ルニア? ルニア!

「ルニア……か」

「よう、時山ときやま。どした? シブい顔して」

「いや、開発中のゲームのキャラ名で、どうにも引っかかっててさ」

「へー。制作が動いてんなら、もう決まってんじゃないの?」

「いや、まだペンディングのままなんだ。他のキャラは全部名前が決まってるのに、ヒロインだけが宙ぶらりんじゃなあ」

「うわ、それって準メインじゃん」

「そうなんだよ。統括ディレクターの葛西さんがごっつ気合い入ってて、直々にキャラ名指定はいいんだけどよー。ルニアってのは……」

「ふうん。でもトップ指定なら、それでゴーでしょ」

「統括以外、スタッフ全員反対なんだよ」

「はあ?」

「だって考えてみろ。ルチアという類似の名前があって、実名でも多用されてる。それに響きが近いと誤認されやすい」

「うーん、確かにな」

「他にもルテアとかルミアとかルロアとか、フランス語系、ラテン語系の類似語が山のようにあって、そっちの方が馴染みが深い。どうしてもルニアってのは印象が薄いんだよ」

「ルニア……ルニア、かあ。うーん」

「だろ?」

「物足りない。ヒロインの名前にしてはどこか中途半端な感じだな」

「俺だけじゃないよ。みんな揃ってそういう印象なんだよ。その印象を引きずったままでキャラデザインに入ると、発想が縮む。ろくなキャラに育たん」

「なるほどなあ。それは統括には?」

「もちろん、スタッフの総意として伝えてある」

「統括からは?」

「絶対に名前を変更するな、必ずそのキャラ名で行けの一点張り。交渉の余地なし」

「うわ」

「しかもだな」

「ああ」

「ヘルニアは病気」

「げ」

「ナルニア国物語という超名作がある」

「うう」

「カタルニアという国も実在するし」

「そっちもあるのか」

「語感がいろんな副要素とがっつり被っちまうんだよ」

「ううーん……」


 腕組みした田中が、俺と同じように苦悶モードに入った。


「厄介だな」

「まあね。俺らがまあいいやって割り切れればいいんだけどよ。デザイン部隊の俺らだって、やっつけじゃなくて魅力的なキャラにしっかり育てたい。そのためには、名前ってのはものすごく重要なんだよ。なんでもいいってわけにはいかないんだ」

「わかる」

「他の主要キャラはとっくにデザインに入ってるのに、ヒロインがずっと宙ぶらりんのままじゃ気合いが入らん」

「確かにな。変更前提の仮置きってわけには?」

「いかない。スタッフ全員でもう一度統括に当たってみるけど、葛西さんも言い出したら聞かないから」


 はあ……。気が重い。


「ルニア、ルニア……か」


 何度かその名を復唱した田中が、ひょいと首を傾げた。


「なあ、時山。キャラデザインには決して妥協しない統括が、なんでその名前に固執するのか。そっちから攻めた方がいいんじゃないのか?」

「ああ、俺らもそう思って、会議の時にずいぶん統括に食い下がったんだけどよ。葛西さん、頑として口を割らんのだ」

「ふうん……」

「何か、気になるのか?」

「ああ」


 腕組みを解いた田中は、俺の机の上のディスプレイを指差した。そこには、まだラフスケッチ段階のキャラが映っている。


「キャラをデザインする際、まずこんな感じという粗々のラフがあって、それをもとにフレームワークを作っていくだろ?」

「ああ。名前もそこから派生することが多いな」

「それとは別に、最初から出来上がっているものすごく強いイメージがあって、それを描き出すっていうやり方もある」

「確かにそうだ」

「俺は、ルニアってのが後者の方に思えるんだ」

「いや、それは分かるよ。でも、その強いイメージが統括から明示されない限り、俺らにはアプローチできんのだってば」

「葛西さんはおまえらに示さないんじゃない。示せないんだよ。きっと」

「は? どういうことだ?」

「キャラを言葉で表現しようとすると、言葉の有限性がネックになって縮んじまうからさ」

「……? 意味が分からんが」

「きっと、統括から直接ラフが出て来ると思うぞ」

「いや、もう来てる」

「やっぱりな」

「どういうことなんだ?」


 田中が、意味ありげににやっと笑った。


「ルニアは実在する。それも、葛西さんがアクセスできる位置にな。だから、葛西さんがものすごくこだわってるんだよ」

「!!」

「ルニアという名。その名をもつ少女の造形にね」

「な、なぜ?」

「それが少しでも実物とズレてしまったら、もう向こうに戻せないからさ」



【 了 】




+++++++++



自主企画『無色な言葉「ルニア」を使って短編を書こう』参加作品。


見出し:どうにもぴんと来ない……

紹介文:統括ディレクターから、新ゲームのヒロイン名を『ルニア』と指定されたデザインセクション。スタッフの時山は、その名前がどうにもぴんと来ません。もやもやした気持ちを、他セクションの田中に愚痴りますが……。


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