五、賢者との会話。えっ! ちょ、ノームって!?
召喚されたら屋内だった。結構広い。姫魔法使いと兵士五人、俺にウンディーネ・サツキ、そして、白髪に立派な白い髭の老人がいるが、それでも余裕がある。
初めて見るその老人は痩せて小さいけれど、杖もつかずしっかり立っている。年寄りという以外年齢は見当もつかないが、そこにいるだけで集団の中心になっていた。
姫魔法使いが口を開く。
「賢者様。この二体が我が国の精霊でございます」
「サラマンダーとウンディーネか。入手にはそれなりの苦労があったじゃろう」
「はい」
指輪は姫の手になく、老人のそばの机に置かれていた。机には細かい模様が刻まれている。筋がうねって動いているように見えるのは錯覚だろうか。
そして、指輪は三つあった。赤と青、そしてもうひとつ、黄色。
「地の精霊、ノームの指輪を授けてくださいますよう。お願い致します」
「何に使う?」
賢者は穏やかに微笑んで尋ねる。
「国民の平安の為に。魔物を払います」
「良い心がけじゃ。それが真ならこのノームの指輪をそなたに授けよう」
「ありがとうございます」
「しかし、その前にこの火と水の精霊に聞いてみたい。これまでどのように使役されてきたのか、とな。その回答によって決める事にしよう」
年長の兵士が一歩前に出る。
「失礼ながら賢者様。姫様の言葉を疑われるのですか。私、姫様に長年仕える兵士として、先程の答えに嘘偽りはないと申し上げます」
他の兵士たちも同意するように頷く。しかし、姫は皆を押しとどめた。
「皆、私の言葉を証してくれて感謝する。しかし、ここは賢者様の領域である。その口から発せられた言葉に従おうではないか」
兵士たちは深く一礼した。賢者も軽く頷き、手を打ち合わせ、隅に控えていたエルフを呼んだ。気づかなかった。細身で、どことなく庭の木賊みたいな体つきだ。
「では、わしがこの精霊たちと話している間、隣室にておくつろぎくだされ。世話はこのエルフにまかせ、傷を癒し、喉を潤し、空腹を満たして休息を取られよ」
姫と兵士たちが出ていくと、賢者は俺とウンディーネ・サツキの方を向いた。
「さあ、何が聞きたい? その魔法卓に指輪が乗っている時はわしと意思を通じる事が出来る。話しなさい」
「この召喚ってのはやめさせられないのか。それにここは何なんだ?」
俺はあえて無礼な態度を取った。姫魔法使いたちと違い、この老人に礼儀正しく振る舞う理由はないし、最初に下手に出て力関係ができてしまうのは嫌だという計算も働いたからだった。
「無理じゃ。召喚は止められぬ。また、わしは誓約により、正しき者に指輪を渡さねばならん。そして、この世界の基準では、姫は正義じゃ」
「じゃあ、召喚しないように説得してくれ」
「精霊を使うな、と? 無理じゃな。魔物に対する精霊は彼らの国の希望じゃ。それに、繰り返すが姫は非の打ち所のない正義を行っておる」
「私たちを犠牲にしてるわ」
賢者は悲しそうに頷く。
「そうじゃな。しかし、お主たちはこの世界の者ではない」
「この世界、か。じゃあ、ここについて説明しろ」
「長くなるがいいか」
先を進めろと手を振った。
「そうか。なら結論から話すが、ここは君たち人類の妄想が作った世界じゃ。小説とか映画とか、最近ならゲームじゃな。そういう創作物を受け止めた人間の妄想のエネルギーがここを作った。一人一人のエネルギーは小さいが、なんせ頭数は多いからな。地球人は」
黙っていると、賢者が先を続けた。
「もう気づいたと思うが、ここはいわゆる『西洋風ファンタジー』っぽいじゃろ。それは君たち人間が『ファンタジー世界』と言われて想像するもっとも一般的なイメージだからじゃよ」
「じゃあ、あなたたちは実在してないの? 想像って事?」
ウンディーネ・サツキが言った。
「違う。この世界を作ったのは地球人の妄想じゃが、それでも世界は世界。実在しておる」
賢者は息を継いで続けた。
「お前たちの世界『真世界』に科学技術があるように、わしらには魔法がある。そして、その力を世界の膜を突き抜けて及ぼす事が出来る。それによって、君らを精霊として召喚できるのじゃ。妄想のエネルギーを持った強力な存在としてな」
「その召喚のせいで迷惑してるんだ。やめろ」
「すまんが、さっきも言ったとおり無理じゃな。もう世界間の繋がりができてしもうた。実を言うとわしらの魔法技術は繋がりを切る方法まではまだなんじゃ」
「無責任だな」
「魔法だって、科学だって、無責任なものじゃよ」
「話がそれかけてる。責任がどうとかこうとか、そんな哲学問答はどうだっていい。なら、あたしたちがこっちで死んだらどうなるの?」
「死は死じゃ。怪我ならどれほど大きな怪我であっても、世界の膜を通り抜ける時にほとんど治癒するが、命が失われてはどうにもならぬ。それは心せよ」
「お前の説明、証明できるのか」
「証明などできんよ。信じるか、信じないかだ。それにしても、この老人にわずかな礼儀も示してはくれんか」
「繋がりを切る方法まではまだだとさっき言ったな。開発は出来るのか。俺たちの科学技術にはできない事もあるが、それでも研究開発は続けてる。お前も開発しろ」
「わしに命令か。まあ、言い分はもっともだな。実を言うと研究は行っておる。わしとて、精霊の源をよその世界に頼るという信頼性のなさは改善したい。お前たちの世界で夜になり、かつ、寝ないと召喚できないなんて不便じゃろ」
そうなのか、と俺は思った。賢者の話によると、召喚できる時は指輪がぼんやりと光るのだと言う。
じゃあ、こっちが昼間や、起きてる時に怪物に襲われたら、精霊無しで身を守らなきゃならないのか。
「まあ、兵士たちは精鋭だし、姫の魔法も召喚だけじゃない。とは言っても精霊並みの攻撃力の魔法なぞないがな」
「なぜ、あたしたちなの?」
「こっちで選んだわけじゃない。魔力の届く範囲で一番この世界に親和性のある者に繋がりができただけじゃ」
「親和性?」
「突飛な空想やファンタジーを受け入れやすい精神構造や性格じゃな」
「あんたはなんでそう何もかも知ってるんだ?」
「さあ、そうなっているとしか言いようがないな。例えば、お前たちの世界で光の速さとか、そういった物理の定数がその値である理由なんか説明できんじゃろ。そういうもんだと受け入れるしかない」
「あんた以外にこういう事実を知ってるのは?」
「賢者は皆知っとる。当然じゃな。だからこそ賢者なのじゃ。だが、他の者たちは知らぬ。知ろうともせぬ。世界の秘密など、今日を生きるのに必死な彼らにとってはいらぬ知識じゃ」
「あなたみたいな存在、他にもいるの?」
「いる。正確な人数や場所はわからんがな。様々な遺跡をまわったり、占いを立てたりして根気よく探すしかない」
「なあ、話変わるけど、あんただけじゃなくて、姫や兵士たちと会話できないのか」
ウンディーネ・サツキに脇を小突かれた。痛いだろ。
「なぜじゃ?」
「いや、戦闘の時に簡単な作戦立てたり、とっさに指示できたら便利だろ」
「できぬ。しかし、それはもっともじゃな。よし、研究してみよう。この魔法卓を通常会話向けに改造し、携帯版を作る事ができれば、外で普通人との会話だって出来るじゃろう」
「さて、そろそろいいかな。姫たちにノームの指輪を授けたいのじゃが」
「これまでの事、聞かなくていいのか」
「元から姫の言葉は疑ってはおらぬ。それより、お前たちはいいのか。今までどおり精霊として召喚されて」
「だって、選択の余地なしで、やめる事もできないんだろ」
「まあ、そうじゃな。愚問じゃった」
「ねえ、あなたと連絡取る時はどうしたらいい?」
「そちらからはできぬな。時々わしから使い魔を飛ばしてやろう」
「さて、呼ぶぞ。姫様を待たせすぎるわけには行かぬ」
賢者は手を打ち、隣室との扉が開かれた。姫と兵士たちがエルフに導かれて入室する。
「姫様、お言葉は証されました。御国に平安をもたらす為、この地の精霊、ノームの指輪をお受け取りください」
黄色を含めた三つの指輪が姫に手渡された。黄色はぼんやり光っている。元の世界は夜で、ノームに割り当てられた気の毒な人は寝ているのか。……って事は日本と極端に違う時間帯の人じゃないわけだ。
その時、外から何かが当たる音がして賢者の家全体が揺れた。
「ほう、来おったな。姫様が連れてきたのでしょう。ちょうど良い、早速ですがノームをお試しくだされ」
姫は右手をかざし、人差し指にはめた黄色の指輪に念を込めた。よく聞こえないが呪文をつぶやいている。
すぐに、土色の肌で、ごつごつした力強そうな人型の精霊が現れた。ひざまずいた姿勢だが、俺やウンディーネ・サツキより一回り大きい。
そいつは体を起こして周りを見回す。その顔を見た時、俺は息が止まるかと思った。ノームもそうだったろう。
母ちゃん!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます