつか、この世界みんなの誤解を解くんだ」

この光景に誓った。信頼してもらうために、俺が最初に信頼するんだ。そうすれば、いつかきっと……。

「はあッ!!」

「ごうっ!?」

短い呼気とともに切り裂ける音。見れば母となったキメラが首から血を流している。

「誰が……こんなことを」

「む、貴殿か。城内では見かけなかったから何をしているかと思えば……どういうつもりだ騎士団長殿?」

騎士団長と呼ばれた人物は、血に濡れた剣を払い鞘に納める。

「国を守るため、危険なキメラを切っただけのこと。言われる必要がないな」

極寒の様な瞳を向ける騎士団長の顔を、俺は怒りに任せて睨んだ。

「どうして殺したんだ! 赤ちゃんもいるんだぞ!! やっと子供に出会えたんだ。なのにどうして」

「それが俺の仕事だからだ」

俺はこの時、新たな敵、騎士団長と対面した。


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