冒険者 と 通り名

 俺の名前はダルマロック。

 ああ、もちろん名前といっても『通り名』だが。通称、ダルマロック、ってことだ。


 俺は以前、冒険者だった。……が、数年前に引退して、今はこのトラン村で生活している。

 本業は一応"狩人"ってことになるだろうか。

 村外れの小屋で猟犬を育てていて、それを連れて村周りや近くの森なんかを見て回る。モンスターを見つけたら、狩る。

 ……狩人というより、村の守り手かもな。

 あとは、元冒険者ってことで、色々と便利に使ってもらっている。

 村長の相談相手や、町に商売しに行く村人の道中の護衛や、村を訪れる旅商人との交渉や、村から冒険者に依頼を出す際の代表役や……本業よりも、こっちの稼ぎのほうが多いくらいだ。



 さて、俺の前にいるのは、トトっていう少年だ。

 この村の子で、今年で成人する――だからまあ、もう子供じゃないんだが、それでもまだまだ子供っぽい顔をしている。


 トトは自分が勇者だと信じている。その根拠は、右手のアザ。


 ……けど、違うんだ。

 本当は、小さい頃のケガの痕だ。イジメっ子どもが、はしゃぎ過ぎて、トトに大怪我をさせた。治療してもなお、大きな傷跡が残った。

 そのとき、俺が言ったんだ。「おい、これは伝説の勇者の紋章じゃないか?」って。イジメに苦しんでいたトトを励ますつもりだった。


 励ますことには成功した。しかし、それからトトはそれが本物の勇者の紋章だと強く信じるようになった。

 そして、俺にだけ将来の夢を語るようになったんだ。

 夢を語るとき、トトは必ず右手を見せる。まるで生まれた時からその手に宿っていたかのように、勇者の紋章を誇らしげに見せるんだ。


 だから俺は、トトが「村を出て冒険者になる」と言われたとき、こう応えるしかなかった。


「しょうがねえ、とにかく町までは俺が責任もって連れていってやる。その後のことはお前次第だからな、トト」


 そして冒険者になるなら、まず最初に持つべきものをトトにプレゼントすることにした。


「いいか? 村を出たら、もうお前はトラン村のトトじゃない。名も無き一人の冒険者になるんだ」


「あ、『通り名』のこと? ダルマロックさんがつけてくれるの?」


 わくわくした目で見上げてくるトトに、俺は用意しておいた名前を告げた。そんな用意は無駄になったほうが良かったんだがな。


「ああそうだ。これからお前はトーランドット。冒険者・トーランドットだ」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 >――――――――――――――

 >『冒険者は"通り名"を名乗る』

 >――――――――――――――


 冒険者になると、『通り名』で名乗るようになるのが普通です。


 トトの場合、村の中では「トト」、もしくは「ヤットん家のトト」、と呼ばれていました。(ヤットはトトの父親の名前です)

 もし、村の外で誰かに名乗るときは「トラン村のトト」と名乗っていました。

 しかし冒険者になるので、新たにトーランドットという名前を名乗ることにしました。



 冒険者は、なぜ通り名を持つのでしょう?


 それは、風俗嬢が源氏名を名乗り、芸能人が芸名を名乗り、作家がペンネームを名乗るのと、同じ。便利だから、必要だから、使うのです。


 通り名を使う背景には色々な理由がありますが、その一つに、故郷や家族を守るため、というのがあります。

 どんなトラブルを身近に招くか分からない、冒険者という危険な職業に就く以上、故郷の家族に迷惑にならないように、偽名を使うのです。


 もちろん、過去の素性や経歴を隠したいという理由で通り名を使う冒険者もいます。

 なんだかんだいっても腕っぷし一本だけで、誰でもなれるのが冒険者ですから、お尋ね者だっています。そういう人たちは本名なんて名乗れませんから、通り名は必須です。


 べつに犯罪者でなくても、名前を隠したい人は少なくありません。

 お忍びで出歩く王子様、とか。何者が潜んでいるのか分からないのが冒険者の世界ですから、いるかもしれません。

 もっとシリアスに、国を滅ぼされた元・王族、とか。今は本名は明かせないけど、いつか冒険者として大成功した暁には、本名を名乗りたいと思っている……とか。


 そもそも名前なんて持っていません、という人だっています。

 孤児なら、名無しが当たり前ですし、そもそも名前というものを持たない文化の土地から流れてきた人だっているかもしれません。


 このように、各々の事情もあったりして、冒険者たちは通り名を使うのです。


 もちろん、本名で冒険者をやってはいけない、というルールがあるわけではありません。ただ、本名のままで冒険者をやっていると知られたら、「変わり者だな」、「不用心だな」、という目で見られるでしょう。



 通り名は自分で考えてもいいですし、誰かに名付けてもらっても構いません。

 トトの場合、師匠(ダルマロック)が名付けてくれる形になりました。


 高名な冒険者や、過去の伝説の人物から頂くことも多いようです。

 私たちの世界でも、ありますよね。親が生まれた子供に名前をつけるとき、スポーツ選手、アイドル、俳優、マンガのキャラクター、等々から頂くことが。

 冒険者に似合いそうなものでいうと、「アーサー」「ルパン」「イスカンダル」「ハンゾー」「ムサシ」「ネズミコゾウ」……等々でしょうか。



 ちなみに、通り名は『二つ名』とは別のものです。

 二つ名というのは、たとえば、「"石仮面"のディオ」とか、「"七つの傷"のケンシロウ」とか、「"ぺガサス"のセイヤ」といった、通り名とは別に、呼ばれるものです。

 自分で名乗るものではなく、周囲から自然と呼ばれる類のものです。

 遠くの町にまで、活躍のウワサが届くような、一部の高名な冒険者は、二つ名がつくことがあります。


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