第14話 ひな祭り

 私には、家族にも言えない秘密があった。

 それは三月三日、この「ひな祭り」という日本人なら誰もが知っている行事の日にのみ目撃される出来事についての秘密だった。当然、この秘密については両親にも話したことがない。

 誰にも言えない、すっごい秘密だ。

 おほん。

 ひな祭りにはもちろん、お雛様とお内裏様がいるよね。綺麗な着物で着飾った彼らを飾り付けて、娘っ子の無病息災やら何やらを願う祭りというものがひな祭り、というもののはずだ。畳に座布団を敷いて、その上に人形を乗せたりもするアレだ。

 だけど私が知っているひな祭りは違う。

 畳の上に座っている、一組の男の子と女の子。

 彼らが、年々成長して大きくなっているようなのだ。

「まぁ、今年も可愛らしいわね」

「義父さんが送ってくれたものだしねぇ」

 などと両親は笑いながら段を用意しているけれど、私はそれどころじゃない。

 ひな祭りの主役でしょ、その子。どーして大きくなっているの? と目を白黒させて部屋の隅っこで震えているのが例年のことであった。あと、両親が目を逸らす度に動き回っているものだから、いつ両親が彼らの成長っぷりに泡を吹いて倒れるか心配で夜も眠れない。

 思えば、ひな祭りという行事を両親に教えて貰ってから今日まで、なぜ両親が彼らの成長に気付いていないのかが疑問でならなかった。

 うーん、おかしいなぁ。おとーさんもおかーさんも、ずっと見ているわけじゃないから、なの? ……分からない。

 ずっと家に引き籠っている私には、両親のことがよく分からないのだ。

「でも、すごいよねぇ」

「うん。本物そっくりだからね」

 私の両親は、成長した彼らの前でのんきに笑っている。だが、私には笑い事じゃないのだ。誰も気が付かないのか? この出来事を不審に思わないのか? 内心で反芻している疑問が喉元までせり上がって来て、それをなんとか飲み込むことで耐え忍ぶ。

 私は普通の子だ。

 だから、特別なこと、普通の子が言わないようなことを口に出して、両親に嫌われたくない。何よりも、異端扱いされて家から追い出されてしまうなどという憂き目にあうことだけは避けたいのであった。

「…………」

 成長することがない私は、そっと隣にいる少年をみつめた。と書くと友達を家に連れてきているような風に思われるかもしれないけれど、引きこもりの私に友達なんているわけがない。今日だって畳の上に正座して、みんなの話をぼーと聞いているだけだし。

 まぁ、少年というのは、あれだ。

 私の弟である。

 彼もまた、私を見つめていた。同じ場所で生まれて今日まで一緒に時間を過ごしてきた姉弟の間には、口に出さずとも通じる思いというものがあるのだろう。だから彼も、コクリと小さく、両親には気付かれないように頷いてくれた。

 あぁ、やっぱり。

 この奇妙な、成長という概念に気が付いているのは私と弟だけなのかもしれなかった。

 閑話休題。

 家にゾロゾロと集まって来た親戚たちを前に、私達姉弟はいつもの格好をして、今日という日が無事に終わることを祈って時間を過ごすことになった。例年通りに豪華な今日のご飯をみて頬を緩めて、幸せそうな家族団らんの時間のなかで平和を祈る。おじいちゃんが酔っ払ってうるさくなるのも、それを見たおばあちゃんが頬を膨らませて怒り出すのも、いつものことだった。

 そして何事もなく夜を迎えた。

 酒に心をほぐされた大人達は、何にも気付かず笑っている。

「これで、ひな祭りも終わりだね」と、お父さんがいった。

 私はほっとして、肩の荷が下りたような気がした。

「来年はどうしよう? やっぱり、お雛様を飾ったほうがいいかな」

 私は勿論、と大きく頷いた。

 だけどお父さんは、私を見ていないようだった。

 ずっと、今日の主役であるお雛様を見つめている。

 あぁ、どうしてお父さんは、私のことをみてくれないのだろう。

 お母さんもそうだ。私をじっと見つめて楽しそうに頬を緩めている人なんてのは、あの年々成長していく男の子と女の子だけじゃないか。私が怯える最悪な結末は彼らが主導権を握りしめていて、私が恐れる最低な結末も彼らが手綱を掴んでいるのだとしたら。

 ……だとしても。

 人形である私に、出来ることはないのだけれど。

「それじゃ、片付けようか」

 お父さんが親戚の人に声を掛けて、私と、そして弟を押し入れへと仕舞い込む。

 いつか、私は捨てられるのかもしれない。不安な気持ちを抱えたまま、私は押し入れという暗闇のなかで、来年のひな祭りを待つことになるのであった。

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