第8話 未知なる天命

 シルヴァランドを治める神皇国。その宮殿内部にある、広い芝の上に座り込んで雄輝はクレアの話を熱心に聞いていた。

「しょーかんそーぐ?」

 聞きなれない単語に雄輝は首を傾げている。


 クレアに自分なりの決意を告げた夜。雄輝は一旦元の世界に戻った。

 二人は今後のことだけ相談しておいた。雄輝がいつでもシルヴァランドに来れるように、クレアは自分の手が空いている時は常に世界をつなげておくことにした。逆に手が離せない時は、閉じておけばいいのだ。

 二つの世界の時間のズレは、シルヴァランドの方が遅い。決して雄輝は自分の生活の時間を崩すことなく気力が充実している時に宝箱があるか確認してもらえればいい、とクレアは雄輝に伝えた。


 ちなみに、次の日の放課後にはもう雄輝はシルヴァランドを訪れていた。専ら情熱などとは無縁な生き方をしていたから、熱が冷める前にと思ったのだ。

「それで、その『神魔』達に勝てるっての?」

 今日はまだ聞いていない、世界の危機の詳細について講義を受けている。


 襲ってくるのは神魔と呼ばれる魔族の長。かつて、シルヴァランドは二つに分かれて争っていたが、今の王国に繋がる片方の国が勝利。負けた相手側の長、それが神魔だ。

 神魔とは「神の魔法」のこと。大昔、神が肉体を与えたとされる最初の魔法生物だ。人間を遥かに超える強力な魔力を持ち世界の安定に努めてきたが、ある日暴走して世界を滅ぼそうとした。

 戦争は神魔の敗北で幕を閉じたが、彼自身は息絶えていなかった。長い潜伏で力を蓄え、再び襲い掛かってきているのが現状だそうだ。


「それは、分かんないですよ。でも、だいじょぶです! ユウキさんと、その『召喚装具』が一緒なら、こうばったんばったんとですね……」

 ちなみに、そんな深刻な話をしているのに、クレアはこの通り熱暴走を起こしている。基本丁寧な言葉使いなのだが、舌足らずな言い回しも多くなっている。

 実は昨日、雄輝と別れてからクレアはずっとどこかおかしかったのだ。二つの世界を繋げている間は時間のズレがなくなっているようなのだが、それでも雄輝を待っていた時間は彼が元の世界で過ごした時間より短い。ただ、その短い時間をクレアは一日千秋の想いで待っていた。

 背後に浮いている(クレアが魔法で運んでいた)大きな宝箱を引き連れて、町をウキウキで闊歩するクレアを見て、住人は目を丸くしていたのだった。


「まぁ、いいや。それで、その召喚装具って何なんだ?」

 さすがについていけなくなったので、雄輝はクレアに続きを促した。クレアも雄輝の視線の意味を察したのか、顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。

「えっと、改めて説明となると難しいですね。こう、その人だけに仕える意思のある道具といいますか」

「ああ、専用武器ね」

 ゲーム好きの雄輝はクレアの拙い説明でも、すぐに思い当たるものを自分の記憶に見つけた。特定のキャラクターにしか使えない武器があったりする。彼女が言っている召喚装具とはそういうものなのだろう、と雄輝は結論づけた。


 召喚装具、それはシルヴァランドの民が己の心に住まわせている武装のことだ。ちなみに武器の形をとるものもあれば、衣服だったり、日用品だったりもする。

 そして、クレアも独自の召喚装具を従えていた。

「私の召喚装具、銘は『無垢なる翼』。もう、何度かお見せしましたよね」

「あの羽か。あれって装備だったのな」

 雄輝の記憶にはっきりと焼き付いているクレアの背中に生えた翼。まさしく天使のようで、雄輝が彼女を思い出す時はいつも彼女が羽を広げた様子を思い出す。

 あの翼は、彼女の身体的な特徴ではなく、あくまでも彼女をサポートする道具なのだ。だから、魔法を使ったり、戦ったりする時以外は本来の住処である彼女の心の中に隠れている。


「それで、本題なんですけど。ユウキさんの召喚装具、見せてくれませんか?」

「はい?」

 唐突な無茶振りに雄輝は明らかに困惑している。

「いや、無理だろ。何言ってんだよ」

「無理じゃないです。簡単ですよ」

 そんな魔法みたいな力は自分にはない、と雄輝は首を振る。しかし、クレアは諦めずに食い気味で彼に近づいていく。

 顔が近い。雄輝は思わず視線を外した。クレアはそんな彼の反応を気にせず、雄輝の前に座り込んだ。

 クレアがそっと雄輝の胸に触れる。心臓が大きく鳴って、雄輝はクレアと顔を見合わせた。彼女が優しく微笑むと、不思議と雄輝から緊張感が抜けていった。

「ほら、ここにいますから。呼びかけてみてください、きっとユウキさんに応えてくれます」

「……分かったよ」


 クレアが離れるのと同時に雄輝は立ち上がった。

 やり方は分からない。だが、彼女は呼びかけてみろといった。なぜか、クレアに言われるとできそうな気がしてくる自分に雄輝は口端を歪めた。

(あいつ、おまえが見たいんだとさ。本当にそこにいるのか?)

 クレアが触れた場所と同じところに手を置いて、雄輝は目をつむる。

 半信半疑だ。客観的に見ると何て滑稽なことをしているのかと笑えてくる。

 雄輝は自身を嘲笑する自分とも向き合いながら、ただクレアの言う通りに心に呼びかけていく。すると、閉じた瞼の裏に何かがぼんやりと見えてくる。

(うそっ、マジで?)

 その急な変化に驚きつつも、意識をその映像に雄輝は集中させていった。徐々に輪郭が明らかになってくる。

 そして、雄輝は知らないはずなのに、目の前の武器の名前を呼んだ。


「其は『未知なる天命』」


 刹那、強い熱を感じて反射的に胸に置いていた右手を離す。しかし、その熱は右手にそのままついてくる。驚きはあったが、すぐに慣れた雄輝は目を開けて熱の在り処を見つめた。

「これ」

「きゃーっ、すっごぉっい!」

 雄輝が疑問の声を上げるよりも早く、クレアの感激の悲鳴が周囲に響いた。


 雄輝の右手には、一振りの剣が握られていた。とてつもなく軽く、ボールペンよりも質量を感じないのに己の存在ははっきりと見ている者に示している。

 装飾に派手さはなく、刃は鈍い銀色をしているかと思えば太陽の光の加減でキラキラと色が変化していく。


 まるで虹のようだな、と雄輝は感じた。


「虹色、なんて素晴らしい」

 色に関してはクレアも同じように感じ取ったらしいが、反応が段違いで違う。虹、というのに何かあるのだろうか。

 目を輝かせて雄輝の手にした剣を見つめるクレアに訪ねてみた。クレアは剣から目を離さずに、雄輝の問に答える。

「召喚装具って、色が大事なんです」

「色?」


 彼女が言うには、召喚装具は主となる色が決められているらしい。

 特に色によって能力が異なるというわけではなく、あくまでも普段の生活では気分の問題らしい。しかし、魔力という観点で見ると、どの色も苦手な色を持っているとのことだ。神魔の生み出した魔物と対峙した時に、苦手な色が相手となるとそれだけで致命傷になるらしい。


「虹色は、相手にする色に合わせる柔軟さと決して相容れぬことのない強さを併せ持っている。だから、銘が『未知なる天命』。誰にも決められない、未来を導く剣」

 クレアの口から、剣を褒め称える言葉が流れるように出てくる。その一言一言が、まるで雄輝の本質を褒めているようで、雄輝は居心地の悪さを覚えた。

 それもそのはず、雄輝の勘違いではなく、クレアは雄輝自身を賞賛しているのだ。召喚装具は、持ち主の精神の在り方と直結している。そのため、シルヴァランドの民から見れば、召喚装具の力はそのまま持ち主の力なのだ。

「持ち主の心まで塗りつぶしてくる黒とは違い、あくまでも柔らかな色。本当に貴方らしい」

 先の説明と合わせれば、神魔の魔物に対しての切り札になるのであろう。そうであれば、クレアの興奮もよく分かった。

 ただ、雄輝の視線は覗き込むために見えている、彼女の背に釘付けになっていた。


 思い出すのは、そこに現れる『無垢なる翼』。そして、その驚くほどに純粋な白。

 彼女は召喚装具の色が大事だと言っていた。持ち主の心の在り方を表すとも。

(じゃあ、こいつの白って)

 普通、人間生きていれば何かに染まるのではないのだろうか。あそこまで真っ白なのには、何か理由があるのではないか。


 雄輝は、はしゃぐクレアとは対象的に、どこか遠い視線で彼女を見ているのであった。

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