まっとうなしゃかい

@Vince

序の口/ サナギ、梢に会う

 ばちん。

 切り落とされた葉はコンクリートの床に落ちた。これは一年生植物であるが、この国の気候の元では一年しか持たないだけであって、室内で3度以下にならないように温度管理をすれば葉は落ちても根は生き続けて、翌年にまた新芽の季節を迎えるのですよ。暗がりの中で男は言った。

「しかし少しでも長く葉を残しておきたくてね。黄色になったものを剪定してあげて

いるんです。切り落とすことで生長中の新芽にキチンと栄養が行き届く」

 ばちん。


 何故こんなことになってしまったのか。そもそもこの男は何者なのか。それにしても窓もないこんな暗い部屋に置いておいて新芽に栄養もないだろう。植物っていうのは光合成するんですよ?

 男は鉢植えの置いてある机に鋏を置いてこちらに近づいてきた。

「私が何を聞きたいのか、分かっているね?」

 皆目見当がつかない。なぜならばこちとら単なる平凡なファストフード店の店舗マネージャーである。しかしなんだろうか。なんとなくここで分からないと言っちゃあ駄目なような気がする。予感がする。

「分かった。抵抗はしない。なんでも言うことを聞こう」

 なんとなく渋めの声を作って口走った後で思ったがこの対応もいかがなものか。生来、考えよりも声が先に出ることで幾度となく失敗をしてきたように思う。考えていないわけではない。

 男は私の縛り付けられているイスの目の前で立ち止まった。黒いブーツに黒いスラックス。赤黒いシャツ。黒い手袋。丸い眼鏡には色が入っていた。なんというか、黒い。全体的に黒い。黒いし暗いし、なんだか肌も浅黒い。

「もう一度設計図の写しを撮ってきてください。しかし猶予はありませんよ」

 設計図? 何の?

「ボディーガードも一人つけましょう」

 男は赤シャツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、操作をしながら植木の置いてある机に戻る。

「もしもし。梢を一人寄こしてくれ。お客様がお帰りだ」

 ばちん。


     *     *


 私は雑居ビルの前に立っていた。

「私のことは梢、とお呼びください」

 横に立っていた女性がパーで自分を指して言った。

「あ、はじめ、まして。叶浦真木です。えと、真実の真に木々の木と書いて『さなぎ』です」

 手を差し出すと梢と名乗った女性は驚くほど機敏に握手に応えてから、機敏に手を戻した。マシンか。ロボなのか。

 灰色のスーツスタイル。ノンヒールで私と同じくらいの、つまり170cmくらいの身長はある。部屋にいた男みたいな街中で浮き上がる程の黒づくめではない事には少し安心はしたが、白い手袋をしているのは異様に映るのではないかと思う。

「それで、叶浦さん。どちらへ?」

「私が聞きたいところなんですが…」

「と、申されますと?」

「ええと。非常に申し上げにくいことなのですが。設計図って、何のですか?」

 梢はフリーズした。



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