第9話 焼きたてパンとしぼりたてミルク

 さし込む朝日で目がさめると、ベッドにいるのはわたしとモーザのふたりだけだった。


 この子は夜に外を歩き回ってるみたいだから、朝は苦手なのかもしれない。日当たりのいい原っぱでも、涼しそうな木陰でも、あたたかい薪ストーブの前でも。気持ちよさそうな所を見つけると、すぐ丸くなってうとうとしているから、本当のところは分からないけれど。


 モーザを起こさないようにベッドから滑り出て身支度をととのえると、仕様人部屋へ向かう。厨房のほうから漂ういい匂いにのぞいてみると、シルキーがかまどを使ってパンを焼いていた。長い髪はまとめて三角きんをかぶり、前掛けをしている。服は絹のドレスのままだけど、なんだかメイドさんみたいに見える。


「おはよう。パン焼いてくれてるの? ありがとう」

「家人が寝ているあいだに仕事をするのがわたくしの務め。あとは自分でしなさいな」

「うえぇ? できないよ!」


 家庭科の授業でパンを焼いたことはあるけど、かまどの火加減なんか出来るわけがない。代わりに食卓の準備をすることで勘弁してもらう。


 そうか。わたしが見てるところでは家事はしないのか。


 使用人部屋の机に上に、朝食の準備をならべていると、外からバンシーが戻ってきた。シルキーにイタズラされた汚れ物を洗っていたらしい。


「おはようバンシー。お洗濯ありがとう」

「おはようございますメグ様! 持ってきてくださった石けん、いい感じです! おどろきの白さです!」

「え……そんなに?」


 落ちにくい血の染みを、水だけでゆすぎ続けるのに比べれば、そりゃあキレイになるだろう。喜んでもらえたのはいいけど、仕事を見られるのをいやがるシルキー同様、洗濯機を持ち込んだりするとへこむんだろうな。


 寝ぼけまなこのモーザが起きてくるけど、薪ストーブの前の毛布を見つけると、くるまり床に丸くなる。敷物もなしに床で寝ているのを何度か目にし、かわいそうに思って持ってきたけど、この毛布はモーザをダメにするかもしれない。


「ほーら。焼けましたわよ」


 籠いっぱいに盛られた焼きたてパンを手にしたシルキーが入ってくると、匂いに釣られてモーザがむくりと顔を上げる。


「卵とミルクが届いてますよ」


 バンシーが朝方戸口に届けられていたという、籠に入った卵と、壺いっぱいのミルクを出してきた。いったい誰が届けてくれたんだろう?


 卵はシルキーが目玉焼きにしてくれて食卓に並ぶ。神様へのお祈りは妖精が嫌がるはずだから、わたしはひとり手を合わせた。


「いただきます!」


 パンは素朴な味だけど、柔らかく焼きたてのいい匂いがする。届けられた卵とミルクは、生みたて搾りたての新鮮なものだったようで、どちらも今まで食べたこともないほどに味が濃く、おいしかった。


 後片付けをしながら、気になっていたことをバンシーに尋ねてみる。


「そういえば、ここお風呂はあるの?」

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