終い

「与平はん。これで終いやな」

「しゃあないわ、拓ちゃん。これも時代の流れや」


◇ ◇ ◇


 神無月の果て。しぶしぶと冷たい雨の篠突く中。作業服姿の二人の老人が、て返る展示場で黙々と撤去作業に勤しんでいた。


「一年、あっという間やな」

「せや。風薫り我思うなんてしゃれとったんが、あっという間に秋の宵や」

「その秋すらもう終いやで。かなんわ」


 長く続いた菊人形展。十重二十重に飾られた色とりどりの菊花が、百年近くにわたってみやび都人みやこびとかたどってきた。だが年々入場者数が減り、スポンサーが降り、さらには人形を仕立てられる職人が高齢化し、激減した。人形が掲げている短冊には、かつては菊人形にまつわる秀作短歌が肉筆で書かれていたが、応募が途絶えた今は印刷の既製品だ。


 時の試練にじっと耐える。言うことは易しい。だが形だけではなく心を、こころざしを遺すには、耐えるだけでは足りない。どうしても足りない。そして何が足りなかったのかを思い返すには、二人は年を取り過ぎていた。


「なあ、終いまで来て、わいら何をなくすんやろ」

「あほ。もうすっかりなくなっとるわ」


 与平がつるりと頭を撫でた。


「ははは……」


 力なく笑った拓次の目から。


 ……雨が降り始めた。



【 了 】



+++++++++



自主企画、『セルフ三題噺『風薫り我想う』』参加作品。


見出し:ああ、これで終いやな……

紹介文:長く続いた菊人形展の終焉。ずっと菊人形を仕立ててきた二人の老人が、終(つい)を語り合います。


  富小路とみころさんの自主企画『セルフ三題噺』のお題A(『秋時雨』『しのぶ』『涙』)、お題C(『菊の襲』『髪』『歌詠み』)を最難度レベル5で。レベル5の条件は……。


・レベル4をクリアしている事

・二つを組み合わせる

・単語は使わない

・登場人物は三名以下(性別関係なし)

・1000(500)文字ちょうど

・『風薫り我想う』と『秋の宵』を必ず二つ入れる


……です。



 枚方の大菊人形展は百年近い歴史を誇ってきましたが、2005年に終焉を迎えました。しかし現在でも菊人形を仕立てる技術は継承されていて、各地で展示が行われています。なので、本話はあくまでもフィクションです。


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