14 わたしに出来ること
「――なんですか? それ」
緊張は和らぎつつあるものの、まだまだ硬い
それは
ふと気になって栄に訊ねてみると、壁際の棚からビデオカメラの充電器を探しながら、
「んー? あぁ、それCGつくるやつ」
と、間延びした答えが返ってきた。
いまいち実感が湧かないものの、どうやら映像制作における栄の担当はパソコンを使った編集作業や写真・映像の加工、特殊効果、そしてCG等、多岐に渡り、なんだかイメージに合わない器用な仕事をこなすらしい。
正直、いまだに信じられない遥である。
「栄先輩はどこからそういう技術を学んだんですか?」
「独学っていうか、ネットだなー」
まあ、予想できた答えだ。
遥が興味あるのは、栄はそもそもどうしてそれを学ぼうと思ったのかということ。
映研に入って必要になったのか、そういうことに興味があって映研に入ったのか。
部に入る理由なんて人それぞれだろうが、ちょうどいい機会だから聞いてみようと思った。
「爆発とか、そういう派手なのをやりたいって思ったから、ネットでいろいろ調べて勉強したんだよ」
ぎょっとしたのは遥だけではなかった。実代も目を剥いて栄の背中を見ていた。実結が意地の悪い笑みを浮かべ、公広が苦笑しながら補足する。
「『爆弾野郎』って知ってるか?」
「えっと……映画ですよね、外国の」
観たことはないのだが、前にテレビのCMか何かで見たことがある。建設業に従事していた職人が、妻を殺した犯罪組織を相手に、建築の知識を用いて復讐を遂げるような話だったはずだ。建造物の弱点を突いたり解体の技術を活かし、次々と犯罪組織のアジトを爆発する……といった話のはずだ。なんだか爆炎ばかりが印象に残っている。
「そうそう。スパイ映画的な要素もあって――」
と、嬉々として語り始める栄である。
「敵地に潜入して建物の構造的欠陥を地道に調べあげたり、要所要所に爆弾を仕掛けていって、最後にドカンとやるわけさ。最初のハリウッドでの作品は製作費の三分の二を爆破演出に使ってるらしいぜ。その派手さに人気が出て、今じゃドラマシリーズも好評放送中だ」
「は、はあ……そうなんですか」
「主人公がビルから飛び出した瞬間に地下から爆発していって、巨大な組織の象徴ともいえるデカいビルがぶっ壊れていくラストに感銘を受けたんだよなぁ。オレもそういうシーンを再現したかったんだけど……まあ現実的に無理だからさ。いろいろ考えているうちにこういう道に辿り着いたってわけよ」
「……一歩間違えば犯罪者の思考よね」
「あ、あははは……。良かったです、道を踏み外さなくて」
何はともあれ、栄はまず先に好きなものがあって映研に入り、そしてその好きなものが映研の活動にも役に立っている。今のところまだ目立った活躍はないものの、これから制作が進めば栄の仕事はどんどん増えていくのだろう。
「動くな」
「は、はひ……っ」
「ったく、
「い、いや、今いいところで……」
「はあ……、ゲームに夢中になってる子どもじゃないんだから」
「じゃあ部長はそれを叱るお母さんですね」
「あ?」
「今の部長の方が恐いのだが」
……景秋にも仕事がある。公広や実結にもそれぞれの役割がある。
しかし、遥には何もない。
企画・立案こそしたものの、これから始まる作業のほとんどは技術や経験を擁するものばかりで、きっと遥にはロクに手伝えないどころか、足手まといになるかもしれない。
それでも、何か――
――あるの?
彼女に返せる答えがほしい。
「それにしても、」
と、緊張を強いられぐったりしている実代を見ながら、呆れたように実結が言う。
「演劇部ってスパルタでしょ。そんなんであんた、よくあそこ続けられたわね。というかそもそも、なんで入ろうと思ったのか不思議だわ」
「……こんな自分を改善したかったんです……」
ぼそぼそと実代は呟く。
「……音痴なおすために声楽部入ったり、足を速くするために陸上部に入るのと同じやつです。劇なら、もっと自分を出したり、大きな声で話せるようになるかもしれないって……。でもすみません、能力ないのに選ばれちゃって……ほんとすみません、なんか……」
「いや、さっきまでの威勢っていうか、あれはどうしたのよ。て、ていうか謝るな」
変なスイッチでも入ったのか、暗い笑みを浮かべてぶつぶつと呟く実代である。珍しく狼狽える実結も見ものだったが、それよりも、遥には実代の言葉に思うところがあった。
変わりたいと、遥も漠然と思っていた。だけど実代ほどの積極性はなく、映研に惹かれこそしたが、ともすればそれも「なんとなく」流されただけで、なんだか自分が嫌になる。行き当たりばったり、その場その場の気持ちしかない、空っぽの自分が。
遥も自分を変えたいと思うなら、実代の言うように演劇部こそそれに相応しかったのかもしれないのに。入ろうという考えもなかった。
演劇部なら少なくとも、役割も仕事も見つからない映研よりやることはあっただろう。今日の見学を通して、それが分かった。雑用でもなんでもあそこには仕事があるし、その中で何か、自分に適したものが見つかったかもしれない。
羨ましいな、と思う。
好きなことがあって、やりたいことがあって、何もなくてもそんな自分を変えたいと思って、行動できるみんなが。
だから、言葉がすんなりと口を衝いていた。
「実代ちゃんは、ヒロインだよ」
自分を変えようと動けた彼女は、遥にとって
「誰がなんて言っても、わたしたちが選んだんだから……謝らないで。大丈夫だよ。実代ちゃんならやれるから。これから活躍して、みんなを見返すんだから」
そう信じてる。その活躍に自分がどれだけ携えるか、今は分からなくても。
「そうよ。選んだのはこっちなんだから、あんたが失敗しようがどうしようが、全てこっちの責任。ていうか、全部遥のせいにしちゃえばいいのよ」
「えー」
「それくらい気楽に構えてろってこと」
ぁ……、と。
もしかすると実代にとって遥の言葉はプレッシャーになったかもしれない。それを実結は彼女なりに、実代が気負いすぎないようにしてくれたのだろう。
「あの……私、頑張ります……っ」
「そうか、じゃあその決意した感じの表情のまま一分くらい固まっててくれ」
「えぇ……っ、」
「まったく……この子はあんたのおもちゃじゃないのよ」
休憩入れましょ、と実結が提案した、その時だった。
「……よし」
公広が席を立つ。
「じゃあ実代さんのことは部長に任せるとして……、遥」
「……はい?」
「いや、実代担当はこいつでしょ」
「遥には少し働いてもらおうと思って」
唐突な言葉に首を傾げたのは遥だけではなかった。
「美術部に行く」
「えーっと……わたしもですか?」
美術部に行くという話は今日の予定として聞いていたが、てっきり公広が一人で交渉しにいくものだと思っていた。他に誰かを連れて行くとしても、それは部長か、絵に詳しい景秋くらいのものだろうと。
なにゆえ自分も? と遥が見上げると、公広は真顔で、
「実代さんを説得するのに一番貢献したのは遥だからな。遥がいなかったら、実代さんは来てくれなかった」
思わず実代を見ると、彼女は恥ずかしそうにしながらもこくりと頷き、景秋に注意されて涙目になった。
「それに、遥には周りを動かす求心力のようなものがあると俺は思ってる。遥がいれば美術部攻略もなんとかなる気がする。実際、部長だって連れ戻してくれた」
「……いろいろ言いたいことはあるけど、一応、そうかもね」
「え、え~? そうですかぁ……? えへへ……」
「照れてんじゃないわよ」
普通に照れる。公広は他の人が恥ずかしがったり躊躇ったりすることを平気で、しかも真面目な顔で口にするものだから、遥でなくても、たとえば男子でもこれには照れるだろう。
「まあそうね、また何かあったら呼ぶから、とりあえず美術部いってきなさいよ。さっきみたいに口説いてきなさい。期待してるわ、人たらし」
「なんかそれ嫌です……」
ともあれ、遥は公広に肩を叩かれ、一緒に部室を出ることにした。
***
美術部へ向かう道中だった。
「遥がいると心強い。頼りにしてる」
「……そのたびにわたしの心は削られていく気がします」
その時々に浮かんだことをそのまま口にしているだけで衝動的だからいいものの、あとになって枕に顔を埋めて一晩叫びたいくらいの恥ずかしさに襲われるのだ。今晩もきっとそうなる。
「……?」
下がりかけた視線が、少し先を歩く公広の手元を捉えた。
ポケットから取り出されるスマートフォン。遥にとっては忘れがたい、いつかの告白が脳裏をよぎる。
それにはイヤホンがささっていて、公広はスマフォを操作するとそのイヤホンを耳につけた。音楽でも聴いているのだろう。そういえばと、演劇部に向かう時にも同じことをしていたと思い出す。
遥としてはそのスマフォも気になるものの、同時に、移動中に音楽を聴くあたり、遥とは話したくない、これ以上話すことはないという意思表示なのではと勘繰ってしまう自分がいる。いやまさかそんなことはないとは思うのだけど……。
「うーん……」
しかし思えばあの告白以降、こうして公広と二人きりになるのは初めてかもしれない。
「いや、まさか、でも……うう……」
「ん?」
遥の唸り声でも聞こえたのか、それとも挙動不審だったからか、公広が振り返る。何か言わなきゃと焦り、遥はとりあえず無難だろう問いを投げかけた。
「な、なに聞いてるんですか?」
「ん」
公広は特に何も言わず、片方のイヤホンを軽く拭ってからこちらに差し出した。
これは……なんかいい感じのやつではないだろうか?
緊張しつつ受け取り、イヤホンを耳にあてる。
すると、流れてきたのはアイドルか何かの音楽のよう。声優? アニソン? とにかく知らない曲だ。でも聞いたことのある気がする声で、おそらく知っているアニメに出ていた声優の楽曲と思われる。まあなんにしろ、公広らしい選曲だ。あまり意外でもない。
「これから交渉に……部長の言葉を借りるなら、口説きにいくわけだからな。気合を入れようと思って」
「気合……ですか?」
「うん。音楽には力があるから。たとえば……そうだな、荷物持ちをさせられている時も、アニメのサントラを……ヒロインが主人公に新たな武器を届けにいくシーンの劇伴を流していれば、そのシーンを思い出して、なんだかやる気が湧いてくる、気がする。重たい楽器も何か重要なアイテムに思える。だんだん荷物持ちも苦じゃなくなるんだ。重要な使命だって」
「……なんか苦労してるんですね、いろいろと……」
公広のそれは見方によっては現実逃避の一種なのかもしれないが、もっと違う、ポジティブなものだ。物語を、現実を生きる力に換えているのだ。さすがは『健全なるオタク』を自称するだけはある。健全だ。へこたれたり嘆いたりせず、使命を遂行している。
遥も流れてくる曲に耳を傾ける。
ポップで、しかし力強く。困難を前にしても無理に進まなくていい。立ち止まってもいい。もしも踏み出すきっかけが欲しいなら、私が背中を押してあげる、手を引いてもいい。並んで進んで、いつかは追い越し自分の力で走り出して。
歌い上げるきれいな声が怯える心を優しくも厳しく支えてくれるような、それこそヒロインが主人公を励ましているような曲だ。
逆に、公広は今、美術部に挑むことに不安を覚えているのかもしれないと遥は思った。それも当然か。これから助力を請う相手は、景秋の作業量を左右する。それは直接映像のクオリティに繋がるのだ。口説き落とせなければ映研の未来に影が差す。
プレッシャーは大きいだろう。でも、だからこそ――
(……わたしに、出来ることをしなくちゃ)
公広はきっと、遥の気分を変えるためにこうして連れ出してくれたのだろう。どこまで察しているのかは分からなくても、それは自分の役割を探していた遥にとって確かな救いとなった。
頑張ろう、と強く思う。嘘でも頼りにしてると言ってくれるなら、それに応えたいと。
そんな遥に、その曲は勇気を与えてくれて――
「うわっ」
一転。
次の曲は荘厳な印象で、まるでこれから最終決戦みたいな……。とにかく緊張をあおる嫌な劇伴。
「しまった」
公広が曲を変える。さっきの曲だ。今度は一から、ちゃんと聞き込みながら廊下を進む。
(いい曲。誰が唄ってるのかな。聴いたことあるんだけど。歌声と普通の声は違うから……)
思わず聞き入って目を閉じながら歩いていると、不意にすぽっとイヤホンが耳からとれ、その衝撃に呻く。現実に引き戻された。
何かと思えば隣に公広の姿はなく、振り返ると廊下の途中で立ち止まっていた。
美術部に到着したのだ。
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