森の中の3人

「う~ん、結局どうすれば良いんだ」


 日が沈みかけている頃、俺やランは家に戻った。ヨーンを起こしてから。


「魔物の誤解を解くにしても、まず魔物の良いところを知らないといけないしな」

 ランやヨーンの良いところを知っている、けれど、良いところがあるだけで解ける問題な訳がない。いや、そもそも聞いてくれるかどうか。


 あの兵士が言っていた内容が一般常識だとすれば、ラン達を町の人に会わせただけで、逃げるか攻撃してくるのかどっちかになることだろう。

 しかし、知ってもらうにはまず相手の信用を得る必要がある。けれど、それが一番の問題でもあって……。


「思ってた以上に難しいな……」

「ん? もう諦めた」

「違う、考えてるんだ」

「ふ~ん、ま、頑張ってよ。僕、寝るからさ」

「どんだけ寝るんだよ!」


 ちなみにここは一階の部屋。俺は木の椅子に座りウンウン唸っている反面、ヨーンは毛皮を被せたソファーに寝そべって欠伸(あくび)ばかりしている。


 人が一生懸命考えているのに、目の前ではアザラシが気持ち良さそうにソファーで伸び伸びしている。

 見た目はアザラシだが、行動は猫そのものだ。

 でかい猫だけど……。


「そういえば、お前の御先祖様はどういう人なんだ?」

「僕の?」

 うんと頷く。

 ランが説明してくれた人型魔物は、御先祖様が何らかの形で人の姿をとるようになったのが理由で、今も人の姿をしているらしい。

 なら、ヨーンの御先祖様もまた、何らかの理由で人の姿をし始めたに違いない。


「う~ん、まあ、話しても良いけど……聞きたい?」

「聞きたい聞きたい」

  はぁ~、というため息を区切りに、ヨーンは寝そべったまま説明してくれた。


「僕の御先祖様はね、とにかく優しい人ばかり何だよ。僕らローンを傷つける漁師に復讐せず、ちゃんと話して解決するんだ。人間の姿になった理由は知らないけど、多分人間が好きだからこうなったんじゃない」

 「はいおしまい」とヨーン。その表情は恥ずかしそうでもあり、嬉しそうでもあった。きっと自分の一族に誇りを持っているんだろうな。

「へぇー、気の利く良い人達なんだ」

「そう、僕らは良い人。だから争いもしないし、人を傷つけることもしない」

 でも、とヨーンが真面目な顔で付け加える。

「だからって、ランを悪く言う奴らを良いようには思わない。無条件に信頼なんてしないよ。後、寝ていい?」

「駄目だ」

 ちぇっ、と不貞腐れるヨーン。どさくさに紛れて寝ようとするな。


 けれど、ランに対する思いを知ることが出来た。

 そして、彼女が人間を嫌ってるという訳じゃないことを知ってホッとした。


 ランやローンは人間と分かり合いたいのだ。しかし一方的な思い込みで拒絶してるのは人間側。

 危ない道を選んで進む馬鹿はいない。けれど、その道が本当に危ないかは分からない。

 つまり、そういうことなのだ。


「ふぅ~、良いお湯でした」

「ラン、出たのか……ってうおッ⁉」

 そこには、布1枚で体を覆うランの姿があった。

「ラン、何て格好してるんだ⁉」

「えっと、あまり見ないで下さい、恥ずかしいです」

 ランの耳と尻尾が垂れ下がる。


 濡れた銀色の毛は明かりを浴びて更に輝いている。

 薄紅色の肌からはまだ湯気が立ち上ぼり、まさに今上がったばかりだと主張する。

「温かいうちに入った方が良いと思って、このままきたんですけど、恥ずかしいです」

 ランの頬がうっすらと赤くなり、深緑色の目には恥じらいの色が覗く。しかし、その仕草がかえって色っぽい。

「気持ちはありがたいぜ、確かに温かいうちに入った方が良いよな、でも、服着てからでも良かったんじゃないか?」

 少年には刺激が強すぎる、さっきからドキドキが止まらない。

ランのことだから言ったことは本当なのだろう、その気持ちはありがたい。しかしランよ、俺は今別の意味でのぼせそうだ。


「すいません、この家に男性が泊まることはなかったので、今まで通りにしてしまいました」

 もじもじする仕草がまた可愛い。

 へぇー、ランって結構スタイル良いんだな~、って違う!

「風呂、ありがたく使わせて頂きます!」

 敬礼、前に進め!

 ランの恥ずかしさが移ったのか、俺も非常に恥ずかしかった。

 俺の聞こえてないところでヨーンは言った。

「まったく、二人とも子供だな~」




 翌日、俺は眠れぬ夜を迎えた。

 ランに貸してもらった二階の部屋のベッドで、ただぼぉーっとしていた。


 悩みで寝れなかったというのもある、どうやって説得するか、どうすれば聞いてくれるか。星の数程に悩んだ。

 もうひとつは、昨日のランの姿。

 女の子の裸など、高校生がそう簡単に見るものではない。興奮して寝れなかった。すいません、裸しか考えてませんでした。


「……朝飯食うか」

 とりあえず、階段をふらふらの足で降りる。

「おはようございます、朝食の準備は出来てますよ」

 エプロン姿のランが料理を食卓に運ぶ。

 固めのパン、薬草スープ、葉菜と果物のサラダ、チーズ。朝は1日の始まりという事で、消化のしやすい料理が多めだ。

「あれ? ヨーンは」

「よっちゃんはそこにいます」

 見ると、絨毯(じゅうたん)の上でアザラシが眠りについている。

 元の世界からこたつを持ってくる事が出来たなら、オッサンアザラシが見れること間違いなしだろう。

「あいつから睡眠をもらうってこと出来ないかな」

「どうしたんですか?」

「いや、何でもない」

 俺は静かにパンを口に運ぶ。パンの香りが鼻腔をくすぐり、食欲と脳を刺激する。今度は薬草スープを啜る。ハーブが効いていて、口の中や心に風を送る。

 次にサラダ。しゃきしゃきという心地良い音に混ざって甘いリンゴのような味を楽しむ。果物の甘味が野菜の苦味を抑えてくれるので丁度良いバランスだ。

 最後にチーズを食べる。舌触りはなめらかで深いコクがある。

「ご馳走さま」

 ランの料理を食べた俺は気分爽快になった。

 腹の底から元気が湧いてくるようだ。


 ランも丁度食べ終わったようで、俺はランに意見を聞いた。

「ランは、どうやって誤解を解きたい?」

 最後の一口を食べて耳をピクピクとさせるランの答えを待った。

「そうですね、私はまず、お互い話し合うことから始めたいです。美味しい料理や生き物の話しをすれば、少しは分かってくれると思うんです」

「確かに」

 話すのは重要だ。ヨーンの御先祖様が話をして和解したように、どんなことも話すことから始まるものだ。ランらしい穏やかな解決法だと思いつつ候補に加える。


「……ヨーンは?」

「スゥ~、喧嘩、スゥ~、そして仲直り」

「争いが嫌いじゃなかったのかよ! てかそんな都合の良い寝言は無い!」

 「バレたか」と言って、アザラシの皮からヨーンの顔が現れる。

「まあ一番良いのは自分の目で確かめてもらうことだよね、トウマみたいに」

 ヨーンが珍しく良いことを言った。

 百聞は一見にしかず。つまり、聞くよりも見る方が早いということだ。

「見てもらうというのは、私達の生活ですか。それは、ちょっと恥ずかしいですね」

「他人が見てるなか生活とか、地獄だよな」

 確かにそれは恥ずかしい、俺だったら1日も持たない。

「そうかな? 僕は全然平気だよ」

「いつも皮被ってるもんな!」

 ヨーンだけズルいぞ! と批判する。すると彼女は顔をアザラシの皮に引っ込めた。

 あの皮本当に便利だな。

「でも、見てもらうのが手っ取り早いかもな」

「では、その、お湯に浸かる時もですか?」

「そこまで見せないよ⁉」

 ランはホッとして、自慢の尻尾を右に左にと振る。


 俺はう~んと唸った後、頭に電撃が走った。

「そういえば、ラン、ラン達人型の魔物以外もいるんだよな?」

「えっ? はい、そうです」

「それって、例えばどんな」

「えっと、ここら辺ですと、猿の魔物、『セレラント』がいますね、でも、それがどうしたんですか?」

「そいつは、ラン達みたいに話せるのか?」

「話せるわけないじゃん、あんな野獣」

 ローンが少し声を荒げて否定する。

表情に出てたのか、ランは微笑みながら説明をしてくれた。


「魔物と言っても、私達のように知恵や文化を持った者と、そうでない者とに分かれてますからね、でも、セレラントは賢いお猿さんですよ」

 ランの説明を受けて、俺の想像は一気に現実味を得る。

「良し! 決めた!」

 俺は、元の世界にあったものを、頭にあるその名前を高らかに発言する。

「動物園を作ろう‼」

「はっ?」「えっ?」

 二人はぽかーんとしている、無理もない、俺の世界にあるものなのだから。


「動物園を作るんだよ! そのセレ何とかってのを捕まえて、色んな人達に見てもらうんだ。いや、猿以外のも捕まえてさ、そいつらがおとなしいところを見せるんだ」

 半ば妄想だが、これなら俺達の生活を見せることなく、さらに他の魔物に対する不安や恐怖を取り除くことが出来るかもしれない。

 見え始めた可能性に喜んでいると。

「ちょっと待ってよ」

 とヨーンの制止が入る。

「それは、つまり何? セレラントを生け捕りにしてあいつらに見せるの? それって見せ物じゃん」

 怒気のこもったヨーンの声が部屋に響く。

 俺は説明の足りなさに気付いてしまったと後悔する。ヨーンがこんなにも怒るのは、きっと他の魔物に対しても優しい気持ちを持っているからだろう。

「それにセレラントはそんなに甘くないよ、凄い奴だと馬車を馬ごと投げたとか、そんな危険な奴を捕まえにいくなんて、僕は反対だね」

 アザラシの皮を被るヨーン。アザラシ顔も気のせいか怒って見える。

 「唐真様、本当に、見せ物にするんですか?」

 ランの目はうるうるとしている。不安を感じているのだろう、けれど彼女もまたヨーンと同じで魔物の事を想ってるのだろう。


 俺は、出来る限り分かりやすい説明をした。

「動物園って言うのは、動物を見て回る所だよ。ランが世話していた羊みたいに触れあえるところもある」

 本当ですか? とランが瞳で訴えてくる。

「小さい頃の話だけど、動物に餌をあげたことがあって、餌が欲しい他の動物に揉みくちゃにされたこともあるよ」

 「ふ~ん」とヨーン。

「あと、可愛いうさぎを抱っこしたり、動物の背中に乗せてもらったり」

 「楽しそうですね」とラン。

「つまり俺は、色んな人が触れあえる動物園を作りたいんだ」

 ただ必死に、一番最適な言葉を選んで言い切った。それがランやヨーンの心に響いたかは知らない。

 数分の沈黙、最初に言葉を発したのはヨーンだった。

「魔物も人間も怪我しなくて、それでいて触れあえるなら、そのドウブツエンってのも悪くないか」

 ヨーンは起き上がり、表情に笑顔を浮かべていた。

「私も、やってみたいです。みんなと仲良く出来るなら、私頑張ります!」

 とランが気合いのポーズを決める。

 俺は何とか理解してもらったと胸を撫で下ろしつつ、二人が手伝ってくれることに感謝の気持ちが込み上がる。

「じゃあ、俺達で動物園、ならぬ魔物園を作ろう!」

「「おー‼」」

 俺達は、人と魔物が笑顔でいられる場所を作ることを誓った。

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