5 僕の私の企画会議(2)
「……何よ? 異論があるならさっさと言いなさい」
「ふふ、ふふふ……みんなのアイディアが出尽くしたところで、真打登場です!」
不敵な笑みを浮かべ、
「まだあったならさっさと出しなさいよ。ていうか、さっきのは何よ」
「あれは引き立て役です。この真打のための。それに息抜きが必要じゃないですか、一番最初に却下されましたけど」
全員に手渡した企画書はこれまでのパソコンで印刷されたものとは違い、完全に手書きだ。遥の手元にあるオリジナルにはテープで写真が貼り付けられ、他はコピーなのでその写真もモノクロ。若干、様になっていない感はあるが、まあいいだろう。
「実は昨日から徹夜で、放課後……部室に来るまでずっと考えてたんですよね。だからちょっと遅れて。急いで清書してから、生徒会の友達に頼んで生徒会室でコピーしてもらったんですけど……なんらかの悪意が介入したのか、写真はモノクロです」
「はあ……だからあんたそんな眠そうなのね」
「え? そうですか?」
「そうよ、さっきからずっとぼんやりした顔してるじゃない。ま、いつもそんな感じだけど」
言われるまで気付かなかったが、どうやら相当疲れ切った顔をしているらしい。そういえば部室に来た時も
「まあわたしのことはいいんです。それより、ささっ、どうぞわたしの真打を」
「最初のものより見た目はいい出来ね――」
遥の用意した真打はどちらかというと公広のものに近い。実写から始まるがメインはアニメを使って学校をPR、だがアニメーションというよりはまさしく動画。絵を動かすといった感じだ。イメージとしては動画投稿サイトに投稿されている『ボカソ(ボーカルソフト)動画』と呼ばれているものに似ている。
実際の写真を多用するが、
「ん? なんかこの写真に不思議と馴染みがあるような……?」
「そうです。馴染みのある写真を用意しました。わたしの真打企画は『学校のホームページを探検する』というコンセプトで、写真はうちの学校のホームページで使われているものからピックアップしたんです」
企画書というものは提出して終わりではない。自分の企画を採用してもらうべく、大人はプレゼンを行うものだ。遥もそれに倣い、この企画の『真打性』について訴える。
「生徒会長の話によれば今回の映像制作は学校のPR、つまり受験者を集めるため、この学校を受験したいと思わせる映像を作れということです。なら、わたしたちはまず、この学園に興味をもたせる、全国の中学生たちの興味を引く魅力的な映像を作るべきなのです」
「まあもっともだな。それで具体的には?」
公広から先を促され、遥の気分は高揚する。
「映像を通して興味をもたせ、詳しくはウェブで、みたいな感じで学校のホームページを見てもらえるようにする。そうさせるように牽引しようと思います」
動画の最後にURLを貼るなどして他の動画やサイトに誘導するという宣伝方法は一般的にも多用されている。
「昨夜、改めてこの学校のホームページを見ていたんですが、この学校のページはよく出来ていて、一度見始めると結構見入ってしまうような工夫が随所に施されています」
受験生となる中学生にスポットを当てつつも、その保護者にも分かりやすく必要事項が伝わるレイアウト。パソコンの操作が一通り出来るという前提はあるものの、簡単な操作で求めていた情報が見られる仕様。各種参考ページへのリンクも充実し、学校周辺の地図なども案内していて親切。
せっかく使える武器があるのだ。これを利用しない手はないだろう。
「なので、ホームページにさえ誘ってしまえば勝てると思うんです。受験生獲得間違いなし。PR映像の目的は果たせます。そういう訳で、わたしたち映研の役割はまず『この映像なんだろう?』という興味から『この映像いいな』へ、そしてホームページに来てもらうことではないかと。牽引役となる映像を作るんです」
遥は手元にある企画書のページをめくるよう告げ、先を続ける。
「無論ですね、映像でも学校を紹介していると分かるように高校生活をアピール、実際の写真も使います。ですが、学校の設備やら何やらといった堅苦しいものは抜きにして、主に部活動を紹介したいです。まずは中学生の興味を引くことが最優先です」
それに、と。ここが一番大事だと思うので、遥は一呼吸はさんでから、
「今回の映像は映研のみが作るのではなく、いろんな部の力があって出来るものにしたいんです。実際、人手不足で映研だけの力では作れないから、学校全体で魅力を伝えるんです。みんなで作ったからこそ学校紹介のPR映像たりえるんじゃないかと、わたしは思うので」
おぉう……、と二年生の先輩方から感心する声が上がり、遥は我ながら完璧な演説が出来たのではないかと自惚れるのだが、
「ラストの……一昨年の
「あ、あう……せめて受け売りって言ってくださいよー……」
感心を返せというような視線から全力で目を逸らしながら抗議。すると、実結は苦笑した。
「まあ、演説含めよくできてるわよ? 中身はもちろん、コンセプトがいいわね。ところどころ桜木先輩の助力を感じるけど……兄譲りの才能とでもしておくわ」
「え、えへへ……」
褒められると照れるお年頃です。その大半は映研の現状を聞き作業量を考慮した兄からの意見によるものだが、中心となったホームページに誘導するというアイディア自体は遥の思いついたものだから、なおさらだ。
「コンセプトはこれでいこうと思うんだけど、どうかしら? 正直、これ以上のものは思いつきそうにないんだけど」
異論はなかった。みんなが力強く頷いてくれて、遥の喜びもひとしおだ。カッと頬が熱くなるような、胸の内に広がるものがある。
「それで、展開だけど」
実結は早くも先を進める。遥は自分の企画が土台に話が進展することに、今更ながら緊張を覚えた。
「コンセプトは採用するとしても、今の内容だと正直映研が作った映像にしては見劣りするのも事実。あんたは作業量を鑑みたんでしょうけど、これなら多少編集技術のある人間なら誰でも出来るわ。それこそ下手な動画投稿者でもね」
伝統と実績というものがどこまで重視されているか分からない以上、少しでも手を抜いていると思われるような内容はマズい、と。
「それから……やっぱりあんたたちとしては、もっと〝動き〟が欲しいところよね」
呆れたように言う実結に、公広たちは遠慮がちに頷いた。
「じゃあどうするか。この企画だと、アニメパートを多くとった方が興味を引けそうね。……実写からアニメに切り替えるというのも手だけど、アニメのOP・EDみたいな形で実写を間に挟むというやり方もあるわ。パートの転換には児立の企画にあるような演出が使えるわね」
なるほど、と遥は感心する。引き立て役の一枚目で適当にOP・ED曲完備なんて書いたのだが、そういう発想はなかった。
「他にも、海外の某スタジオはアニメと実写をミックスさせた映画を作ってるわ。それは最初アニメパートから始まって、その登場人物がひょんなことから現実の、実写の世界に迷い込むのね。そこでアニメーションのキャラクターから実写の役者に交代して話が進む。恐らく先に役者を決めて、その人をモデルにキャラデザを行ったんでしょう」
「僕のイメージもそういう映画に近い。現実世界の実写パートでも、たとえば水面や鏡面なんかにアニメのカットを映す。そこから広がってパートを転換する」
「物語から現実に迷い込むという構成は遥の企画にも通じるものがあるな」
「『不思議の国のアリス』を意識して、現実から幻想の世界に迷い込むみたいな、そうやってホームページの中を探検するようなイメージで考えてて」
発想の種をくれたのは兄だ。何をどうしろといった明確な指示はくれず、そういうイメージならこういう表現があるといった助言役を務めてくれた。あくまで考えるのは遥の仕事で、兄は考えるためのきっかけと、思いつきを実現するためのヒントをくれたのだ。『不思議の国のアリス』もその一つである。
「アニメと実写で登場人物を同一にするなら、アニメパートはその人に声をやってもらうことが出来るな。それに、アニメパートで校舎を描写するなら、実際の校舎に行くとまるで聖地巡礼だ。アニメと実写をリンクさせるとちょっと面白い」
健全なるオタクならではというか、なるほどアニメファンらしい発想だなと遥は感心する。景秋も頷いていた。
「実写の学校を爆発させてパート切り替えるのがいいんじゃね? 派手さが必要だって、相手は中学生なんだから。ていうかなんでもいいから爆発させようぜ」
「爆発、爆発ってうっさいわよ。そんなに鬱憤溜まってるの?」
「場面転換はもっと穏やかに行くべきだと僕は思うが」
「そうか? 俺は疾走感のある感じがいいんだけど。それこそアリスが穴を落ちて不思議の世界に迷い込むみたいに。走ってる間に周りの風景が変わっていく、とか」
次々といろんな意見が上がり、話し合いは白熱する。徐々に目的とする映像の姿が見えてくるようだ。
遥も刺激を受けて楽しくなってきた。みんなで何かひとつのものを作る。それは遥が今まで体験したことのないもので、その未知を進むわくわく感が気分を高揚させるのだ。
――だが、
「こうしていろいろ意見が出てくると……」
公広が言う。
「中心、骨子になる物語が欲しくなるな。たかが二、三分とはいえ、物語があるのとないのとでは大きく違うと思う。いや、どんなものにでも物語はあるわけだけど……そうだな、脚本が欲しい」
その意見にはみんな賛成のようだった。物語という指標があれば、展開の仕方にもより明確なビジョンが得られるだろう。
「それなら……」
脚本と聞いて、遥にはとっさに思いつくものがあった。
楽しい気分に後押しされて、思いつきをそのまま口にする。
笑顔で。
「『ロミジュリ』の脚本の人に頼めませんか? 『
瞬間、ぴしりと。
……そんな音が聞こえた気がした。水面に張った薄氷を踏みしめたかのような、緊張が張り詰める気配。凍り付く空気。遥の笑顔も思わず固まる。
何かマズいことを言ってしまったのか。分からないものの、そういうことには敏感だ。
しかしまだ水の中にドボンとはなっていない。遥はもう少し前進しようと試みる。
「わ、わたしがこの学校に入ろうと思ったきっかけは、その、学園祭の『路美男と樹里子』なので……」
言ってから、踏み出した足が氷を踏み抜く感触を得た。
「――――」
公広が無言で席を立ったのだ。
その表情は硬く、何も言わずに部室を出ていった。
空気は凍り付いたまま、みんな視線だけは彼を追うものの、誰も公広を止めようとはしない。
ドアの閉まる音が、こころなしか強めに聞こえた。
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