その他

アンリアル・リアリティ

『雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。

 そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた』


 僕の説明を聞いた男が、首を傾げた。


「それは、ずいぶん陳腐なシチュエーションだな」

「何を言うんだ。陳腐なんかじゃないよ。ものすごく特異な状況さ」

「ほう? なぜだ」

「まず。ここにはほとんど樹木なんてものはないよ。見渡す限りの荒地だ。雨宿り出来るような木を見つけられたこと自体が奇跡に等しい」

「ふむ」

「ただの木じゃなくて、街路樹だぞ? そんなこと、普通はありえないよ」

「まあな。けど、その状況に疑問を感じなかったのか?」

「疑問しか感じなかったよ。水も食料も尽きてずっと彷徨っていたから、死ぬ前に幻覚を見たのかと思った」

「だろうな」

「だが、雨は降った。水を確保出来て、命綱が繋がった。木陰を確保出来て、熱波に備えることが可能になった。ものすごくラッキーだったんだよ」

「ラッキー、か」

「ただ。僕は一人さ。ほんのひと時危機を逃れることが出来ただけ。雨も街路樹も夜陰も永続を保証されているわけじゃない。絶望的な状況は何も好転してない。いや、かえって絶望が増幅されている。これじゃ生殺しだよ」

「そこに女の悲鳴、か」

「そう。女がなぜ悲鳴をあげたかなんてどうでもいい。僕にとっては、そこにいるのが僕一人でないという事実がものすごく重要だったんだ」

「なるほど。で、その悲鳴の主を確かめに行ったんだな」

「すぐにね」

「どういうことだったんだ?」

「女はいなかったよ。そこにあるのは悲鳴だけだった」

「は?」

「悲鳴だけ」

「変だな」

「だろ? 僕はだんだん分かってきたんだ。絶望的な状況の人に少しだけ希望をちらつかせたあとで、その希望を取り上げる。そうすれば絶望のレベルが上がる」

「そいつになんの意味があるんだ?」

「僕に聞くなよ。おそらく、人の絶望を食って暮らしてるやつがいるんだろう」

「おい」

「人が大勢いるように感じる状況をわざと作ってやがる。街路樹も、降るはずのない雨も、熱波をしのげる夜も、人の気配を作り出す女の悲鳴も。僕の中から取り出された願望の一部を歪めて見せつける。それから取り上げるんだ」

「なぜ取り上げられると? 今、まさにあんたが言った状況にいるじゃないか。夜の街、そぼ降る雨を街路樹の下でやり過ごしているあんたが、女の悲鳴を聞きつけた。俺は、そこに現実との齟齬そごを何も感じないんだが」

「ああ。あんたは、まだそう思っていたいんだろう?」


 精神力が強すぎると言うのも考えものだな。この期に及んで、まだ一切の恐怖感情を持っていない。僕のちゃちな誘導くらいじゃ、食えるレベルにはならなかったか。まあ、仕方がない。


 せり出した岩棚の下、薄闇の中に横たわった男が、ぱらぱらと岩を叩く砂の音をじっと聞いている。何もかも砂で埋め尽くそうとして荒れ狂う甲高い風の音は、まるで悲鳴のようだ。


「還るなら、傘があった方がいいだろ。現実をしっかり遮断出来るからね」


 僕は、小さな笑みを浮かべながら、傘を差し出した。



【 了 】



+++++++++


 自主企画『途中ストーリーつくってみましょ』参加作品。


 イントロが『雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた』。

 結語が『僕は、小さな笑みを浮かべながら、傘を差し出した』。

 その間を創作してつなぐというものです。


 例によって隙間の多い話ですが、行間は適宜想像で埋めていただければ。

見出し:リアル? アンリアル?

紹介文: イントロが『雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた』。結語が『僕は、小さな笑みを浮かべながら、傘を差し出した』。その間を創作してつなぐというものです。

 例によって隙間の多い話ですが、行間は適宜想像で埋めていただければ。

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