201904015「多機能ボールペン」
いつもどおり山手線で池袋駅へ。
そこから湘南新宿ラインに乗り換えることなく、改札から退場する。
西部百貨店併設の二省堂百貨店素通りし、エレベーターを上って地上へ出る。
幅広い横断歩道を渡ればそこにあるのはジャンク堂書店池袋本店の、9階建ての背の高いガラス張りの建物。
1年生の頃にここに来たときは、場違いじゃないかとか、学校の先生にばったりあってしまうんじゃないかとか無駄に緊張した事を覚えている。
繁華街において、制服を着た中高生は風景の一部であり、そして巣鴨でならともかく、池袋の現在の人口と学校の先生の人数から鉢合わせる可能性なんかほぼゼロだというのを理解するのにしばらくかかった。
窓際に設置されたエスカレーターからは向かい側のカラオケ店のビルや、眼下の先ほど渡ってきた横断歩道が目に入る。
そして6階のコンピューター関連書籍コーナーへ。
膨大な数の専門書がぼくを迎えてくれた。
ブロックチェーン、Apache2、ペネトレーションテスト、デジタル・フォレンジック、ハニーポット、TCP/IP、ソーシャルエンジニアリング。
もっとも大半はタイトルの意味すら今のぼくには理解がおぼつかないのだけれど。
情報技術に関する膨大の知見。その片鱗に興奮を覚えるのはぼくだけではないはず。
タイトルで目を引かれた雑誌を手に取る。
ハッカー入門、表紙にはそう書かれていた。
1階のレジで会計を済ませて店を出る。
日はまだまだ高く、ガラス張りのジャンク堂のビルが、空の水色に染まっている。
左腕に付けた腕時計はそろそろ16時半をさそうとしていた。
ちょうどホームに到着した湘南新宿ラインに飛び乗った。
90年代のインターネット黎明期にアメリカのFBIを翻弄した伝説のハッカー、ミスターケビンの記事を手を汗握りながら読み進めていると、電車は黄緑色のトラス橋を轟音を立てながら渡り埼玉県へと入る。
気がつくと電車は浦和駅に到着していた。
慌ててホームへ駆け下りると、背後でドアでドアが閉まる音がした。
「セーフ」
定期券をいれた財布を押し当てて、改札を抜ける。
そして、左手に持ったままだった雑誌の続きを読もうと再びページを開いたときだった。
「マレーシアの企業、
少しぎこちなさを感じる日本語。
顔をあげると、原色を多用したデザインのベストを着た、若い東南アジア系の女性がニッコリとこちらを向いて微笑んでいた。
周りを見ると、ベストと同じデザインののぼりがたてられていて、その回りで目の前の女性と同じベストをきた東南アジア系の人たちが、待ちゆく人を呼び止めていた。
そして、10インチほどのタブレット端末が差し出された。
「5分ほどで終わる簡単なアンケートになっております。ご協力していただいた方には、こちらのボールペンを1本プレゼントさせていただいております。また回答して頂いた方から抽選で、1週間のマレーシア旅行をプレゼントさせていただいております。」
オレンジ色が眩しいベストから取り出されたのは、色違いの、何本かの多色ボールペン。確か一本1000円位する、割と高めのやつ。
横を向くと食料品を詰めたエコバックを方から下げた主婦が、目の前の女性と同じベストを着た色黒の男性の差し出したタブレットでアンケートに回答していた。
「やります」
抽選は当たるわけないけれど、5分でボールペンくれるならいいかな。そんな軽い気持ちでそう答えた。
「ありがとうございます。どの色がいいですか?」
黒いのを一本受け取って、タブレットの「回答をはじめます」と明朝体で書かれたボタンを押した。
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