第3話 みつけたサトル君

「いつ?いつ出ていった?」

「わかんないけどそんなに時間経ってないと思う。ごめん、美味しいもの食べて寝ちゃってたの。目が覚めた時、小さいけど二藤の声が聞こえた。」

「まじか……!」

 変わっている子だなぁって言ったって、サトル君は人間だ。目の前で起きてることを理解できないんじゃないか?右も左も分からない場所で1人途方に暮れているかもしれない。とにかく、無事に連れ帰らなくては。

 常夜に向かう前に、ロッカーに行き、サトル君のカバンをガサガサと漁る。

 人を探す時はその人物の顔がわかるものを持っていくようにしている。特徴を口で伝えるより目で見てもらったほうが早い。

 サトル君の顔がわかるもの…何か……あった!

 見つけたそれをくしゃくしゃに畳んでお尻のポケットに突っ込んだ。

「今何時?」

「1時」

「追いかけよう!」

 バイト行ったっきり帰ってこないなんて、家の人にも迷惑をかけてしまう。

 急げ。

 ちなみにこの時、あと1時間で残業代が発生してしまうという考えも頭の隅をちらりとよぎった。




 道のようで道でない、暗い闇の中をひたすら奥へと進んでいく。

 上も下もない。前も後ろもぼんやりとした感覚。常夜が近づいている。


 遠くの方にぼぅ、と赤い光が見えてきた。その光は次第に大きくなり、縦に広がってゆく。

 常夜の街が見え始めた。

 大きな道の両脇に電線のようにロープが張られている。赤い光はロープにとまっている提灯のもので、突然真ん中がパックリと横に割れ、口のようにパクパクしながら空中をふよふよと漂い、ロープのあちらからこちらへと移動している。灯が縦に広がったのは道が真っ直ぐ続いているからで、さらに遠くの方に白い光が見える。向こうは神々が住む所だ。

 道路の両側には様々な商店が立ち並び、道路にはみ出して看板がせり出し、こちらへおいでと競うようにネオンがピカピカと輝く。常夜の中心街だ。

 街は賑わいの盛りだ。店の売り子達は店頭に立って手を叩き、声を張り上げ客引きをする。中心の道路にはあやかしが溢れ、店から店へと楽しそうに見て歩いている。

 ろくろ首は首を伸ばして二軒先のお店を覗き込んで怒られている。キツネの親子は油揚げを咥えてかけてゆく。

 あやかし達の合間を縫うように一反木綿がするりするりと飛んでいる。


 道行くあやかしを呼び止め、サトル君の顔写真を見せながら目撃情報を集めるが、写真の顔にピンとくる者は現れない。みんな首を傾げながらごめんなぁと言って去っていく。



 ピンクのネオンが目立つ道に差し掛かったところで、突然背後から抱きしめられた。柔らかい感触。

「夜見ちゃぁん♡」

「うわっ!」

 抱きしめられたことではなく、その冷たさにびっくりする。

 彼女は華雪はなゆき。雪女だ。

 真っ赤な着物に金の刺繍の入った黒い帯が映える。

 青い髪をかんざし一本でまとめ上げ、

 抜き襟からみえるうなじが美しい。

 冷たい肌のはずなのに、ほんのりと頬が赤く染まってみえる気がする。

 華雪は近くのガールズバーの看板娘だ。バーは残念だがおさわりなし。雪女に触ったら凍ってしまう。前にそんな客がいたらしい。

 うるうるとした大きい瞳がこちらを向いている。俺の視線は着物の襟からこぼれ落ちそうな胸の谷間へと向いている。華雪はまぁ、俺にとっては昔馴染みの友人だ。少々いたずらが過ぎるのが玉にキズである。

「なになにどしたの?こっちにいるなんて珍し……やだぁ♡会いに来てくれたの?」

「違う違う!」

 人探しだって!と、いつの間にか俺のシャツのボタンを外しにかかる華雪をひっぺがす。

「照れてんじゃねぇよ!」

「いってーーー!!」

 華雪に思いっきり背中を叩かれた。意味がわからん。

「灯ちゃんもおつー♡」

「おつ」

 俺を無視して話は進む。

「ねぇねぇ、この辺で双子と高校生くらいの男の子見なかった?」

「あぁ、そういうことなら助っ人読んであげる。猫ちゃぁん!」

 建物の影から黄色い目をした真っ白い猫が姿を現した。普通の猫ではない。尻尾が3本生えている。

「よぅ夜見」

「猫又先輩!」

「探し物かい?」

 妖怪猫又。この街のみんなには猫又先輩と呼ばれている。マスコットみたいに可愛いが、本猫は可愛いともてはやされるのはどうも苦手らしい。

 そうなんです!と俺が頷くと、猫又先輩はにゃあと笑った。

「よし!……じゃあよ……!そいつの………にゃっ!!……匂いのする物シャーーー!……持ってないか?」

「灯、先輩に失礼だから猫じゃらしはやめなさい」

 猫又先輩の前にしゃがんで、サトル君の顔写真のついた書類を目の前に持っていく。先輩はサトル君の写真をじーっと見つめ、確かめるようにくんくんと鼻を近づけると、ついてこいといって歩き出した。

「頑張ってねぇ♡」

 華雪に見送られ、俺と灯は猫又先輩の後をついていく。

「こっちだ」

 細い路地を抜け、住宅街へ入る。

 ジグザグに道を通り抜けて少し行くと、人だかりができている木造の家が見えた。

「あそこだな」

 俺と灯は急いで駆け寄り、人だかりの隙間に入り込んだ。

「ちょっと通してね」

 奥へと進み、家の中へ入る。

「サトル君!」


 人だかりを抜けると、そこは妖怪大戦争の真っ最中だった。


「おにぃちゃんいけーーーー!」

「すげーーー!!!!!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 大画面のテレビの中を妖怪のキャラクターが暴れまわっている。猫娘が爪を振り回し、小豆洗いが小豆を飛ばす。

 ぬらりひょんが額から光線を放ち、他のキャラクター全員を一層した。

 テレビの前にはさっきの双子と一つ目の妖怪。双子に挟まれるようにしてサトル君が座り、コントローラーを握っている。

 人だかりはギャラリーだった。周りからも賞賛の言葉をかけられて、サトル君が照れている。

 部屋の奥からよく知った顔が出てきた。

「よぅ小童。元気かの?」

「じいさん……?」

「いやぁ、儂はげぇむというのはやったことがなくてのぅ。チキとリキがみたいというから、サトルにやってもらっておったんじゃ。」

 ぬらりひょん。子供の頃俺が世話になった妖怪で、俺のことを未だに小童と呼ぶ。人間の間では後頭部の飛び出た気味の悪い見た目で通っているが、実際はツルッとして丸い顔をしたただのじいさんだ。美肌なのが自慢らしい。

「あ、お店の人!」

 双子のどっちかが俺に気づいた。サトル君が振り向いて慌てて立ち上がる。

「夜見さんすみません!帰り道が心配だったので送ろうと思ったら、長引いてしまいまして……」


 はぁ?帰り道を送る?長引く??

 心配でいっぱいだった俺の胸に別の感情が湧き上がる。

「何やってんだ!」

 いきなりの大きい声に、サトル君がびくっと体を震わせた。

「俺たちすごい探したよ?こっち来ていろいろ聞いて回って!サトル君ここがどこだかわかってるの?

 異世界だよ!常夜っていう、別の世界なの!!!

 知らない世界で怖いとか危ないとか思わないの!?

 すごい心配したのに……何だよゲームって……」

 ギャラリーもいつの間にか静まり返り、俺とサトル君を静かにみている。

 すると、双子が突然サトル君をかばうように俺の前に立ちはだかる。

「「おにぃちゃんはわるくない!!」」

「おれたちがいったんだ!いっしょたきてって…」

「おっおれいしたかっ…かったから!」

「だから、おにいちゃんのせいじゃない!!!」

 表情は変えなかった。できるだけ冷たい目で双子を見下ろす。

 そういう問題じゃないんだよ。

 勝手に自分の知らない世界に連れてかれることがどんなに恐ろしくて危険なことか知らないだろ?

 ましてホイホイついて行く方も行く方だ。帰り道を送るなんて、できるわけがないのに。送ったとして、どうやって帰るつもりだ。

 無言のまま双子と視線を合わせ続ける。片方がぐっと唇を噛み締め、拳を握る。片足を後ろに引いて、腰を落とした。片割れの様子を見て、もう1人も同じ構えを取る。双子の瞳の色が真っ赤に光る。やる気か?子供のくせに。

「おにぃちゃんをいぢめるなーーーーーーーーー!!!!」

 双子が飛び出したその時だった。


『やめてください!!!!』


 空気をビリビリと震わせてサトル君の声が弾丸のように俺と双子に刺さる。

 一瞬、体が動かなかった。双子はバランスを崩してべちゃっと転んだ。

 サトル君は双子を優しく立たせると、俺のところへ来て頭を下げた。


「……仕事中に、すみませんでした」


 サトル君がみんなに向かって、今日はご迷惑おかけしてすみません。ありがとうございました。と、また頭を下げる。

 サトル君と灯を連れて家を出ようとした時、ぬらりひょんが口を開いた。

「のぅ小童。ホットケーキとパンケーキの違いは何じゃ?」

「は?」

「落ち着いてよぅ考えろ。現世と常夜の違いは何じゃ?サトルと儂等の違いは何じゃ?」


 俺は無言で家を出た。



「灯、頼む」


 猫又先輩に常夜の入り口まで案内してもらった。ここで灯の出番。帰り道を作る。

 灯は両手を広げて何度か深呼吸をした後、両手を真っ直ぐ前に伸ばし、掌を上に向ける。口をすぼめて思いっきり息を吐くと、銀色の塵が掌の上に集まった。

 その銀色の塵に、今度は優しく息を吹きかけるとキラキラと風に舞うように地面に降りていき、一筋の糸のようになった。糸は遠くに行けば行くほど道のように広がっていく。、

 この糸を辿って現世の俺の店まで帰るのだ。

 俺の後ろに灯が、その少し後ろをサトル君がとぼとぼとついてくる。



 帰り道を歩きながら、徐々に俺の頭も冷静になってきた。

 サトル君はもう働いてはくれないだろう。この雰囲気のまま帰っても、お互いに気まずいだけだ。それによくよく考えてみると、事前に常夜のことをきちんと説明しなかった俺にだって非はある。その点はきちんと謝らなくては。


 サトル君、さっきはいきなり大きい声出してごめん。

 もとはといえば僕が最初にきちんと説明しなかったことが原因だ。

 怖い目に合わせてしまって申し訳なかった。


 歩きながらでいい。今言わないと。

「サトル君、さっきは………」

「あの」

 言いかけた俺の言葉をサトル君が遮る。

「僕の話を聞いていただけますか。」



 そう言って歩きながら、彼は静かに語り出した。

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