7 諦めと情熱(2)




「――それで? 本を作るってことは、誰かしら〝推しキャラ〟がいるんだろ?」


 最初は遠慮がちに、しかし気付けば意気揚々と近実このみが『銃コレ』について熱く語りだし、ちょうどその要点を喋り尽くしたところで公広きみひろがそう割って入った。

 さすが公広だとはるは思う。オタクの扱いに慣れている。


「そ、そうね、まあ実物を見てもらった方が早いわ」


 冷静になった近実がスマートフォンを取り出す。そして例のゲームを起動し、件の〝推しキャラ〟を紹介する。


「まず、この子、『ピースキーパー』っていう……見た目はおっとりおっぱいって感じなんだけど、柔らかそうな胸に反して中身は正義感強くてお堅い系なのよね。元となった銃は警察向けに作られたらしくて、昔の刑事ドラマとかにもよく、」

「レベルの高さから相当な愛が窺えるよ。で、この子だけ? 俺としてはカップリングにした方が話も作りやすいと思うんだけど」


 またも饒舌になる近実を遮って、公広は話を円滑に進める。


「あたしもカップリングでやりたいと思ってるわ。その相手が『ルガーP08ピストーレ・ヌル・アハト』っていう、この金髪! 軍服! ドイツ! な子よ!」


 しかし近実のテンションは一度落ちてもすぐ元の位置まで跳ね上がる。


「『ナチスの拳銃』って呼ばれてて、ゲーム的にもキャラの性格的にも扱いづらい意識高い系なんだけど、この銃のために作られたとされる9ミリパラベラム弾の『パラベラム』はラテン語では『戦争に備えよ』という意味らしくて、平和のために戦争の準備をするとかなんとか、これって――、」


「『ピースキーパー』と絡ませそうな設定だな、うん。ていうか、近実はミリオタなのか?」


「え? いや違うけど。ちょっとネットで調べただけよ。好きな子だから調べて、そしたらネタに出来そうな繋がりがあって……だけど、この二人ともマイナーっていうか、それほど人気がある訳じゃないし……、」


 それまで饒舌だった近実が言いよどむと、室内に懐かしくさえ感じる静寂が戻ってきた。


「……人気がないから興味を持ってもらえるか怪しいって?」

「それもあるんだけど……それ以前に、あたしには物語を作る才能がないのよ」


 自信なさげに呟く近実が、遥には意外だった。

 そんなことはない、と思ったし、公広や〝あの作品〟を読んだ景秋かげあきさかえも同感だったはずだが――きっと誰より、彼女の言葉の方が近実には響いただろう。


「そんなことないと思うけど?」


 と、実結みゆが『希望のぞみ』の『サクラノヒロイズム』を取り出すと、近実は吐血でもしそうな声を漏らした。


「けっこう独創的な内容だったわ。ラブコメにおける主人公とその相手との出逢いにはいろいろ変わったものがあるけど、これはその変わったスタートだけじゃ終わらない『その後の展開』も工夫されてて面白かった。よくもまあこんなキャラが思いつくなって感じで、登場人物もみんな個性的だし、もちろん、絵もきれいだわ」


「ろ、ロリ部長……」

「あ?」


 実結をよく知る公広たちでさえ驚くほどの高評価から一転、感動した近実のよけいな一言のせいで実結はまたしかめっ面になった。


「う……。でも、〝サクラノ〟は、その、特別なのよ。たまたまパッと思いついて、それがうまくいったってだけで……」


 宝くじが当たったようなものだと、近実は美術部でもそう言っていた。


「運が良かっただけで。その証拠に、別に〝サクラノ〟だけがあたしの漫画じゃないし……」


「確かに、」


 と、遥はさっきの近実の発言を受けて、スマフォで検索していたネット上の評価を読み上げる。


「〝サクラノ〟以外の作品は話に新鮮味がないし、オリジナリティにも欠ける、単調とか言われてますね。でもキャラは面白いらしいですよ」


「だからそういうの読むのやめれってばぁっ!」


 涙目で喚く近実を尻目に遥はひとり納得する。美術部で近実があんなにも弱気で、自信なさげだった理由がようやく分かった。


 背景だけでなくストーリーにも自信がなかったから、それにつられるように絵自体への自信も失くしているのだろう。一度でもこうしたネット上の批評を目にすれば、落ち込んでも仕方ない。

 その自信のなさが、自分が『希望』であることを打ち明けられない恥ずかしさにも繋がっているのかもしれない。公広が〝サクラノ〟への感想を求めたのも、近実に自信を持ってもらうためだったのだろう。


「……そういう悪い評判もあるから、普通の、あたしが考えつくような話じゃ、同人誌も売れないかもしれないじゃない。〝サクラノ〟以外は面白くないだろって……」


「……売れる必要があるんですか? とりあえず最初はイベントに慣れるために出すだけ出すっていうのは……? それに、内容はあれでも、絵はきれいなんだし、手に取ってくれる人もいるんじゃ……」


 遥は素人考えでそう提案してみるのだが、実結は首を横に振る。


「単純に販売する以上、製作費の元がとれないと赤字になるわ。まあ趣味の作品を趣味として出すだけなら元とか考えなくてもいいんでしょうけど……。売れるってことは、それが評価されてるってこと。少なくとも表紙はね。そして中身も面白ければ次に繋がる。……まあ、まずは出店してみて、買いに来る人の数を把握するだけでも次回の印刷部数の調整にはなるでしょうけど、それもこれも次に人が来るって保証がなくちゃあね」


「なんか、まーけてぃんぐって感じですね……」

「あ、あたしとしては……やっぱり、お金出してもらう以上は、それに見合った内容のものを届けたいっていうか――」


 と、意識高いことを言うのだが、


「……はい。正直そこまで深くは考えてませんでした」


 奥深い世界に落ち込む近実である。部室にまたも沈黙が落ちる。

 こういう時に場を盛り上げてくれる栄がさっきから静かだと思えば、自前のパソコンを前に何やら作業中。撮影した実代みしろの画像や動画を確認しているのだろう。ちなみに実代は大人しくなっている。


 公広が口を開いた。


「……けど、部長も言ってたけど、主人公たちの出逢いだけじゃなく、その後の展開もちゃんと面白い。よく出来てる。そこはもう運じゃなくて近実が自分で考えたんだろ? それなら、原作のある同人誌なら一からキャラを考える必要もないし、さっきの二人を好きに動かしていけばいいんじゃないか?」


「それは、そうなんだけど……」


 と、近実の表情は冴えない。


「あたしの場合、とっかかりっていうか、舞台設定みたいなのがしっかりしてて、その上で好きにいろいろ設定できるキャラを作れるから思いつくのよ。だけど同人誌ってなると、既存のキャラクターじゃない? おまけにファンのイメージっていうのもあるから、ヘタにオリジナルな要素入れると……ほら、ねえ?」


「近実先輩はネットの批評をめちゃくちゃ気にするタイプなんですね」


「悪い!? だって気になるでしょ普通! 調べてたら嫌でも目に入るし。それに既存のキャラだと、それこそミリオタの人とか史実に基づいた設定に反してたり間違ってたりしたらいろいろ突っ込まれるじゃない? その辺、どういうところが突っ込まれるのかチェックしたりして……」


「そうやっていろいろ考えてるうちに雁字搦めになって、何も考えられなくなったわけね」

「うう……」


 どうやら図星だったらしい。


「さて、話はこうして最初に戻った訳だけど――条件を確認するわ。あんたの話作りを手伝えば、こっちの映像制作にも協力する、ということでいいのね?」


 実結がそうまとめると、近実は子供のようにこくんと頷いたのだ。




               ***




「――まあ、確かに……調べれば調べるほど、雁字搦めになるというか……」


 ノートパソコンを開き『銃コレ』関連の調べ物をしていた遥は、検索の手を止めてベッドに寝転がった。


 キャラクターの元となった銃だけでも様々な背景が存在するのに、擬人化された彼女たちにもそれぞれ性格があって、物語がある。そこから発展し、同人誌などから生まれたユーザー間のイメージはある種の制約にもなるだろう。


 制約といえば、近実自身が課したものも遥にとっては一種の制約だった。


 パソコンを置いたベッドの枕元には他にも、近実が描き下ろした例の『ピースキーパー』と『ルガーP08』のイラストのコピーがある。オリジナルの二人のビジュアルをきれいに再現しつつ、近実らしさもしっかりと残したイラストだ。彼女たちの持つ銃の再現度も高い。


「この二人をメインにしたお話、かぁ……。わたしが好きなキャラを使って話を作る分なら、まだなんとか出来そうなんだけど」


 二人をどう絡ませたいかのニュアンスは聞いている。だが、そうなるに至る、そうなって然るべきと納得の出来る展開・シチュエーションが思い浮かばない。近実の悩みは要約するとそういうことだ。


 周囲の目が気になるというのは遥にも通じることだが、近実のそれはネット上の評価を気にしつつも、考えに考え抜いて行き詰まってしまうほどに、前に進む努力を続けている。遥のように諦め、自分を殺してまで周囲に馴染もうとはしていない。

 遥はそんな近実のことを応援したいと思うのだ。


(それに今のわたしに出来ることっていえば、これくらいだし……)


 今日も少し話し合ったが、肝心の映像制作の方で遥に出来ることは少ない。

 実結たちはその経験やノウハウを活かして、映像の構成や、学校紹介に使う写真のピックアップといった企画の細部を詰めている。今の遥に出来るのは近実への協力くらいだ。

 それが近実の自信を取り戻すきっかけになれば、映像制作にとってもプラスになるだろう。


 ごろんと横に転がってうつ伏せの格好になり、枕に顎を乗せながらパソコンに向き直る。


「ふむう……。何かこう、引っかかるんだよねぇ……」


 近実の話を聞いた上で実際にプレイすると、このゲームは決められた編成コスト内で編成するチームにどんな種類の銃を含むかで戦況が大きく変わると分かる。


 単純に高火力のキャラをメインの操作キャラに据えればいいというものでもなく、たとえばリボルバーの『ピースキーパー』なら装弾数がアサルトライフルである『AK-47』より少ないため、弾切れになると再装填までのクールタイムが生じて一定時間攻撃できず、逃げ回るのみとなってしまう。


(その間を補うアイテムの装備も大事だけど、数に限りがあるから、他に編成した子たちに切り替えて運用しなくちゃいけない)


 そう考えると、序盤でも運さえあれば入手可能な『ピースキーパー』は移動速度の面で有力だが装弾数という欠点があり、入手困難な割に能力的には欠点ばかりの『ルガーP08』と組み合わせた編成はなかなかリスキーに思える。


(ネットの情報を見て想像するに、この二人だとすぐジャムるし……弾切れで立ち行かない)


 好きなキャラだから扱いづらくても構わないのか? アイテムで補う? というより――


(そうだ、確認してなかったけど、『ピースキーパー』は編成コスト低いから、たぶん……)


 そんな疑問が、遥にこの問題への意外な解決策をもたらした。



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