第5話 緑の歯のジェニー
モーザは毛皮を脱ぎ捨て、泉に飛び込んではしゃいでいる。しっぽはお尻に付いたまま。やっぱりあれ、本物なんだ。
岸の近くなら、水の深さはせいぜいモーザの腰くらい。間違って溺れることもない。デュラハンさんの言うように、壁に囲まれた自分のお城の庭だと思えば、そんなに恥ずかしくはない。開けた川辺と違って、木立で視界がさえぎられているし。
簡単にシーツをたたみ、下着を脱ぐと、そっと足を浸してみた。
つめたくて気持ちいい。血だけじゃなく、走ったり転んだりで汗まみれになっていた。しゃがんで肩まで浸かり、汚れを落とす。
そういえば、ぶっかけられたあの血、何の血だったんだろう……?
「わふー! なにむずかしい顔してるメグー!」
「わぷっ!?」
少し怖い考えになりかけたところに、思いきり水をかけられた。
「やったな! ちょっと、待ちなさい!」
妖精はイタズラ好きなもの。気にしてたらキリがない。そう割り切って、逃げるモーザにお返しをする。
さんざんはしゃいでくたびれたので、岸辺に寝そべって一息ついた。見上げると、木々の隙間にまたたく星が見える。
本当ならそろそろベッドに入ってる時間だ。そろそろ帰らないと。でもどうやって帰るんだろう?
ぼんやり夜空を見上げていると、ふいに足首をつかまれ引っ張られた。またモーザのイタズラかと顔を上げると、泉のまん中で犬かきしているモーザが見えた。
「あれ……じゃあこの手は……?」
水の中からぷかりと水草のかたまりが浮かぶ。
水草の間からのぞく、女の子の顔。ニッと笑った口には、ギザギザの緑の歯が並んでいた。
「ぎにゃー!?」
わたしの悲鳴を聞きつけ戻ってきたモーザが、水草のかたまりに飛びかかる。
「わふ! がふ!!」
「いたた、ちょっと待って、ごめん、ごめんてば!」
所かまわず噛みつかれ、水草の中に隠れていた女の子は悲鳴を上げた。
「悪かったって。ちょっとちょっかい掛けただけじゃん!」
緑の髪に緑の帽子。水の中から現れたのに、その子はこぎれいな緑の服を着込んでいた。
水の精ニックス……いや、子供にちょっかいを出すのはペグ・パウラーか――
「はじめまして新しいご領主。あたいはジェニー。緑の歯のジェニーな!」
ニッと笑って緑の歯を見せる。たしかに遅くまで水遊びをしてるような子供をおどす妖精だけど!
「ここに住まわせてもらってる代わりに、水場の管理をまかされてる。あたいが見てるから安心して水浴びしな!」
「あなたのせいでこの騒ぎなんだけど!?」
モーザがうなると、ジェニーはあわてて距離をとった。
「仕事はちゃんとしてるってば! 見てたよずっと。あんたが下着を脱ぐところから」
「……うん?」
ニコニコ笑いながら言い訳するジェニー。なんか視線がいやらしい。
「あっ、ちがうちがう、そうじゃない。いい意味で!」
「どういう意味だ?!」
ジト目でにらみシーツを身体に巻きつける。モーザは水遊びを中断されもの足りない顔をしていたが、身体を拭いて毛皮を着せた。
「またなご領主。水浴びならいつでも来てくれよな!」
泉の中で手を振るジェニーを後に、仕様人部屋に帰る。
今度はちゃんと水着を持ってこよう。
「ええっ! 泉に行っちゃったんですか? その……何もされませんでしたか?」
わたしが泉で水浴びしてきたと聞くと、バンシーはこわごわ尋ねてきた。知ってたのか。だから川に行くことを勧めたんだ。
「うん、まあ……特になにも」
仕様人部屋の中では、薪ストーブに火が点けられ、わたしのパジャマが乾かされている。モーザはストーブの前に丸まるまってうとうとしている。シーツに包まったままスマホを確認してみるも、やっぱり圏外のまま。
「どうしようかな……」
ぼんやりつぶやくも、一人じゃないからそんなに危機感はない。
ぱちぱちと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます