8 ぼっち〝ふたり〟の戦争
翌日は昼休みに部室集合し、それぞれが考えてきた同人誌のアイディアを持ち寄ることになっていた。
「あれ?
と、途中で出くわした
「今日のわたしはうさぎなの」
「うさ、ぎ……?」
今朝、突如教室に現れた手芸部部長・
「ちょっと何言ってるのかよく分かんないんだけど……」
遥にもよく分からない。
ついでにこの頭の上でうさぎの耳のように結ばれた赤いリボン(?)の仕組みもよく分かっていない。
おとめが言うには、
『私もいい加減ネタがなくなってきて困ってたの……。それで手あたり次第しらべてたら、最近の少年漫画に見られるある要素に気付いたの』
それがこの、うさ耳リボン。セーラー服のスカーフが逆さになったみたいに、頭の上でうさぎの耳っぽい形状を維持している。なんでも、いくつかの作品においてそういう格好をしたヒロインが見られるという。
『これはすぐに遥ちゃんに実装しなきゃと気持ちが逸っちゃって~』
『実装……』
『やっぱり思った通り、よく似合う! 小さな遥ちゃんの小動物感を表現するのに程よいアクセント! これで水色のドレスなんか着せたらもう……! テーマは「不思議の国のアリス」で決まりね! 安直だけど一目見たら誰だって
『あの、殺すつもりはないんですけど……』
『悩殺するの! 語尾は「ぴょん」ね!』
……というわけで、おとめが朝から教室に現れ、遥はクラスメイトたちの目の前で頭にリボンを結ばれてしまったのである。これまでクラスではあまり目立たない存在だった遥は、それをきっかけにものすごく注目されてしまう羽目になった。悪目立ちだ。
そういうこともあって、今日は昼からすでにぐったりモード。
「なんか、大変そうだね……」
「実代ちゃんも……どうしたぴょん? 眠そうだぴょん」
思い出したようにぴょんぴょんする。
お昼だからだろうか、今日の実代はなんだか疲れているように見えた。
「私も
と、購買の袋と一緒に手にしていた、ルーズリーフの挟まったクリアファイルを掲げてみせる。試しに見せてもらうと、実際にゲームをプレイしたり同人誌について調べたのだろう、たくさんのメモがきれいにまとめられていた。もしかすると昨夜は徹夜したのかもしれない。
「桜木さんは……」
一方、遥は自分の弁当箱を包んだ風呂敷以外は何も手にしていない。しかし顔には余裕の笑み。
「ふっふっふ……今日の桜木さんは一味違うんだぴょん」
「そ、そうなんだ……。あと、それやめた方がいいと思う。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ……」
***
誰かがどこからか持ってきたホワイトボードのせいでより狭苦しくなった気のする部室で、それぞれが同人誌のアイディアを披露した。
現在、近実がボードに貼られた企画案を吟味中。遥たちはその間に昼食をとっていた。
近実はじっくり見極めるためか、作業時だけにつけるらしい眼鏡をかけている。昨日よりなんだか真面目な印象を受ける近実を視界に収めつつ、遥も企画に目を通す。
(そんな乗り気には見えなかったけど、みんないろいろ考えてるなぁ……)
まず、
その点、
とはいえ、景秋の場合は新たにキャラを追加するのではなく、そうした同人誌によくあるという『プレイヤー自身を登場させる』ことで近実の推しキャラである『ピースキーパー』と『ルガー
一方、公広は三人目のキャラの追加を推した。
「実際ゲームやってみた印象だと、あの二人だけでプレイするのはキツいんじゃないか? 『ピースキーパー』はコスト軽いから、編成のコスト制限にも余裕あるはずだし……もう一人、誰か使ってるキャラがいるはず。というわけで、その子を二人の橋渡し役に使おうと考えてみたんだけど」
それなら近実も描きやすいのではないか、と公広は言う。
近実が話のメインにしたいと紹介した二人以外にも、ゲーム上で普段使っているはずの『三人目』。
調べたところによると『ルガーP08』はキャラのビジュアルは良いもののゲーム的には扱いづらいことから『金メッキ』と揶揄され、好んで使うのは相当なドMか、通常の難易度では物足りない一部の上級者くらいだという。近実は前者だろうと遥はなんとなく思っている。
そんな『ルガーP08』と、装弾数の少ない『ピースキーパー』だけという編成はいくらなんでも難しい。それは遥も考えていて、公広は遥の代弁をするように近実の使うチームについて言及した。
「あたしは『三人目』の枠はイベントとかその時々次第って感じで、特定の子はいないんだけど……」
「じゃあ近実が他に好きなキャラを登場させれば」
「と言われても、結構みんな好きだし、そういう三人目を決めちゃうのは……」
なんだかハーレムものの優柔不断な主人公みたいだと遥は思った。
「じゃあ俺から推したいキャラがいるんだが――、」
と、公広が言うキャラをこっそり調べてみたら、音声を担当している声優が『
そして、昨日実結に「ついでだからあんたも何か考えてきなさいよ」と巻き込まれた実代のアイディアは、先の四人とはまた違った着眼点があり、初心者だからこそというべき新鮮な提案だった。
「アイテム、あるじゃないですか」
『
キャラは攻撃すると装弾数を消費し、ゼロになると一定時間攻撃することが出来なくなる。『スピードローダー』はそのクールタイムをなくし、装弾数を高速回復してくれるアイテムだ。
そうしたアイテムのアイコンもいくつか擬人化されているのだが、実代は最初それもキャラクターの一種だと思ったらしい。
「あれって、登場させられませんか……? 調べてみたら、見た目以外、特に性格とかの設定もないみたいだから、近実先輩の自由に描けるんじゃないかと……」
これにはみんな感心し、そのせいか実代は恥ずかしがって発表を続けられなかったが、他にも、『金メッキ』と呼ばれ落ち込む『ルガーP08』に焦点を当てた実代らしいと感じさせるストーリー案を用意していた。近実はそれにだいぶ興味を持っていたようだが、
「……ところで、あんたはほんとになんにもないの……?」
それぞれの企画を一通り見終わったらしい。一人だけ何も提案しなかった遥を見る近実の顔は、なんだかふて腐れた子供のようだった。
もちろん、遥だって用意している。
「ふっふっふっ、そう聞かれるのを待ってたんですよ!」
「……あんたも懲りないわね、そんな眠そうな顔して、また徹夜したんでしょ? 真打とやらがあるんならさっさと出しなさいよ。昼休み押してんのよ。巻いてきなさいよ」
「……すみません」
部長に叱られ、遥はしょぼんとしながら席を立つ。怪訝そうに腕組みしている近実を横目に、遥はボードの前に移動した。
(だけどわたしだって、意味もなく最後まで待ってたわけじゃないんですよ!)
全てはいわば漁夫の利を得るため、みんなのアイディアを元に自分の企画をブラッシュアップするためだ。以前実結の言っていた『私の企画』というやつに近い。
遥は頭の中で考えをまとめる。
眠そうな顔をしていた自覚はないが、おそらくここまで起きていられたのはこの企画を発表したくてうずうずしつつも、より面白くしようと授業そっちのけで調べ物をしていたためだろう。それをようやく今――
「みなさんは固定観念に囚われすぎなのです」
「変な前振りはいいからさっさと始めなさいよ」
「……はい。えっとですね、まず……先輩たちも言ってましたけど、必ずしも二人である必要はないわけですよ。わたしもきみ先輩と同じく、『三人目』を推します」
とはいえ、公広のアイディアとは違って、遥はその『三人目』に大事な役目を持たせている。
「わたしが推す『三人目』は、ゲームを始めた誰もが最初に接することになる『AK-47』です。最初に配布されるキャラで知名度も高く、序盤から中盤まで長く使えることから人気も高い子ですね。キャラの性格もまあ嫌いな人は少ないだろう感じに可愛らしく、最初のキャラとして申し分ないように思います」
ホワイトボードに『AK-47』と記す。
「近実先輩の推す二人は知名度も人気もはっきり言ってマイナーなので、こうしたメジャーなキャラを加えることで、あの二人に興味のない人たちも牽引できるのではないかと思います」
「それは一理あるけど……」
近実は難しい顔をする。
「あたし、あの子そんなに好きじゃないのよね……」
「それならなおのこと、『ピース』と『ルガー』の引き立て役に使えるはずです」
思いのほか話がうまく運ぶことに遥は高揚を隠せない。
「この『AK』ですが、その性格からか、ファンの間で『実は腹黒い』っていう設定が流行ってるみたいなんですよ。同人誌とかイラストきっかけで生まれたイメージみたいで。わたしはそれを汲んで、『AK』を悪役として登場させてはどうかと思ったんです。そうやってイメージに合ったキャラがいることで、読者も馴染めるんじゃないかと」
近実が囚われていたネット上のイメージを逆に利用するのだ。
「それから、実代ちゃんも言っていた『スピードローダー』。ゲームでは銃の種類を問わず再装填を加速してくれますけど、現実のそれは『ルガー』よりリボルバーである『ピース』やアサルトライフルの『AK』向けっぽいので、これもまたネタに使えるんじゃないかと思って」
ストーリーの冒頭案をボードに書く。
三人編成のチームで行動していた『ピースキーパー』は、戦果を独り占めしたい腹黒『AK-47』に、装備していた『スピードローダー』を奪われる。
そして『ルガーP08』と戦場で孤立してしまう――という内容だ。
「弾切れの『ピース』を庇いつつ、『ルガー』が戦闘する、みたいな感じで。『ピース』にとって『スピードローダー』が唯一の友達だった、みたいなのもキャラの性格的に合うんじゃないかと思います。ぼっちみたいですからね。あとは近実先輩の好きなように展開させてくれれば」
ここまで舞台設定やシチュエーションが整えば、近実なら何かアイディアが浮かぶだろう。これは肝心のところをただ丸投げするのではなく、自分で創作することで近実に自信をつけようという遥なりの考えだ。
そうした遥の提案を、みんな黙って聴いている。部室に落ちる静寂がこんなにも心地よいと感じたのは初めてだ。
考えている間もいろいろと膨らんで楽しかったが、自分の考えを聴いてもらう、発表するというのもまた別の楽しみがあっていい。どういう反応をするだろうという若干の不安もあるが、これを元に公広たちならより面白い、遥の想像を超える案を出すのではないかという発展への期待の方が強かった。
「あと、ですね、肝心のメインの二人ですけど、こちらはあまり設定とかイメージとか深く考えず、近実先輩の好きなように描いた方がいいと思います。調べてみたらファンのネタを公式が採用してメジャーになるといったパターンも結構あって。史実や公式にはないキャラ同士の関係性、絡みとか、あと、ネギ。もしかしたら近実先輩きっかけで『ピース』と『ルガー』も知名度を得るかもしれませんよ?」
何より――近実には、好きなものを描いてほしい、それを貫いてほしいと思う。
きっと、その方が良い作品が生まれるはずだから。
「同人誌ってそういう、自分の好きなものを描いてみんなに発表するっていうか、それぞれの解釈があるから面白いものなんじゃないですか?」
我ながら良い締めだったと思いながら、遥が改めて近実の様子を窺うと、
「あんた……」
近実は呆然としたような顔で、
「正直、気に喰わない一年だって思ってたんだけど……」
「思ってたんですか」
「そりゃまあ、初対面があれだからなぁ」
公広に言われると遥は反論も出来ない。
「――驚いた」
近実はなぜか涙目になっていた。
「すごい、なんていうか、うん。あたし……嬉しい。こんな、あたしのためにここまで真剣に、ちゃんと考えてくれるなんて……。あんたもだけど、みんなも……」
「いや、映研のためであって、別に近実先輩のためじゃないですよ?」
「照れなくてもいいからっ! でもそういうツンデレなとこも可愛い後輩だなぁ、もう! こんな可愛いカッコしちゃって」
「うう……このリボンに最初に突っ込んだのが近実先輩だなんて……。というかっ、ちょっ、抱き付かないでくれますかっ、」
「遥、あんた意外とやれば出来る子よね……」
と、部長が呟くと、公広たちも深く頷き同意を示してくれる。実代が小さく拍手する。近実ほどではないが、遥もやっぱり嬉しくなる。
喜びに涙ぐむ近実が多少落ち着いたところで、
「――まあ、そういう感じで、どうよ? 私たちはこうしていろいろ案を出したわけだけど、これでうちの作業に協力してくれる? というかここまで来てやらないとか言ったら……分かってるでしょうね?」
部長がそんな脅しをかけると、近実は涙を拭って何度もうんうんと頷いた。それから、
「任せてちょうだい! このあたしが来たからには百人力よ! これでやっと映研に恩返しでき――、」
恩返し? と遥は気になったが、そんな意気込む近実を遮るように、
「そうか、じゃあ早速で悪いんだけど、これ見てくれるか? 昨日まとめたんだ。近実に任せたい仕事っていうのは……」
「え? あの、ちょっ、」
「はいはい、そっちもいいけどその前に、いろいろ確認することあるから席つきなさい」
実結にぴしゃりと言われ、近実は大人しく席に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます