冒険者 と 貨幣 と ペンダント
ハーフェンの町の、職人通りにある、小さな店。装身具や装飾品を作っている職人が「ほれ、出来たぞ」と、それを手渡す。
「わあ……!」
受け取ったトーランドットは目を輝かせながら、まるでトロフィーを掲げるように持つ。
それは、ピカピカに磨かれた銅貨に、革ヒモを通して作った、簡素なペンダントであった。
その銅貨は、先日のゴブリン退治で得た報酬の一部である。一番キレイな一枚を選び、それを念入りに磨き上げて、この店に持ち込んだのだ。
「ねえねえ、これで僕も冒険者だよね?」
「ああ、初っ端の、駆け出しの、ド新人の、な」
トーランドットに銅貨のペンダントをかけてやりながら、ダルマロックは笑う。
くどいほどに念を押す師匠。トーランドットは「分かってるってば」と言うものの、その視線は胸元に釘付けであった。
「ありがとうございました!」
「おう、銀貨になったら、また来なよ」
職人に見送られ、店を出る。
いつになく胸を張って歩くトーランドットの足取りは、羽のように軽やかであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
>―――――――――
>『冒険者の身分証』
>―――――――――
ファンタジー世界に暮らす人は、(パスポートや免許証のような)身分証のようなものは、持っていません。
――魔法のギルドカード? 名前とステータスが登録されていて、金銭のやりとりを肩代わりしてくれる? ああ、それはきっと、とても魔法文明が発達しているファンタジー世界なのでしょうね。それこそ、21世紀の科学文明に匹敵するほどまでに発展した――
一般市民はもちろん、たとえば「騎士」のような立派な身分の人間でさえ、それを証明するものはありません。(ですから、もしも農民が、立派な鎧を着て、立派な馬に乗っていれば、「ああ、きっと騎士さまに違いない」と思われるでしょう)
当然、冒険者にも身分証のようなものはありません。
でも、もしもパッと見て冒険者と分かるなら、その方が便利ですよね。
そこで、この世界の冒険者たちは、ちょっとした目印を持つことを思い付きました。
それが、貨幣を使ったペンダントです。
貨幣のペンダントをすることが、「自分は冒険者です」と名乗ることを意味します。
また、使われる貨幣にも意味があります。
実はペンダントの貨幣は、その冒険者が仕事をする際に要求する報酬額の基準を示しているのです。
トーランドットは、銅貨のペンダントを身に付けています。
つまり、
「自分は、仕事の報酬は、銅貨で頂きます」
ということであり、
「自分は、そのくらいの難度の仕事なら引き受けます」
と言っているも同然なわけです。
この世界では、銅貨は最も安い貨幣なので、当然、銅貨をペンダントにしている冒険者は、下っ端レベルの腕前ということになります。
いずれ腕を磨き、経験を積めば、ペンダントの貨幣を銀貨に換える日が来ます。
一般的な冒険者、いわゆる「一人前」と認められる冒険者であれば、やはり銀貨を胸にさげたいものです。
金貨のペンダントは、一流の冒険者である証です。
小さなクランだと、金貨持ちは所属していないことが多いでしょう。ハーフェンの町にも、そう何人もはいません。
……もっとも、貨幣のペンダントは、自己申告です。駆け出しが粋がって銀貨や金貨をペンダントにすることもあるでしょう。
しかし、当然ながら、そのペンダントに見合った仕事が降りかかってきます。長生きしたければ、実力に見合ったものを身に付けるのが良いでしょう。
冒険のススメ 藍 @indigo-blue
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