序二段/ StockWood stock company
渡された封筒に目を通しつつ梢と名乗る女性の説明を聞く。先ほどの男が言っていた設計図の写しというのはどうやら新しい焼きチョコレート菓子の量産ラインのものらしい。薄力粉を微量に混ぜ込んでいるようで、焼きチョコというよりはクッキーに近い食感のものなのかもしれない。資料の中には試作品の写真が載っているものもある。パッと見、上下は何か別の素材でサンドしているようだ。手が汚れないようにするためだろうか。
「美味しそうですよね」
梢がコーヒーカップを口に運びながら言った。
チェーン店ながらもゆったりとしたスペースの喫茶店。お値段は高過ぎず、しかしながら安くはない。とても混んでいるということも少ないので非常に重宝する。都心部に住んでいる人の大半が思い浮かべるような平凡なお店である。
「そもそもの話なんですが」
一旦辺りを見回し、少し小声になって続けた。
「突然連れ去られて縛られたのはなんなんですか? 全く身に覚えがないんですけど」
「ふむ」
梢は顎に指をあてて少し考えこんでから続けた。
「支部長のマイブームだろうね」
「は?」
「昨日ダブルオーセブンでも観てたんじゃないかな。ごっこです。そういうところあるから。あの人は」
「そう、なんですか」
梢は書類をめくってきわめて事務的に説明を繰り返した。
「叶浦真木さん。郵送していただいたデータなんですが一部のファイルが破損していて画像の1/3が復旧できない状態になっていました。しかたなくその旨を書いてクライアントチェックに出しましたが、おそらくはその箇所に欲しかった情報が記載されていると思われるとの返答をいただいたので、再度画像を取得し送りなおしてください。このお手紙を送ったのが1週間前になります。手違いで手紙が届いていない可能性を考慮しまして昨日より居場所を調査して追跡させていただきまして、確保したのが本日になります」
「なにもかも初耳なんですけど」
「そうですか。では手紙を誤って破棄されたか、ないしは届いていないということですね」
「いえ、その、データを郵送したというのも心当たりがない、というか」
梢はぴくっとこちらを見てから再びフリーズした。
「それにですね。このお菓子メーカーと自分は接点が全くないんですよ」
考え込んでいるのか梢はノーリアクションだった。
「梢さん?」
「んなるほど。アイシー。得心しました」
アイシー?
「あれですね。叶浦真木さん。珍しい苗字をされている。これはもしかしたら人違いってやつですか?」
「あ、そうなんですか」
「同姓同名ですから。担当者と」
よかった。いや突然拉致されておいてよかったということはないのだけれども、原因がはっきりとしたことは良かったような気がする。が――。
「まぁでも、見ちゃいましたもんね。資料」
「え?」
「だったらやってもらうしかないですね」
何を言ってるんだろうこの人は。
「でも急ですからね。特別です。私が全部手配しましょう。言ってみれば、この仕事のチュートリアルといった感じでしょうか」
「いやいや。ちょっと待ってください。だから私はこのメーカーの関係者でもないんですって。それに仕事って何なんですか?」
「企業スパイ。唯一無二のスパイ派遣会社。それが私たちストックウッド株式会社です」
まっとうなしゃかい @Vince
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