6 諦めと情熱(1)
昔からよく「
何をやっても上手ね、と。
最初はただ、一番になると褒められたから、それが嬉しくて没頭し、上達して、技術の向上を実感すると楽しくなって、気付けばたくさんの賞状やトロフィーが部屋には飾られていた。
だけどそれは才能があったからではなく、単に人より呑み込みが早く、コツをつかみ上達するのが早かっただけで、本当の才能を前にすれば嫌でも己の凡夫さを自覚するようなもので。
――なんかもう無理かな。楽しかったし、もういいかな。
あるいはそれは、挫折のようなものなのかもしれない。
立ち上がることの出来ない挫折は諦めに繋がって、情熱を失った遥はそれを手放した。
そしてまた親や友達に勧められるまま、遥自身いろんなことに興味があったから、次々と新しいことに手を伸ばし――同じことを繰り返す。
兄はそんな遥を指して――
「本当に好きなことなら、やめたくてもやめられないよ」
――飽きっぽいのだと、言った。
確かにそうかもしれないが、遥にとってはやれるだけやった後、突きつめた先に限界を感じて見切りをつけただけだ。
自分の中にこれ以上の「頑張りたい」という向上心を見つけられなくて、それならばもう終わりにしよう、やるだけやったのだから『良い思い出』として次に進もう、と。
ただ――
遥はそれで良かった。でも本気でそのスポーツや習い事が好きで、情熱を傾けて打ち込み頑張っているのに、遥の前に敗れ優勝や賞を逃した人々にとって、遥はどのように映っただろう。良くは思われないに違いなく、知らず敵を作っていたのではないかと今では思う。
そんな『周囲の目』を自覚したのは、中学生になってからだ。
やれば大抵なんでもこなし、時にそれが同学年の男子よりも優れた結果を残すものだから、一部には一目置かれ、また一部には疎まれていた。
思えば考えることすらなかった。自分が一番になることで、二番になる誰かのことを。
突出した個は集団の中で反感を買う。そうした周囲を黙らせるだけの何かがあれば違ったのだろう。他人にどう思われても構わないという何かがあれば話はまた変わったかもしれない。
しかし遥には何もなかった。
だから日々は憂鬱なものに代わり、自分を押し殺すように集団へ溶け込むことに徹した。
一番だって『一人』で、そうなることは嬉しかったはずなのに、単なる『独り』には耐えられなかったから。
なのに。
「――今の遥は、嫌い」
結局、最後はひとりになった。
***
――嫌なことを、思い出していた。
「……寝てた」
ベッドの上でスマートフォンをさわっているうちに寝落ちしてしまったらしい。
遥はうんと伸びをして、体を起こした。ぼんやりした頭で、眠い目をこすりながら周囲に視線を巡らせる。
実家の二階、自分の部屋。心細くなるほど広々としていて、一部だけ敷かれたカーペットの上に置かれたテーブルが物寂しい。壁際には机と本棚、その上には雑然と小説や漫画が詰まれ、家族で撮った写真やぬいぐるみが飾ってある。クローゼットはパジャマを探してから開きっ放し、床には制服が脱ぎ捨てられ、ほんのりと生活感という温かみを感じさせた。
いろんなものを詰め込んだ押入れの扉の上、壁にかかった時計が真夜中を示している。
「……ふわぁ、」
と、あくびを漏らしながら遥はベッドの端に腰掛けた。伸ばした足の裏にフローリングの冷やかな感触。少しだけ頭がはっきりとする。
画面の暗くなったスマートフォンをつけると、あるゲームアプリが表示された。
――『
最近話題のゲームらしい。いわゆるFPSに近い内容だが、そういうものにありがちな物々しく物騒な感はない。
キャラクターは銃を擬人化した美少女たちで、アプリということもあってゲーム画面は簡素、キャラクターもリアルな造形ではなく可愛らしくデフォルメされている。それでいて、本格的なFPSにも劣らない内容が人気を博している要因だそうだ。
プレイヤーが使用するのはそれぞれがなんらかの武器を模した美少女。最大三人で編成した彼女たちを、一般的なゲームで武器を切り替えるように状況に応じ操作キャラを変えながらプレイする。
遥は遠距離射程を持つキャラで敵を捕捉するも、遠くから隠れて狙い撃ちするような殺し屋じみた真似はせず、近づいて近距離タイプのキャラに切り替え接近戦に持ち込むヒットアンドウェイな戦略で次々と敵を撃破していた。
危なくなれば距離をとって遠くから狙撃、相手が怯めば再び接近、近くから射殺する。その方がダメージも大きく、何より命中率も高い。命中率が高いとヘッドショットになり高得点が入る他、ルールによってはレベルの高いプレイヤーを一発キル出来る。
また、そうした要素も含めて遥のように今夜始めたばかりの初心者でも充分楽しめる仕様になっており、最初から配布される『AK-47』というキャラは使い勝手も良く、遥のプレイスタイルにも合っていてお気に入りだ。
キャラクターの性格こそ典型的なぶりっ子といった感じで遥は苦手だが、序盤から長く使えるキャラとしてユーザー間でも人気が高いようだ。
そうして楽しんでいるうちに時間を忘れ、気付けば寝落ちしてしまった。
とはいえ、別に日頃からゲームに興じているわけではない。
(これも一応、映研の活動の一環……なのかな?)
どうして遥がゲームに没頭していたかといえば、それは数時間前にさかのぼる。
***
「――同人誌の話作りを手伝ってほしいらしい」
「なるほど、同人か」
同じく絵を描くからか、
「しかし、話、ストーリーか。絵を描くならまだしも、話作りでは力になれそうにないな。そもそも、同人にはあまり造詣が深くない」
「……いや、あたしも実は全然知識ないっていうか……。だからこう、知恵を借りたいなーっと……」
作業をしていないからか眼鏡を外している近実は普通に可愛い顔をしていたが、その表情には今、気弱さがにじんでいる。
「そんなんでよく出展しようだなんて思ったわね?」
「……その、前々からよくイベントとかに出ないのかってコメントもらってて、そしたら今度、好きなゲームのイベントがあるの知って……。あたしも同人誌とか、描いてみようかなぁと、思った……、わけですよ」
近実は
実結は未だ睨みをきかしたまま、
「好きなキャラ同士をいちゃつかせて、とりあえず適当にやっちゃえばいいんじゃないの?」
「やっ――そんな18禁描けるかっ!」
「は?」
実結が顔をしかめる。遥と
「そ、それに……描くからには、こだわりたいのよ。実際にそのキャラ同士の間で起こってそうな、そういう……自分も、読んだ人も納得できるような、面白い話にしたくて」
「けど、それが思いつかなくて困ってるらしいんだ」
公広がそう締めると、近実はばつが悪そうに顔を背けた。
部室に沈黙が落ちる。
遥はせっかくだしと、このタイミングで質問することにした。
「あの……わたし、同人誌ってものがよく分かってないんですけど……?」
実結がまた「はあ?」と不機嫌になるが、実代もこくこく頷いているからか仕方ないと言った風に教えてくれた。
「アニメとか漫画のキャラを使って、自分の考えた話を描いた本っていうか……。まあ、二次創作って言えば分かるんじゃない? 少なくとも意味は理解できるでしょ」
「二次創作……」
説明を受けて、遥の脳裏にある考えが浮ぶ。
前の失敗も一緒に思い出し、言うかどうか躊躇われたものの、
「えっと……それって、
今の映研は肝心な映像の脚本すらままならない状態なのだ。それに、映研からのオファーではなく近実個人から持ち掛ければ話も聞いてもらえるのではないだろうか。
「それは……難しいな」
公広が言葉通り難しい顔になる。遥は一瞬焦ったが、
「あいつは他人との共作を嫌うから。前にうちの映像で脚本を頼んだ時は、なんの気紛れか引き受けてくれたけど……基本的には人に頼まれて何かをするってやつじゃない」
「あれ……? でも、〝ロミジュリ〟の脚本してますよね……?」
「それは、まあ……」
歯切れが悪い。公広も実結の顔色を窺っていた。実結が「何よ」と睨むと、公広は気まずそうにしながら白状するように呟く。
「……あれは、俺たちを見返すために受けたらしい。うちで作った映像が審査に落ちたのは、自分の脚本のせいじゃないって証明するために」
なるほど、と遥は頷いた。摘吹はかなりプライドが高い人物のようだ。
「それ以前に、同人誌、漫画となると……そういうのも嫌いだからさ。あいつが部長のこと毛嫌いしてるのも……、」
言いかけてからハッと口を塞ぐ公広。しまった、とでも言いたげなその顔に、実結の不機嫌さが増す。「今度は何よ?」と睨まれた公広は犯行を見破られ自白する犯人のように、
「……年上なのに小さいからって。アニメのキャラじゃあるまいし……と」
自分の現実にそんなやついらない――と。
どうやら摘吹の二次元嫌いは相当らしい。舌打ちした部長がそれに何か文句をつけようとすると、
「ばっか、うっそ! あたしなんかこのロリ部長お持ち帰りしたいくらいなのに!」
「…………」
「あ……、いや、えっと、摘吹っていったっけ? あたしそいつと話あいそうにないわ!」
「そ、そうだな、うん」
取り繕うように公広が近実に同調する。実結は不機嫌を通り越してもはや呆れてしまったのか、嘆息するように息を吐いてから、話を元に戻した。
「つくづく使えないやつのことはほっといて。……で? 同人誌っていうからには、原作、元ネタになるものがあるわけでしょ? それをまだ聞いてないわ。案外、ものによっては他所の力を借りなくてもこの場でぱぱっとアイディア出るかもしれないわよ」
二次創作というからには、一次創作、つまりその元となる題材が存在する訳だ。遥もまだそれは聞いていない。
皆の視線が集まり、近実はおずおずとその名を口にした。
「『銃コレ』ってゲームなんだけど――、」
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