10 わたしのヒロイン(1)
机や椅子が撤去され広い空間が作られた教室、そこが演劇部の練習場所だ。
部員は一年生から三年生まで、男子も女子もいる。存続が危ぶまれる映研とは違って演劇部の総部員数は数十人規模になるらしい。活動場所も一つではなく、複数の教室も利用している。
放課後、
部員が豊富となるとレギュラー争いなどもあるようで、役をもらえなかった部員たちは補欠として裏方を務めたり、舞台セットや衣装等を準備する係に回る。中にはレギュラー部員に何かあった時の代役として練習している部員もいるようだ。
この教室では現在、そうした補欠組が十数人ほど、発声練習や台本の読み合わせを行っており、遥たちはその様子を壁際で見学していた。
……というのも、昨日の話し合いによって、映研が企画している学校紹介PVに、演技の出来る人間が必要ということになったのだ。
(昨日で大まかな構想がまとまって……)
全体的なコンセプトは遥の真打企画でいくことになり、その中にアニメパートを含めることになった。これはどうしてもアニメがやりたいらしい
しかしクオリティの高いアニメーションを作るには人手不足が否めないため、妥協案として、実写パートを含めることでアニメの時間を短くするという方針になった。
そして、二つのパートの架け橋となる役者を用意することになったのだ。アニメの分量をどうするにしろ、その役者をモデルにアニメパートのキャラクターをデザインするためにも、役者のスケジュールを確保する必要があるため、早めのスカウトをするべく遥たちは演劇部を訪れたのだ。
公広が演劇部の部長に話をつけ、ひとまず見学は許可してもらえた。
ただ、レギュラーメンバーの二・三年生は本番を控えているため、勧誘が許されているのは補欠の一・二年生のみだ。クオリティのため公広は粘ったようだが、演劇部にも事情がある。
一応レギュラーの見学もさせてもらったのだが、
「
隅っこに並んで四人、遥の口からぽつりと本音が漏れる。
今日はスルメ女子計画のために眼鏡をかけているが、そうでなくても、先にレギュラー組を見たのが悪かったのか、どうしても色眼鏡で見てしまう。
「PVのコンセプト的に新入生の方が適している。むしろこちらの方が都合がいいと僕は思うが」
「可愛い子にしようぜ可愛い子」
「…………」
こうした流れだと普段は
「…………」
実結が機嫌悪そうな顔をしているのはいつものことだが、今はより睨むような目をして、離れたところで演劇部長と話し込んでいる公広を見ている。どこか、訝しげな様子だ。
(どうしたんだろう……)
最初の交渉の時も公広は難しい顔をしていたが、今も同じような表情で演劇部長と話し、何か手紙のようなものを受け取ったあとは時折申し訳なさそうに頭を下げていた。演劇部長の方は公広と打って変わって気楽そうに笑っている。
あちらの会話は聞こえてこないが、遥にはなんとなく想像はついた。
練習する演劇部員たちがちらちらと、遥たちに視線を向けてくるのだ。理由を教えていないので仕方ないが、練習に身が入らない部員もいるようだ。広い空間ならまだしも、同じ室内で見学されてはいろいろと迷惑だろう。公広はその件で頭を下げているのかもしれない。
その様子を気にしてか、景秋が呟く。
「実際に見て選ぶ必要はあったが……わざわざ全員で来る必要はあったのか?」
「そりゃあるだろ。なんたって、これから選ぶのはオレたちのヒロインなんだから」
栄の言葉が珍しく遥の胸に響いた。
オレたちの……わたしたちのヒロイン。
「だがさすがに、公広は余計だった気もするが。ほら、女子なぞあちらを気にして先輩から注意されている。あれでは素の姿を見て精査できない」
「……そうね。遥同様に、学園祭の劇を見て演劇部に入った新入生も多いらしいし。
とんだ詐欺よね、と実結が悪い笑みを浮かべる。
「でも織田がどうしても行くって聞かなかったんだぜ? ま、ヒロインにはこだわりたいって気持ちは分かるけどよ」
学校紹介PVの主役といえば、いわばこの学校を背負って立つような存在、学校の看板だ。映研の起死回生のための映像制作というのをさしおいても、こだわりたい部分だろう。
そう考えると、昨日の話し合いでの公広の様子にも納得がいく。
昨日、話題が実写パートの出演者の話になると、公広は真っ先にある人物の名前を挙げたのだ。
――
遥は自分の知らない上級生だと思ったのだが、なぜか聞き覚え……というか、すぐ文字が浮かぶ当たり見覚えがあった。
「『戦オラ』よ。『戦場のオラトリオ』。今、二期が絶賛放映中のアニメ」
と、実結の一言に遥は思わず手を打った。
「あぁ、なるほど! どうりで見たことがある訳ですね。甘郷千里っていったらヒロインのアイヒの声の人じゃないですか! 今めちゃくちゃ人気の! まさかそんな有名人に頼むつもりですか? それはいくらなんでも……あ、でも学校の名前で事務所に仕事の依頼を……」
最悪、お父さんに頼んだらどうにか――。
「……なんか不思議な呟きが聞こえたけど、別に事務所通さなくても、個人的に頼める程度には近いところにいるのよ、甘郷千里は。なんてたって、うちの学校の二年生だし」
「え? 嘘? 現役の声優さんですよ? そんなまさか。だって戦場で歌って踊ってるアイドル的存在でバカ売れ中で――というかテレビの中の人ですよ?」
「何か混同してるわね。一応言っておくけど、……声優だって人間よ、実在するわ現実に。でもまあ、確かにそんな大物だから、いくら学校のPVだからって起用は難しいわね」
それに、と実結は公広に釘を刺す。
「甘郷千里なんて有名人を使ったくせに、私たちの作った映像が低クオリティのものになってしまえば批判殺到よ。映研だけじゃなく学校も、何より彼女自身の経歴に傷がつくわ」
そのネームバリューがあれば集客効果は抜群で、PVの目的も果たせるだろう。公広が甘郷千里を推したのも頷ける。何より、久々の映研の映像制作だから最高のものにしたいという想いが人一倍の公広だ。特別な映像に、自分の好きな声優に出てほしいと思うのも仕方ない。
しかし実結の言うことはもっともで、公広は大人しく引き下がり、出演者探しは演劇部からスカウトすることで話はまとまったのだ。
ちなみに、その甘郷千里は一応、演劇部に所属しているらしい。遥は芸能人に会えるかもと楽しみにしていたのだが、さすがに現役の声優、仕事が忙しいのか本日は不在の模様だ。案外公広が険しい顔をしていたのもそれが理由かもしれない。
(まあ、オファーしないことで話はついてたし……)
いないからなんだという話だが、そうなるとこの教室にいるのはレギュラーにも選ばれなかった「普通の子」たちだ。特別キラりと輝く何かでもなければ、遥には誰が良いとか、誰にしたいとか、そういう判断がつかない。
それに、遥こそまさに「普通の子」だ。企画こそ採用されたが、それも映研の元部長だった兄の入れ知恵あってこそ。そもそも遥の意見なんて参考にならないだろう。
どんな子を勧誘するかは景秋たちに任せるべきだ。
だけど、少し……――と、遥の視線が沈んだところで、
「出来れば、もう少し近くで見たいんだが……」
補欠組をジッと観察していた景秋が呟く。
実写パートの出演者はアニメパートにもキャラクターとして登場することになる。そのキャラのデザインをする景秋としては、もっと近くで、いろんな角度から観察したいのだろう。
栄はとにかく可愛い女子にしたいようだが、必ずしも出演者は女子とは決まっていない。昨日の話し合いで、実結も景秋に委ねると言っていた。
「見てきたら? あんたらがうろうろしてる程度で集中切らすようじゃ、どのみち使えないわよ」
「手厳しいっすね。でも部長の許可も下りたことだし、ちょっくら見てくるかー。行こうぜ」
と、栄は景秋と連れだって壁際から離れ、公広のいる方へ移動する。
(……うーん)
景秋に任せることに、遥も異存はない。
ただ、少し欲を言わせてもらえば、出演者――ヒロイン選びに、自分も最後まで関わりたいと思うのだ。
(わたしたちの、ヒロイン……)
それはきっと贅沢で、我がままな望みだ。
だから、これ以上は堪えるべきだろう。
出しゃばり過ぎるのは、良くないと思うから。
(でも――)
もどかしい想いを抱えたまま、遥は目を伏せた。
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