風薫り、我思う

「展葉が終わったな」


 風薫る五月。標高の高い山ではまだ木々の開芽が始まったばかりだが、里山は今が新緑の盛りだ。


 獣道とさして変わらない細い遊歩道から、少しだけ木立の中に踏み込む。陽光が新緑をあまねく輝かせていたが、その色合いにはまだ濃淡があった。日差しの強弱、若葉の色合い、そして見上げる私の意識の遠近……。全てはまだ固まっておらず、不定形にちぎれた陽光とともに顔に差し掛かる。眩しさゆえに目を細めていた私は、そのまま瞼を閉じて、大きな欠伸を宙に放した。


「ふあああっ」


◇ ◇ ◇


 そもそも感情にはどのくらいという尺度がない。好きだ愛してるをどれほど煮詰めても薄めても、多い少ないという絶対評価は出来ないんだ。だから、たった一粒の飴で満足することもあれば、砂糖壺の中に顔を突っ込んでも物足りないこともある。


 肌で温もりを与えるか、言葉で温めるか。それは単なる表現形であって、情の多少には影響されない。少なくとも私はそう思ってきた。だが、家内にはそう思えなかったらしい。古めかしい家の奥座敷に閉じこもり、黴臭い因習の中にうずもれて動かなくなった家内には、昔日せきじつの私の姿しか頼るところがないのだろう。その幻の上に安らぎを置くしかないのだろう。


 私は己の情を、その多寡を変えたつもりはない。ひどく目減りしたというのならば、それは家内の心の底にひびが入っているからだ。亀裂から細く一筋垂れ落ちていくものを直視しないからだ。私だけでなく、家内の親や友人も家内の異常な曲解癖には気付いている。だが、私以外の誰もが家内の首に鈴を付けたがらない。直言する私だけが家内の中で一方的に損なわれていく。


◇ ◇ ◇


 ざわっ。

 林間を吹き抜ける風は、若葉を輝かせる陽光の恩恵をまだ受けていないらしい。私の首筋にわずかに爪を立て、そのまま行き過ぎた。ひどく熱が失われると、それは痛みに転じる。その痛みを少しでも和らげようと、慌てて遊歩道に戻る。


「ふう……」


 仰ぎ見た青空に綿雲が一つ湧いて、ふわりと純白の翼を広げた。


「使徒の降臨か。今がクリスマスなら、一つくらいは願いが叶いそうなんだがな」


 ああ、そうさ。別れを切り出し、関係を白紙に戻すことは容易い。そして、私の破片はいつでも組み立て直すことが出来る。ただ……家内のは壊れたままになるだろう。だから、いつまでもたっても踏ん切りが付かない。いつまでも『思う』止まりで先に進めない。


「風薫り、我思う……か」



【 了 】



+++++++++



自主企画、『セルフ三題噺『風薫り我想う』』参加作品。


見出し:気持ちのいい若葉の季節に、林間にあってつらつら思うこと

紹介文:風薫る五月。里山に一人でハイキングに来た男が、つらつら思案を巡らせます。


 富小路とみころさんの自主企画『セルフ三題噺』の……

お題E(『眠気』『屋敷』『まだら模様』)

お題I(『木漏れ日』『森』『冷気』)

お題J(『季節外れ』『天使』『愛情』)

お題M(『甘くて幸せ』『糸』『体温』)

お題Q(『猫』『癒される』『匂い』)


を最難度レベル4で。レベル4の条件は……。


・単語を使わず表現する

・二つのお題で一つのお話を組み上げる

・『風薫り我想う』『秋の宵』のどちらか(両方)を最後に入れる

・文字数を1000 or 500、ぴったりにする

・エロ・グロ(ホラー)要素を使わない


……です。


 二つという縛りが絶対ならばレギュレーション違反なんですが、どこまで入れこめるか限界に挑戦ということで、ご容赦を。(もう一つくらい入れられたかも)


 三題噺の場合、三つのうちの少なくとも一つはメインテーマに繋げることが多いと思うんです。でも今回のように単語が直接使えない場合は、どうしてもお題が装飾符の扱いに落ちやすくなります。じゃあ、割り切って情景描写の素材として使い切ってしまおう。そういうコンセプトで描いたものです。

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