三、賢者の森。そんな人いたんだ……

 姫魔法使いは二つ指輪をはめていた。俺の赤と、サツキの青。ほどなく、俺の横にウンディーネ・サツキが現れた。かすかに顔を歪める。これは良くない。


 そう、良くない。二体同時召喚は強敵か、面倒くさい奴がいるって事だから。


 あたりを見回すと、森の中だが、所々岩が突き出ている。もやっぽいのが漂っており、視界はあまりきかない。

 加えて、得体の知れない声がする。複数だ。


「サラマンダー、ウンディーネ、周りの怪物共を殲滅しなさい!」


 殲滅って、どこに隠れてるんだ?

 しかし、命令は命令なので、俺は高めに浮上し、サツキは地上付近を漂い、姫を中心に螺旋を描くように範囲を拡げながら敵を探し始めた。


 いた! 岩の陰に潜んでいる。合図代わりにそばの枝を折って投げつける。ゴブリン十体と、腐った沼から出てきた熊みたいなオーク二体だ。ほんとに、なんであいつら、絵に描いたように汚らしいんだろう。

 兵士たちが姫の周りを固める。気づかれた事を悟ったゴブリン共が岩陰や木陰から飛び出た。走って距離を詰めようとする。オークはその後から棍棒を振り回しながら大股でのしのしと歩く。巨体過ぎて走れないようだ。


 オークはウンディーネ・サツキに任せ、数の多いゴブリンを先に仕留める事にする。それは何も言わなくてもあいつも分かっている。半透明の体がゴブリンをやり過ごすのが見えた。


 俺は急降下し、先頭のゴブリンを捕まえた。その時、左腕に痛みを感じた。短剣だ。しかも、精霊に怪我を負わせられる短剣。魔力を帯びているのだろうか。

 たかがゴブリンのくせに、と、痛みを怒りに変え、刺されたまま鉤爪を食い込ませる。

 いつものやり方で、高熱の塊を目に見える範囲のゴブリン共に撃ち込む。悲鳴と肉の焼け焦げる臭い。

 短剣を抜き捨て、姫の方を見ると、すり抜けた一体が接近しようとしていた。一体くらいなら兵士たちに片付けさせてもいいが、命令は殲滅なので、背後から急接近して掴み、持ち上げる。暴れるゴブリンの意識を失わせ、熱の塊にしてぶら下げた。


 さて、オークはどうなったかな。


 ウンディーネ・サツキはすでに一体を片付けていた。水の精霊は液体を操作できる。俺と同じで、相手の体に鉤爪を十本とも食い込ませればいい。その後、敵体内の体液の粘度を極端に上げて距離を取る。これが彼女のいつもの戦闘法だ。


 おや、苦戦しているのか。右手を負傷している。俺は熱の塊にしたゴブリンを二つにちぎって連続で撃った。一つは頭。一つは腹。

 命中し、オークは頭を失い、腹に大穴を開けて倒れる。

 サツキがこちらを見上げて左手を振る。会話はできないが、右手が痛々しい。俺も左腕が痛む。


 二人で姫魔法使いのところへ戻ると、さっきは気づかなかったが、兵士たちもそれぞれ傷を負っていた。今までと様子が違う。


「サラマンダー、ウンディーネ、引き続き周囲を警戒。異常があった時のみ知らせなさい」


 番をする俺たちを横目で見て、年長の兵士が口を開いた。


「姫様、本当に賢者様はこのような怪物だらけの森におられるのですか」

「間違いありません。これまで発掘した古文書も、占いもここを指し示しています」

「それでは、新しい召喚指輪はそこに」

「そうです。地の精霊も我が国が用いるのです」

 兵士は満足げに頷き、またこっちを見て言う。

「指輪の事ですが、賢者様は精霊と話ができるのですか」

「それは分かりませんが、意思を通じる何らかの手段があるからこそ、精霊と契約し、召喚指輪を作れるのでしょう。さあ、皆、疲れているでしょうが進みましょう。日の高いうちに」

「はっ!」


 姫魔法使いが右手を上げると、俺は中指の赤い指輪へ、ウンディーネ・サツキは薬指の青い指輪に吸い込まれていった。

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