第7話 いたずらシルキー

 待ちに待った金曜日の夜。部屋に準備した品をそろえて広げてみる。


 動きやすい服とくつ。古くなった毛布。おこづかいで買ったお菓子と紅茶。モーザの犬用の玩具と、バンシーには自然に優しい粉石けん。それに、あたらしいピカピカの500円玉。誰なのかはまだ分からないけど、サイトを作ったりアプリを入れたりしてくれたのも、きっと同じ人だ。もしも会えたら、お支払いを済ませなきゃ。


 風邪が治ってから、『入城』ボタンを試してみると、ちゃんとお城にたどり着けた。お城では『退城』ボタンに変わってる。こっちに帰るときは必ずわたしの部屋に戻るけど、向こうへ行くときは『退城』ボタンを押した場所に出るみたい。夜にお城の外に出ると、鉄枷てつかせジャックみたいな怖い妖精に出くわすかもしれないので、館の中の仕様人部屋をセーブポイントに決めた。


 ママには友達の家にお泊りするといってある。今週末はママも出張旅行。仕事がいそがしいから、余程のことがないと電話もしてこない。友達には上手く口裏をあわせるようお願いしておいた。いっそ友達も連れていこうかとも思ったけど、ジェニーの言ったように危険な妖精も少なくない。もっとわたしが慣れて、城主らしくなってからのほうがいいだろう。


 今日はお姫様ベッドで眠って、明日は館の中の探検。明後日は外も歩いてみよう。そろえた品物を詰め込んだリュックを背負って、ワクワクしながら『入城』押す。転移した仕様人部屋は、ひどいありさまだった。


 椅子とテーブルはひっくり返され、部屋中灰まみれ。横倒しになった薪ストーブのせいだ。


「なにこれ!? モーザがイタズラしたの?」

「ちがう、メグ! 寝てるあいだにこうなってた!」


 バンシーと二人でテーブルを起こそうとしていたモーザが、唇をとがらせ抗議する。この子ははしゃぎすぎて失敗することはあっても、嘘はつかない。


「疑ってごめんね。それじゃあいったい誰が……?」

「シルキーの仕業だと思います。しばらく顔を見せなかったから、もう他へ移ったものとばかり……」


 バンシーが申し訳なさそうな顔でつぶやく。


 シルキー。ブラウニーみたいに家にく妖精だ。家の人が眠っている間に、残った家事をこなしてくれる。けれど、ひとたび機嫌をそこねると、ボギーになって悪さをする。


 しまったな。いるのが分かっていれば気を付けたのに。それでも、怒る理由はお話によって違う。姿を見ようとしたり、仕事の報酬をけちったり。逆に、多すぎる報酬で家を出て行ったりもする。どっちにしても、気を付けて付き合わないといけない妖精の見本のような存在だ。


「わたしがちゃんと教えていれば、こんなことには……」


 ぐずぐずと泣き出しそうなバンシー。


「やめて! バンシーは悪くないから! 泣かないで、ね?」

「あの……メグ様のベッドもイタズラされて……」

「なあぁーーッ?!」


 あわてて寝室へ駆け込むと、シーツの上は足跡だらけ。ふかふかだったまくらの羽根が、部屋中に舞っている。


「ああ……ここで寝れるの楽しみにしてたのに……」


 荒らされた寝室を前に、がっくりうなだれる。膝を付いたわたしのお尻を、誰かがしこたま蹴り上げた。


「~~~~ッ!! いった!? だれ!?」

「ふん。いい気味ね!」


 尾てい骨を直撃する痛みに転がるわたしに声をかけるのは、レースとフリルで飾られた白い絹のドレスを着た女の子。さらさらの銀髪できれいな顔立ちだけど、キツそうな青い目でわたしをにらんでいる。


「わたくしに挨拶あいさつもなしとは無礼ではないかしら?」

「くぅ~~~~ッ!! 待ちなさい!!」


 シルキーは上から言い捨てて舌をだすと、部屋から逃げだし廊下を駆けていった。


 どこに隠れたのか、見付からないシルキーを追い掛けるのはあきらめ、仕様人部屋に戻る。広い食堂もおしゃれな広間もあるけど、ほっこりするにはこじんまりしたこの部屋がいちばん落ちつく。かんたんに片付けると、バンシーのれてくれたお茶で一息ついた。


「寝室を片付けにここを離れたら、こんどはまたここを荒らすんだろうな……」


 ベッドに入る時間までに何とかしないと、寝ることもできない。妖精を怒らせてイタズラされた話はたくさん残っているけど、仲直りしたほうの話は聞いたことがない。


「むー……?」


 あんまり時間は残っていない。とりあえず、思い付いたことを試してみよう。

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