進物

伊佐姫いさひめさま」

「なんじゃ」

かえでどのから進物が」

「進物? 違うであろう。いつもの嫌がらせであろうて」

「嫌がらせにしては大層な……」

「それはそうよ。貧乏姫に己の富をひけらかすのが、あやつの趣向じゃ。ほんに嫌味なやつよの」


 楓姫の下男が、荒屋あばらやの軒先に投げ出していった木箱。その荒縄を解いて蓋を開いた下女のあずさが中を覗き込んで驚嘆の声を上げた。


「素晴らしい実海棠みかいどうでございますよ」


 あやつがそんな上物じょうものを寄越すものか。どれ。


からいがと詰め合わせておるのう」

「あ……」

「埋め草は、病葉わくらば新嘗にいなめで捧げた稲穂の籾殻じゃ。老残と残滓のこりかす……か」


 梓が、くたりと首を垂れた。


「実海棠は傷むとよく匂うからのう。鼻で食せと言うことよ」

「ここまでひどく当たられると……」

「なに。愚か者は捨て置けば良い。刻んで甘葛あまづらを足し、あわと炊けば極上の粥じゃ」


 口角を上げた梓が、ごくりと喉を鳴らした。


「では早速」


 箱の中に手を入れて比較的傷みの少ない実を取り出した梓は、いそいそと台所に向かった。


「大儀じゃが仕方あるまい。どれ、返歌を書くか」


 礼など返したくはないが、返さぬと後で何を吹聴されるか分からぬからの。



 茜さすまろき実既にうつぼ

  みたるのちはただ秋の宵



【 了 】



+++++++++



自主企画、『セルフ三題噺『風薫り我想う』』参加作品。


見出し:こんな進物は要らないんですが……

紹介文:貧乏な伊佐姫のところに、金持ちの楓姫からとんでもない進物が。でも、神経ワイヤーロープの伊佐姫は動じません。


 富小路とみころさんの自主企画『セルフ三題噺』のお題D(『栗』『笑い』『落ち葉』)、お題F(『りんご』『香り』『新米』)を最難度レベル4で。レベル4の条件は……。


・単語を使わず表現する

・二つのお題で一つのお話を組み上げる

・『風薫り我想う』『秋の宵』のどちらか(両方)を最後に入れる

・文字数を1000 or 500、ぴったりにする

・エロ・グロ(ホラー)要素を使わない


……です。


 最後の短歌は、当然ダブルミーニングになっています。表面的には、もう食べちゃった、ごっそさん……なんですが、もちろんそんな生易しい返事じゃありません。


『あんたがどんなに嫌味を投げつけたって、わたしはそれを空っぽに出来るの。おいしいところだけ食べて、あとは秋の夜空の向こうにポイよん』


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