第14話 チェンジリングとお城のあるじ
「メグ、こっち!」
頭の上で声がする。見上げると、壊れた天井からモーザが手をのばしている。
「あ、まてこの野郎!」
必死にジャンプしてモーザの手をとると、天井の穴から砦の屋根によじのぼった。
「降りて来い!!」
鎧の女の人も追いかけて外に出てくるけど、剣は届かない。
「うわっ!? うわわっ!!」
もろくなってる石組みを、何度か踏みぬくけれど、なんとか走り切って砦の反対側に飛び降りる。
「早く逃げないと!」
相手は鎧で早く走れないはず。お城へと走り出そうとモーザの手を取ったわたしに、ふたたび頭の上から声がかかる。
「逃がすかよ!」
鎧姿の女の人が、砦ごしに手をのばしてくる。大きくなってる?!
「こいつ、スプリガンだよ」
遺跡の宝や妖精を守るボディーガード役。大昔に滅んだ巨人の亡霊で、怒るとその身を大きくする。
やっぱり泥棒だと間違われている。どうしよう、お城アプリを使ってわたしの部屋に逃げる? モーザも連れていけるの?
スプリガンの手を、身体を丸めてやり過ごす。ポケットの中で、スマホが通知音を鳴らした。
だれ? こんな時に。
『塚にきて。急いで』
メッセージの主は、金髪の女の子の顔アイコン。いや、ほんとにだれ?
「モーザ、塚ってどこ?」
「あっち!」
指さすのは原っぱの向こう。それじゃあお城から離れちゃう?!
ぐずぐずしてるとスプリガンが回り込んでくる。迷ってる暇はない。
「モーザ、連れてって!」
「わふ!!」
駆けだすモーザを追いかけて原っぱを走る。すぐに気付いたスプリガンが追いかけてくるけど、転がってる岩や石組みをたてにしてやり過ごす。
「クソっ、ちょこまかと!」
汗だくで足もパンパン。もう走れない。
「あそこ!」
モーザが指さすのは、丘の上にあるこんもり盛り上がった古墳のようなもの。石組みの入り口から光がもれている。
「やっぱり泥棒か!!」
スプリガンの振り下ろす剣をギリギリかわし、そのままの勢いで、モーザとわたしは塚の中へ転がり込んだ。
「……いたた」
古い塚は妖精の世界への入り口だって話もあるけど、ここは円形の明るい部屋だった。可愛らしい家具と床に転がるぬいぐるみ。部屋の中央に置かれたベッドの上では、ふわふわの金髪の女の子が、寝間着姿でスマホをいじっていた。
「あらあら。来たわね」
にこにことほほ笑む可愛らしい女の子には、どこか見覚えがある。
「モーザも久しぶり」
「エルシー、ひさしぶりー!」
モーザは金髪の女の子に飛び付いて、顔じゅうなめ回している。
「墓荒らしまで……お前……絶対に許さないぞ」
押し殺した声に振り向くと、もとの大きさに戻ったスプリガンが、視線だけで殺しそうな勢いでわたしをにらんでいた。
「まあまあ。スプリガンもお疲れさま」
女の子はしっぽを振るモーザを引きずりながらわたしの前に来ると、勝手にスカートのポケットに手を突っ込み、ピカピカの500円玉を取り出した。
「はい。これで支払いはすんだわよ」
§
「顔を見せるのは初めてかしらね。わたしはエルシー。あなたのおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さん……であってたかしら?」
女の子に
「もうすぐ
すこし寂しそうに笑う。
「信じることをやめると、人の世界と妖精の世界はどんどん遠ざかる。だから、ときどきわたしの一族の子を招いて、領主としてこの子たちと触れ合ってもらっているの」
頭をなでられ目を細めるモーザ。スプリガンは機嫌悪そうにガンをとばしてくる。
確かに、妖精を見たなんてはなしは聞かなくなった。グレイとかスレンダーマンとかいった、ちょっと気味の悪い都市伝説に取って代わられたかたちだ。
「そういえば、これはどういう仕組み?」
お城アプリの画面を見せる。エルシーはにっこり笑って自分のスマホを手にすると、画面から何かをつまみ上げる。
「ババア、もう充分働いたろ? そろそろ出して――」
つまみ出された大きな耳の小人がまくし立てるのを聞き流し、笑顔のまま画面に押し戻した。
「グレムリン。この子は最近の機械にも強いからね」
……むごい。
「そうそう、あなたのママにも、領主の仕事をお願いしたことあるの。あなたより小さい頃だったかしら」
「ママも?!」
ガチガチの現実主義者で、仕事のことしか頭にないと思ってたのに、ママにも妖精と遊んだ時代があったんだ。
「人間に忘れられると、良き隣人は姿を消すしかないの。イタズラもされるだろうけど、これにこりずにまた遊びに来てくれるかしら?」
たくさんの鍵の付いた鍵束を差し出し、首をかしげるエルシー。
お城にはまだ入ったことのない部屋がたくさんある。モーザやバンシー、シルキーとももっと仲良くなりたい。
「もちろん!」
わたしは心からの笑顔で、力いっぱいうなづいてみせた。
了
ワンコインで妖精城のあるじ! 藤村灯 @fujimura
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