第9話 白と、黒と、虹色と

「おいおい、へっぴり腰じゃないか。どうしたよ、勇者さん。元気だしてこーぜ」

 無茶言うな、と雄輝は息を切らしつつ思う。素手の喧嘩すら、ろくにしたことがないのに剣術の達人を相手にしている者の気持ちにもなってみろと内心で悪態をついた。


 こんな状況になったのもクレアが彼を連れてきたからだ。

『未知なる天命』を呼び出してはみたものの、剣なんて使ったことがないと愚痴る雄輝にクレアは提案した。それなら教えてもらえればいいじゃないですか、と。

 そうして、雄輝の前にやってきたのが眼前の男である。男の名はクライアス、神皇国の剣術指南役。その風貌は厳つく、まさしく歴戦の戦士と言ったところ。しかし、口を開けば豪快さはあるものの快活で印象の良い男であった。実際の年齢はかなり高いかと思うが、雄輝にはとても若々しく感じられる。

「だーかーらー、違うって。おまえができないって思ったら、途端にできなくなるんだよ」

 動きの鈍い雄輝に対して、クライアスの激がとぶ。最初はかなり嫌がっていた雄輝だったが、結局クライアスの言葉に素直に従っている。いつもなら、すぐに逃げ出すのに。

 つまりは、雄輝も徐々に変わってきているということだ。


「それに、おまえがやりたくないって思ってるのは辛いっていうよりも俺を殺したくないってことだろうよ。それこそ、違うってぇの」

「むぅ」

 雄輝は唸った。図星だ、と思う。

 自身が持つ剣は、まるでクレアの瞳のように蒼く光っている。見れば見るほど鋭く、長い刃物など握ったことのない雄輝にはそれだけで恐怖だった。対して、クライアスが持っているのは木でできた、まるで子どものおもちゃのような代物だ。

「さっき、やってみたろ? その剣は、おまえが斬ろうと思えば何でも斬ろうとするし、おまえが斬りたくないと思えば果物すら斬れないよ」

 雄輝は思い出す。試しに岩を斬ろうと振ってみたら、驚くほど簡単に真っ二つになってしまった。その威力が恐ろしかったから縮こまっていたが、雄輝の剣を何度も受け止めているクライアスの木剣は傷一つついていない。

「とりあえず、憎くて憎くてたまらないと思われなきゃ俺は死ぬ心配がない。なんで、おまえに覇気のない間は存分に打ち込ませてもらうぞ」

「鬼か、あんた」

 クライアスがにやりと笑ったのを見て、雄輝は背筋に冷たいものを感じるのであった。


 それから数刻。

「なかなか良いじゃないか。それなら生き残れる」

 クライアスは、にかっと笑った。対象的に雄輝の顔は青ざめている。

 クライアスの指導に、ふらふらになりながらも雄輝はついていった。クライアスの助言が聞いたのか動きは見違えるほどによくなっている。ただ雄輝にその実感はない。

 クライアスに言われたからではないが、試しに雄輝は『未知なる天命』に心中で、彼を殺さず黙らしてくれとお願いしてみた。すると、どこか一本芯が通ったような感覚の後、まるで操られているかのように体が動き出した。クライアスの動きもよく見えるし、どう体を使えばいいのか瞬時に判断できるのだ。

『未知なる天命』に引っ張られた。雄輝に実感がないのもそのせいだ。気づけばクライアスに褒められているのだから、自分に向けてという感覚は雄輝にはない。

「おまえの召喚装具は多少いんちきだがな。それについていけるのも、おまえの力だって思っていいぞ」

 そんな雄輝の複雑な感情を察して、クライアスは背中を叩いて激励する。力の尽きていた雄輝はそのまま地面に倒れ込んでしまった。

「お、悪い」

「地面はこんなに冷たいんだ……」

「重症だな、ちょっとやりすぎた」

 そのまま眠ってしまいそうになっている雄輝をクライアスは慌てて引き起こして、ゆっくりと座らせた。


 雄輝の目の焦点が定まってきたところで、あらためてクライアスは彼に賞賛を伝える。

「クレアにも言われたろ、召喚装具はおまえ自身と思っていいって。そりゃ、虹色なんてのは普通の奴からすればいんちきなレベルだし、ズルいとか言い出す奴もいるだろうが、それこそがおまえの色なんだ。誇っていい」

「そんなものか」


 雄輝はぶっきらぼうに答える。こんな風に真っ直ぐに褒められると、くすぐったくなって上手く返せない。今まで、これほど素直に評されたことがあまりないから照れで顔が火照ってくる。

 クレアもこうだから、お国柄だろうか。最初、雄輝はクレアの信頼にも懐疑的だった。しかし、どれだけ嫌な態度をとろうが彼女は真っ直ぐに視線を向けてくる。

 今でも恥ずかしいが、その熱も悪くないと雄輝は思い始めていた。


「いんちき」

「だから、別におまえは気にすることないって」

 思わず呟いた雄輝の一言に、クライアスは明らかに動揺する。自分の一言が雄輝を傷つけた、とでもクライアスは思ったのだろうか。雄輝はとっさにそれを否定する。

「ああ、うん。そうじゃなくってさ」

 単純に気になったのだ。虹色は、みんながいんちきだと思うほどに恵まれた色。黒は、心を塗りつぶしてくる扱いづらい色。

 それならば、黒と対称に位置する白はどういう意味を持つのだろうか。雄輝はクレアの翼に対して持った疑問を、クライアスにぶつけてみる。

「あのさ、クレアの……『無垢なる翼』っての。あれって、どんな感じ?」


「ああ、ありゃあスゲェぞ」

 クライアスは子どものように目を輝かしている。彼にとっても、クレアの『無垢なる翼』は特別なのだ。

 普段は、他人の話に興味をもたない雄輝だが、彼が語るクレアの話には熱心に耳を傾けていた。

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