2019/04/15 「井の中の蛙」

 自分の席に戻ると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 英語がわかってない英語教師が学校で英語を教える、すると英語を習ったけれど英語がしゃべれない日本人ができる。またそのうちの何人かが英語教師になる。そしてまた英語がしゃべれない日本人を産み出す。

 この後に「うちの学校はそんなことはないから安心して欲しい。」というのがついたのが、ぼくの所属するクラス、2年C組の担任であり、その英語担当でもある鈴木先生が今年度最初の授業で話した言葉だ。

 質・量ともに恐ろしい量の課題が出ることを除けば、帰国子女で一時期外資系企業の本社に努めていたという彼の授業はすごい面白い。なんで今英語教師をやっているのか謎だけれども。

「なぁ水上・・・、水上?」

 それを踏まえてさっきのプログラミングの授業を思い出すと、なんとも言えない気持ちになってくる。

 よくわかってない教師がよくわからない授業をし、よくわかってない生徒を育つ。

「おい、シカトすんな」

 ・・・ん?

 パコーンという音とともに後頭部に衝撃が走る

「なにすんだ」

 丸められた教科書を視界の端で捉える。

 それを握るのは肉付きの良い腕。まだ春だというのに若干焼けている。

 その腕の持ち主は、いかにも運動が得意ですと言った感じの風貌をした小学生の時からの付き合いの石山だった。確か野球部所属だったかな?

「何難しそうな顔して何考えてんだよ」

「この国の未来、について・・かな?」

「なんでそこでドヤ顔決めるんだお前・・・」

 そもそもなんでこの台詞を選んだのか僕自身よくわからない。

「それより、どうしたの?」

「いや、お前すごいなって」

「何が?」

「よくこんなんすらすら理解できるなって。」

 石山が手に持っていた教科書を見せる。見た目に似合わず真面目な彼らしくその教科書はひどく使い込まれていた。

 ぼくらの通う私立染井学園は中高一貫の男子校。少子化が進む中でもまだうちの入試倍率は2倍ほどをキープしているから生徒は皆入試を突破してきたことになる。

 中学入試というのは建前上小学校の学習指導要領内で解けることになっている。ただ実際のところ、それ用の塾に通って中学受験対策をせずに入試を突破することは一握りの天才を除いて不可能だ。ぼくと石山はその塾時代からずっと同じクラスだ。

「そうでもないよ。それにぼくより凄い人はたくさんいる。」

 教科書くらいのことならぼくでもまだ理解できる。がそれ以上となるとまだまだ理解が及ばない。

「でも俺らの学年だとおまえがトップだろ?」

「いや、何人かに抜かれて3位だったよ。それに学年で上位には入れても意味ないよ。」

「どうして」

 定期試験の成績上位者だとやっぱり試験の順位っていうのは重要になってくるんだろうか?

 ことに情報とかプログラミングに関しては試験の順位どころか内容もさして重要じゃないと思うんだけどなあ。

「例えばさ、ぼくらがいま勉強しているJavaScriptだとブラウザ上で動作してるだろ。ていうことはさ、そのブラウザを作った人が存在するってことだ。それにそのブラウザもOSの上で動いてる。だからOSを作った人もどこかに存在する。そしてそのOSも・・・って考えていくとコンピューターについて何もわかってないって思えてこない?」

 ブラウザもOSも世界的な大企業が大金積み、たくさんの優秀な人材を雇って開発している。インターネットだって似たようなものだ。

 それらの使い方についてはある程度理解しているつもりだけど、その原理となるとほとんど何も知らない。

「それはそうだけどさ。俺らまだ中学生だぜ、それはしかたがないと思わないか?」

「やっぱり仕方ない、のかな」

 ホームルームを終え、部活に行く石山と別れて帰路についた。

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