3 もう一度、手を取って
脚本が一応の完成を見て、翌日からの撮影の話し合いをした放課後。
テスト週間を前にした最後の部活が終わる。
ここからはただひたすら、全力で頑張っていくのみだ。
しかしその前に、
「……何? こんなところに呼び出して」
――声が、聞こえてくる。
話をしようと後を追いかけてみれば、どうやら先約があったらしい。
公広は遥の呼びかけにも気付かないまま誰かに電話をかけ、屋上へと続く扉の前にその誰かを呼び出した。
階段から既に雑多な物置と化しているその場所で遥は、公広と、先に待っていた誰かの声に耳を澄ませる。
(今日は昼から盗み聞かれたり聞いたりしてる……)
多少の後ろめたさは感じるものの、それもこれも呼びかけても反応しない公広が悪いのだということにしておく。
「まさか、私に告白でもするつもり?」
その声には聞き覚えがあった。
「こっちこそ、まさかだよ。お前が来てくれるとは思わなかった」
「気が向いただけ。生徒会あって残ってたし、このあともどうせ予定ないから」
「口数が多くて結構だよ」
「……それより、何? もしかして、脅迫でもするの? 制作が間に合わないから、生徒会の私を脅して廃部を撤回させようって?」
この声は、生徒会のやたらと目つきの悪い少女だ。
(たしか、副会長の……)
「脅迫してるのはお前だろ、
やっぱり――ついてきて正解だった。
(……写真は
違和感があったのだ。
悠の想いを聞き、遥や公広、そして映研への感情を知った。
だが、部室にあった三枚目の脅迫状は部長に対する敵意を感じるものだった。
映研をまとめる存在である部長を下ろせば制作が立ち行かなくなると踏んでのものかもしれないが――あのとき、悠は一度も部長の名前を口にしていない。
悠は、脅迫状を書いてはいない。
なら――真犯人は、悠の言っていた――それは、公広なら分かるはずだと。
その予想は、どうやら当たっていたようだ。
「こう言っちゃあれだけど、最初からお前のことしか頭になかった」
「ラブコールありがとう、でもお断り」
「……廃部になることを知っている、元部員。そんなの、お前しかいないって」
他の二、三年生よりも、一番に映研の廃部を知ることが出来た人物。
現在は生徒会に所属していて、元々は映研の部員だった――
(だから、いつもあんな目で……)
まるで映研を憎んでいるかのように、部室に訪れる彼女の目つきは、いつだって険しかった。
「お前は生徒会所属だし、何よりうちの元部員。部室の鍵なんて簡単に借りられる。脅迫状の筆跡にはつい最近見覚えがあったし……それから、悠のこと。下の名前で呼ぶくらいには親しいみたいだしな」
「はいはい、降参ですよ名探偵さん。犯人は私です」
なんら悪びれた様子もなく、あっさりと彼女はそう言った。
「わざわざ犯人捜しするってことは、何? あの写真、やっぱり見られちゃマズいものだったわけ?」
「別に、なんの問題もない。というか俺、あの先生の下の名前すら知らないんだぞ」
「あっそ。まあ真実なんて関係ないよ。物議をかもせれば、それはもう爆弾だから」
「……まったく。ゴシップ記者じゃあるまいし、うちの後輩に変なことさせるなよ」
「あんたの後輩である以前に、私にとっては妹みたいなものだから。……それに、あの写真送ってきたのは悠の方だからね? 言っとくけど。あんたらのこと嫌いなんだよ、あの子も」
遥は飛び出していきたい衝動に駆られたが、ここはグッと堪える。
きっと彼女は摘吹以上に、公広にとって因縁の――きちんと話したい相手だと思うから。
「……で? 何よ。犯人見つけてどうしたいわけ?」
「テスト週間に入る前に、ちゃんとしときたいって思ってさ。……なんで、今更あんたことするんだよ」
その時――ゴンと、鈍い音がした。
(な、何が……?)
状況が確認できない遥はただひたすら耳に意識を集中させる他ない。
「今更。そう今更。……最初はどうでもよかったんだよ。廃部するぞって言った時もあの人、微動だにしなかった。いつも通り。普段通り。あぁこれダメだな、はいご愁傷様。……そう思ってた」
ゴン、ガン、と。
「それが、何を今更。これまで何もしなかったくせに、突然本気になってさ」
ゆっくりと、しかし力強く、ゴンゴンと繰り返されるその音。
屋上に繋がる鉄扉を蹴っている音だった。
「本気、ね。俺たちは比較的静かに活動してたつもりだったんだけどな、どこからお前の耳に入ったんだか」
「耳に入るっていうか、目についたのよ。目障りなくらい。……お前らアホ三人、ここのところ毎日ひとをイラつかせる顔してた」
「……そんなことを言われてもな。感情は顔に自然と出るものなんだ」
「それから、あの企画書。なんの嫌がらせよ」
「……企画書? ……遥のやつか?」
わたしの? と遥は首を傾げる。公広も首を傾げていることだろう。
だって、あの企画書は映研内だけでしか知られていないはずだ。近実や実代も、話は聞いていても企画書自体は目にしていないくらいなのに。
この言い回しからするに、まるで端羽は遥の企画書を見たことがあるかのようだ。
「
あー……、という声が公広とかぶった。
(そういえばわたし、生徒会やってる子に頼んだんだった……)
「そういえばそんなこと言ってたな、遥。……あの時もお前の顔が浮かんだよ。よく無事にコピー出来たなって。運よく出くわさなかったと思ってたんだけど」
「……コピーが一枚残ってたのよ。そうでなくても、プリントしたデータの履歴は残るから」
「なるほどな。何かの話のネタになりそうだ。……けど、お前がちょっかいかけてくるくらいには、良い企画書だったってわけだ」
ガン! と一際大きな音が聞こえ、階段に詰まれた何かの看板やらパネルやらに震動が走り、埃が舞った。
「……あんたたちも、あんたたちよ。何を今更。……あの人と一緒になって、何もしなかったくせに」
「何かしたかったさ。けど、俺たちだけで何か始めたら、あの人、絶対うち出てくだろ」
「いなくなればよかったじゃない。だって、見たでしょ? 廃部言い渡されても……映研なんてどうでもいいみたいな、そんな態度してるような人だよ。なんで……」
「俺も、
ふと生まれた沈黙を埋めるように、再び鉄扉が音を立てる。
「……実結先輩は、うちの部長だ。暴走しがちな俺たちをしっかりまとめることが出来て、冷静に状況を見極めて判断したり、指示をくれる。人や企画を客観的に、的確に評価できる。……頼りっぱなしじゃいけないとは分かってるけど、でも、あの人の力があれば、良いものがつくれる。そう信じさせてくれるんだ。……だからこそ、
「…………」
「……ほら、天才が挫折から復活するのは王道だろ? 必ずまた動いてくれる……俺はそう信じてたんだよ」
「……この、二次元脳」
「なんとでも言え。そこには真理がつまってるんだよ」
それにな、と続ける公広の声は、朗らかだった。
「俺の、俺たちの個人的な感情を抜きにしても、だ。あの人がお前らに何を言われても部長としてずっと、これまで部に残ってくれたこと。……それってつまり、誰よりもあの人が未練たらたらで、まだ諦めきれてないってことだろ?」
何よりも実結が、また何かをやりたかったのだ、と。
「きっかけが必要だったんだ。あの人あんなんだからさ、自分から何かやろうなんて絶対言い出せない。だから……廃部するぞって言われて、じゃあ仕方ないわねって感じでさ。やっと、動き出せたんだ」
「……じゃあ何よ、私はピエロだったってわけ?」
「そうなるかもな。あの脅迫状のお陰で、逆に俺たちの団結は強まったよ。まあ、それもこれも全部――」
と、何か言いかけて、公広は小さく笑った。
そして――
「……そういうわけで、俺たちはお前の脅迫には屈しない。今日はそれを伝えようと思って、お前を呼び出した」
「……ふん」
「それから、提案なんだけど」
「……図々しいわね。脅迫って言えば?」
「昨日、栄と景秋がわざわざ頼んで回ったらしいんだよ」
そう、昨日の放課後、あの二人が部室に現れなかったのは――
「ロトスコープの人員を確保するために、抜けてった連中にさ。それで、まあさすがに全員とはいかなかったんだけど、何人かが協力してくれることになった」
「…………」
「あれなら、誰が描いても一定のクオリティを保つことが出来る。作画も変わらないから、誰が描いたかも分からない」
「だから、何よ」
「……これを口実に、戻ってこないか?」
……………………。
返事代わりなのだろうか。ガン、ゴン、と。
「戻らなくても、せめてこっそり手伝ってくれるとか」
「……あんたね、私を誰だと思ってるの」
「ひとのことパシリに使って楽してる端羽
歯軋りでも聞こえてきそうな間があった。
「分かってないようだから言っておくけど、私は生徒会。手伝えるわけないでしょ。あんたらのつくったPVを審査する側なんだから。部長にも言っ――、」
息を呑む気配に、公広が嘆息する。
「……それもそうだな。じゃあ、また今度お願いするよ」
「……ふん」
と、鼻を鳴らして。
(やっ、やば……っ)
階段を降りてくる足音に、遥は慌てて逃げようとする。ここは踊り場。そっと下りればなんとか見つからずに済む、はず――
「遥」
「ッ」
呼び止められ、固まる。
そんな遥の横を、端羽が降りていく。
一瞬だけ、垣間見えたその横顔は、かすかに紅潮していた。
「盗み聞きとは感心しないな?」
端羽が足早に去っていくと、公広がしてやったりといった表情を浮かべ、遥のところにやってきた。
「……ええっと、これはなんというかですね、不可抗力といいますか、わたしもたまたま屋上に用があって」
「屋上は立入禁止だぞ?」
「そ、そうなんですかー、へえー、新入生だから知らなかったなー」
「あいつはさ、」
と、棒読みになる遥から視線を逸らし、端羽の去っていた階段に目を向けて、
「俺が映研に誘ったんだよ。ちょうど一年前、悪夢の伝統ロトスコープ。一年だけでやってたんだけど、納期までに明らかに人手が足りなくて。
地獄の労働作業に耐えられる人材は、そんじょそこらの一般生徒じゃダメだ。中学の時は運動部所属で体力があって、今はどこにも入ってないヤツを探そう――、と。
公広はツテを頼りに探し、やがて足に怪我をしてバスケ部を辞めたという彼女を見つけ出した。
「だからちょっと、負い目がある。悠の話を聞いたから、なおさら」
だからこそ。
「本番に入る前に、あいつとはちゃんと話しておきたかったんだ。遥も、脅迫状の件が気になってたんだろ? それもはっきりさせときたかった。そんで、あわよくば人手も確保する、と」
「あはは……失敗しちゃいましたけどね」
「でも、収穫はあった」
公広は遥の肩を叩き、階段を降りながら、
「栄と景秋はともかく、実結先輩まで昨日、放課後に部室にこなかっただろ? あれも気になってたんだ。……みんな考えることは同じっていうか、なんというか」
「きみ先輩、愛されてますね」
「……うん」
栄も景秋も、ロトスコープを導入しても大丈夫なように人手を集めていた。
恐らく実結も、そうだったのだろう。
三年生だけじゃなく端羽にも声をかけたのは、実結なりのけじめだったのかもしれない。
「頑張んないとな、これから」
「はい……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます