第2話 おしえてサトル君
双子は店内をくるくると嬉しそうに見て回る。
いすがいっぱい!こっちふかふか!あのたなすげえー!てんじょうきれーい!言い合っては2人顔を合わせ、ケラケラと笑っている。
黒い髪を2人とも同じように後ろで一つに結んでいる。分け目が左右違うようだ。お揃いの白いTシャツにジーパン。服装は至って普通だが、肌と目の色は人間のそれではない。
彼等は
魍魎とは、山川や木石等の自然物から生じた精霊だ。人の子のような姿をしているが、皆揃って美しい髪と顔をしている。そして赤黒い肌に赤い目。
その昔、彼等のような魑魅魍魎や妖は人間にとって脅威であり、恐怖の対象だった。
化かし、襲い、喰らう。
幾度となく人間は彼等と争った。
だが時代は変わる。
貴族の時代から武士の時代へ、天下泰平の世が訪れてもまた争い、人間同士が殺し合い、血を流した。戦争に負け、この国もようやく平和と呼べる時代になり、近代化した今も進化を続けている。
近代化が進めば進むほど、人は彼等の存在を忘れていった。
昔のように彼等は人に姿を見られなくなった。人が彼等を見つけられなくなった。
例えば従業員の灯。彼女はもともと、ある神社の神様に仕える神使だった。
神使とはいえ彼女の姿をみた人間は、理解を超えた存在であるが故に恐れ、近づこうとはしなかった。
時代の流れとともに、神社は忘れられ、神様は御隠れになった。やがて神社は朽ち、彼女だけが取り残された。
誰にも見つけてもらえず、独り。
ちなみに俺は、人の姿を借りているが中身が違う。だから人には俺が見える。住民票だってちゃんと持っている。
話を戻そう。常夜の世界も人の世と同じように変わっていた。
常夜の世界も人に合わせるように近代化し、昔のように争うこともなくなっていった。
人がテレビや映画、テーマパークに行くのを楽しむのに近い感覚で、今の彼等は人の世を眺め、訪れる。
人の世を純粋に楽しむ彼等は黄昏時に現世へと降り立ち、あちこち見て歩きまわる。そして自分達では解決できない困りごとや悩み事を、この店に打ち明けにくる。
受ける相談は様々で、人間への恋愛相談や、迷子(こっちではぐれた妖)探しとか。ただ話を聞いてほしいだけのこともある。
食べ物関係は意外と多く、カフェオレとカフェラテの違いはなんだとか、今流行りの歌いながら作るアイスが食べたいなんていってうちの店にやってくる。歌いながら作るアイスは恥ずかしいことこの上なかったが、お客様はとても喜んでくれた。この間も闇鍋というものをやってみたいとかいう相談があってやってみた。あれはもう2度とすることはないだろう。
色々と語ってしまったが、とにかく何だかんだいって人間に興味津々なのだ常夜の住人は。俺はそんな彼らが好きだし、この店に誇りを持っている。だから、この店に来てくれる彼等を畏れ敬うように迎えるのだ。大切なお客様だから、彼等の要望には出来る限り応えていきたい。
だからこそ、人間の従業員が欲しい。
俺は店の前に貼り紙を貼ってバイト希望者を待った。
この店の貼り紙が見える人間は、最低限彼等の存在に気づく力を持っている。働く人間に俺が少し力を貸すだけで彼等が見えるようになる。
しかし、やってくるお客様が人間ではないと知ったら驚くなんてもんじゃない。誰もが恐れ、嫌がった。
未知なものへの恐怖。自分達の常識から外れるものを忌み嫌い、自分の世界から排除する。人間のそうした面は昔から変わらない。そういう生き方なだけだ。
サトル君はどうだろう?
恐れるのか、泣くか、気絶するかも。そしてきっと、話が違うと怒るだろう。
彼は力を貸さなくても灯や常夜の者達が見えているようだ。
彼を逃したら、次にバイト希望者が現れるのはいつになるだろう。次に誰かが来ても、働いてくれる可能性があるわけでもない。
彼がどんな反応をしても、説得して一日でも長く働いてもらいたい。
俺は密かにそう心に決めていた。
双子はあちこち駆け回った後、鼻をくんくんさせながら匂いのする先に近づいてきた。
「こーひー!いいなぁ!」
「何か飲む?」
ジュース!と双子の声が揃う。サトル君にも手伝ってもらい、双子達を適当なところに座らせる。俺はカウンターに向かい、下にある冷蔵庫を開ける。オレンジジュースとアセロラジュースが並んでいる。グラスを出してオレンジジュースを注ぎ、先の曲がるストローをさした。
一部始終を、サトル君は少し離れた場所から強張った顔で見つめている。
目の前にいるのはサトル君にとっては得体の知れない何かだ。何を思っている?恐れ?怒り?
騙しましたね店長。人間ではないお客様の悩み相談とは募集要項にのっていませんでしたが。なぜこのような重要事項を記載していないのですか?
ひぃ、すみません。でもでも悪い職場じゃないから、一度体験してから決めて欲しかったんですぅ。悪気はないんですぅごめんなさい。
いかん、シミュレーションが止まらない。
灯は興味がないようだ。またソファでごろごろしている。
あの子達、何か話をしなくては。飲み物を準備しながら俺は双子に声をかける。
「えっと、はじめまして。お名前は?」
「チキ!」
「リキ!」
同時に答えたのでどっちがどっちかわからない。
双子は足をぷらぷら、テーブルに手を置いてぱたぱたと落ち着いていられないようだ。まだ顔だけ動かして店内をキョロキョロしている。
ジュースを運び、双子の前に置くと目を輝かせてグラスを掴み、ほっぺたがへこむくらいストローを吸う。グラスの中のオレンジジュースが一気に半分になった。
はぁーと2人同時に満足そうなため息をついて、またストローに口をつけるかたわれを見つつ、1人が俺に向かって声をかける。
「あのね、あのね、おしえてほしいことがあってね。」
かたわれも顔を見合わせ、せーのっ、と声を揃えて本題を発表した。
「「パンケーキとホットケーキって」」
「おんなじだよね?」
「ちがうよね?」
終わりだけバラバラだった。
パンケーキとホットケーキ。最近のカフェで流行りのアレだな。
さっきまで動きも言葉もシンクロしていた双子だったが、今度は言い合いが始まった。仲のいい双子だ。
可愛らしい言い合いを聞いていると、後ろの方から恐る恐る声がした。
「あの、いいですか?本来は同じものみたいです。材料は…小麦粉・卵・牛乳・ベーキングパウダーです。混ぜて焼いたらホットケーキかパンケーキですよ。ホットケーキミックスっていうの使えばもっと簡単です。」
サトル君がスマホをテーブルの上にことりと置いて、みんなで覗き込む。いつの間にか灯も後ろにいる。
「ほらー、だから言ったじゃんリキー!おんなじなんだよホットケーキもパンケーキも!」
「でもチキ!じゃあなんでよびかたちがうんだよ!おんなじならおんなじなまえでよべばいいだろ?
なんかちがうからよびかたちがうんじゃないの?」
やっとわかった。分け目が右なのがリキ、左がチキ。
リキとチキはまたやいのやいの言い合っている。サトル君が腕を組んでこちらを見る。
「うーん。何で呼び方違うんでしょうね?」
それはこっちのセリフだサトル君。
驚く様子もなく、怖がってもない。怒ってもいない。
むしろ普通。というか何のリアクションもない?なんでなんだサトル君。
もしかして…気づいてない?
「ちょちょちょちょちょっとサトル君!」
サトル君の腕を引いてみんなから離れる。みんなに背を向け、声を落とす。
「あの、サトル君さ、あの子達なんに見える?」
「?えーと、お客様?ですよね。」
「えっでもほら肌の色とか目の色とかさぁ、なんかさぁ。」
気づいて欲しい。騙してるみたいじゃないか。こちらとしてもこれからも一緒に働いてくださいって言いづらいじゃないか。
頼む!気づけ!!
サトル君が眉間に思い切りシワを寄せる。
「夜見さん。肌の色や目の色であの子達の何がわかるんですか。あの子達はお客様ですよ?
お客様を畏れ敬う、敬意を持って接するようにと先程おっしゃってたじゃないですか。」
「うぅん?うーーーん?」
そうなんだけど、そうなんだけどね?
「失礼ですが、差別はよくないと思います。」
「ううーーーーーーーん?」
真面目か。何この子変わってるどころじゃないぞ。
どうしよう、気づかない。見えてるのに。
あーどうしよう。気づいた時怒るかな?怒るよね!
でも子供の目線で一緒に考えてあげるなんていい接客だぞサトル君!ナイスホスピタリティ!!
でも言わなくちゃなぁ。いやでも気づいてないならもういっそこのままでよくない?
などとうだうだ脳内で悩んでいる間にサトル君はみんなのところへ行ってしまった。
サトル君!そこにいるの人間じゃない!人間じゃないよ!
心の中で叫びながら俺も戻る。くそぅ。見えてるのに気づいてない人間なんてはじめてだ。
今まで黙っていた灯がサトル君を呼んだ。
「ねぇ、人間。」
あっそこ名前じゃないんだ。
「はい。あ、灯さん。僕の名前は二藤です。二藤サトル。」
真面目かサトル君。
「作れないの?」
「え?」
「その、ホットケーキとパンケーキって、作れないの?」
サトル君は少し考えて答えた。
「…材料があればできるかと思います。僕もテレビで見たことはあるんですが、パンケーキは食べたことがなくて。ホットケーキは子供の頃祖母が作ってくれたので作り方は大体わかりますし。」
「作って。」
「はい。では材料を買わないと。夜見さんいいですか?」
「あぁ!い、いいよー。」
「この店は調理器具はありますか?あ、あとで材料費の経費精算お願いします。」
「は、はいぃー。うん、ひと通りの調理器具はあるから買わなくていいよぉーーー。」
はいぃー。のとこで声が裏返ってしまった。経費精算とか、そういうとこはしっかりしてんのになぁ。なんで気づかないのサトル君…!
サトル君についていくと双子が騒ぎ、結局ついていった。双子はサトル君を挟むようにして手を繋ぎ、何やら楽しそうに夜の街へと消えていった。
「夜見。」
灯が腕を組んでこちらを見ている。
「言えなかったのね。だっさ。」
俺はテーブルに突っ伏した。
あぁあー、俺店長なんだけどなぁー。情けないなぁー。
そんな俺を見て灯はニヤリと口の端をあげて笑っている。
「なんだよ灯。人間嫌いなのに。」
「あの人間がホットケーキとパンケーキの違い調べてた時、『すまほ』に写真が載ってたの。とても美味しそうで。」
灯が目を瞑って白い指を頬に添えて可愛く言う。
「頬染めてんじゃないよ。」
「人間は嫌い。でも美味しそうなものには、抗えない。」
キリッ、でもないよ。
「はぁぁー。ホットプレートだしてくる。」
俺は肩を落としつつ事務所の奥へ向かった。
しばらくしてサトル君が双子とともに帰ってきた。
俺とサトル君でスマホを見ながらホットケーキとパンケーキのタネをつくる。用意しておいたホットプレートで焼き、盛り付けをした2枚のお皿をテーブルに置く。
「はい。できました!」
「「「おぉおーーーーー!」」」
3人の歓声が店内に響く。
サトル君が続けて説明する。
「向かって右がホットケーキ。左がパンケーキです。」
ホットケーキはふわっと厚みのある仕上がりで、てっぺんにのせたバターがトロリと溶けてふわりと香り、食欲をそそる。
パンケーキは薄く焼き上げ、生クリームとイチゴをトッピングして板チョコを細かく砕いてのせた。熱いパンケーキの上でチョコがゆっくり溶けていく。スマホの写真の通りとまではいかなかったが、紛れもなくホットケーキとパンケーキである。
フォークを配ると、サトル君が両手を合わせた。
「いただきます。」
双子がサトル君の真似をして手を合わせ、わいわいと二つのお皿をつつきだす。
「おいしい!」
「こっちも!!」
「美味しい…!」
ちゃっかりと灯も試食に参加している。
あぁ、みんな笑ってる。
俺もつい嬉しくなる。ある程度食べ尽くしたところで双子に聞いてみた。
「違いはわかった?」
「パンケーキはホットケーキよりうすい!」
「イチゴと生クリームがのってる!」
「どっちもおいしい!」
結論が出た。まぁ中身一緒だもんね。
「「おにいちゃん、ありがとう!」」
「どっちもすごくおいしかったよ!」
「おにいちゃんがつくってくれたから、すごくおいしかった!」
双子はサトル君の手をぶんぶん振りながら、離れない。
サトル君はちょっと困った顔をして、でもまんざらでもなさそうだ。
「二藤。」
サトル君が灯の方を向くと、灯は親指をグッと立ててニッと笑った。よっぽど気に入ったらしい。
サトル君は双子と灯を見て、恥ずかしそうに笑った。
「………こちらこそ、ありがとう。」
後片付けをして、ホットプレートを店の奥にしまっていると、灯がぱたぱたとかけよってきた。
「夜見。」
「何?」
「チキとリキ帰っちゃったよ。」
「そう。」
「二藤も一緒に。」
「えーーーーーーーーー!!!!」
慌てて入り口に走ると、ドアが開いている。その先は見渡す限りの闇。
常夜への入り口だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます