4 僕の私の企画会議(1)




 ――そうして、翌日の放課後。


 緊張感をはらんだ沈黙が、映研の部室を支配していた。


 ……ごくり、と。


 誰かの喉が鳴る。それほどまでにただならぬ空気が、はるたちの間には漂っていた。


 机を囲う遥たちの視線の先では、実結みゆがそれぞれの作った企画書に目を通している真っ最中だった。


 みんな真剣なのだと遥は感じる。

 それは手元に配られた公広きみひろたちの企画書のコピーを見ればよく分かった。三人ともしっかりと作り込んできている。だからこそみんな真面目な顔で、しかし落ち着かなげに実結の顔色を窺いながら、手元にある他の部員の企画書に視線をやっていた。


 遥も真剣なつもりだ。

 だが、遥の目は文字の上を滑るばかりで、なぜか公広たちの作った企画書がうまく頭に入ってこない。読んでいるというより、ほとんど眺めているといった方が適しているくらいだった。

 その企画書自体は遥のものよりしっかりできていて、景秋かげあきのものなどは具体的なイメージとしてイラストを添付してあったりと見た目にも非常に分かりやすいつくりになっているのだが、どうにも意識が別のところに向いてしまう。


 それはたぶん、今この場にいない彼女のせいだ。


「…………」


 公広は昨日、ゆうを連れ戻すことが出来なかったのだろう。

 みんなそれぞれに自身の企画書のコピーが手元に一枚余っている。もちろん遥も、悠の分を用意してきたのに。


「……ふう」


 と、実結が一息ついて、ようやく手元の企画書から視線を切った。

 顔を上げる。


 そして緊張の一瞬――二枚の企画書がテーブルの上に投げ出された。


「とりあえず、これ却下ね」


 みんなの視線が集まる。注目の的となった二枚は……、



「なんでオレのが却下されるんすか!」


「わたしだって徹夜したのに!」



 遥とさかえの二枚だ。批難する二人と違い、企画がキープされた公広と景秋からはほっと一息。


「はあ? あんたたち、こんなんで通ると本気で思ってたわけ?」


 呆れ顔の実結は投げ出した二枚を指で叩く。

 遥は手元にある自分の企画書を見直してみた。


 全編フルアニメーション、オープニングとエンディング曲完備。公広がアニメをやりたいらしいのでその想いを汲んでみたのである。恋する乙女(?)としてはなかなかに相手想いの出来ではないだろうか。


「まず、あんたのは作業量を考えてない。何よこれ、馬鹿じゃないの? やろうとしたら部費は飛ぶし、私たち死ぬわよ。いや、死ぬ気でも無理だわ」

「えー……」

「ていうか、徹夜でこの出来って……あんたねえ」


 言われた通り箇条書きでやりたいことをまとめてみたのだが、あまりお気に召さなかったようだ。誰からのフォローもなく、不満を漏らしながらも遥は曖昧な表情でごまかすしかない。


「で、あんたのも何よこれは」


 実結の呆れるような苛立ったような視線は栄に。


「先輩なんだから、遥よりはマシなもの書けるはずでしょ。なんで箇条書きなのよ」

「え、いやほら、昨日部長が遥ちゃんに言ってたから……やりたいことのイメージをまとめてきたんすけど……」

「はあ?」

「なんでもないです! すみませんでした……」


 遥もさすがにこれはないと思うが、文章はプリントいっぱいに書き込まれているし文字にも力強さがあって、その熱意だけはとてもよく伝わってくる。


「そ、そうだ! それより中身! 中身はどうなんすか!?」

「中身も問題ありだわ。何よこの『宇宙を舞台にした一大スペクトルロマン』って」


 これをどう学校のPRに繋げるつもりなのか。そう問うような視線が栄に集まる。


「それはっすね、宇宙なら背景真っ黒でなんとかやれるし、作業量もさほどじゃないんじゃないかって考えたわけっすよ。いろいろごまかして……。それで、ビックバンな演出で人目を惹いて、爆誕する学校! 君も未来の星になれ! ……的な?」

「爆発させたいだけでしょ、却下」


 容赦ない。


「でもまあ……他三人と違ってあんたはBGMについてもちゃんとしてるわね。校歌を大音量かつオーケストラで演奏する、と。実現できるかは別にしても、ここは評価しとくわ。校歌をアレンジして映像に加えるってアイディアはいいかもしれない」

「でしょ! さっすがオレ冴えて――」

「でも却下」

「うぐ……」


 さて、と。実結は手元に残した公広と景秋の二枚に改めて目を向ける。


「まず、織田おだのね」


 遥も見直してみる。公広のものは前半をアニメパート、後輩を実写という形で、実写パートで学校を紹介するような文章を入れたり部活動の写真を投入していくという展開だ。写真は連続してぱぱっと紹介、あまり時間はとらず、アニメパートをなるべく長めにし、『楽しい学園生活』をアピールしていく。

 具体的なイメージも書き込まれていて、企画書のまとまり方やその見た目からも栄とは段違いだ。アニメパートなんかも人の受けが良さそうだなと思う。


「まあ、理想的なイメージね。こういうものが出来ればいいとは思うけど……あくまであんたの理想だわ。しっかり地に足はついてる。でも、アニメパートを削らない限り、現時点では人手不足が否めない、実現は困難。まあそれでなくても、何をするにも人手が足りないんだけど」


 公広は反論せず、黙って頷いた。最初から分かっていて提出したような様子だ。一蹴されるとしても希望するだけ希望してみようといったところか。昨日も言っていたが、人手不足ならどうにか出来るという自信もあるのだろう。


「ラスト、児立こだちの」


 景秋のものは公広とは逆に実写を中心にしたもので、ところどころにアニメーションを取り入れているという形だ。イメージとしては、風が吹くなどの演出を通して実写の主人公を中心に風景がアニメーションに変わっていく、というもの。

 学校紹介は二の次といった感じだが、四人の中では一番、全体の作業量を考慮した作りになっている。


「アニメは技術を要するから単純に人手が多ければいいという訳にもいかないが、実写なら演劇部に協力を頼めばなんとかごまかせるんじゃないかと思う。単純に作業時間も短く済む」

「そうね。あんたのは一番現実的で好ましいけど……それで、これをどう学校のPRに繋げていくのかっていう一番の問題が残るわ」

「……あぁ。僕もいろいろと考えてみたがパッとは思いつかなくてな。とりあえずこれは叩き台として考えてみたものだ。どうするかはみんなで考えていければ」

「そうね……」


 実結は頷いて、しばらく何か考えるような間を置いてから、


「――結論。児立のものをベースに、織田のものを混ぜていく感じ……で、どうかしら。細かいところはこれから詰めていくとして。何か異論は?」


 特にみんな異論はない、が――


「ところで、部長はなんかないんすか? 企画書」


 栄が突っ込むと、全員の視線が実結に集まった。


「は? 私はあくまで傍観よ。三年は受験もあるから後進の育成や引継ぎが主、っていうのはこの部の伝統でしょ。まあ一応部長として意見をまとめたり、指示出しくらいはしてあげるけど、最終的にどうするかはあんたたちに任せるわ」

「ぶー、ぶー。部長だけなんかずるくないっすか? 部の危機だってのに……」

「何よ。言ったでしょ、私は別にこの部がどうなろうが、しったこっちゃないんだから」


 実結の言葉に栄のブーイングが止み、部室に軽い沈黙が訪れる。


「ま、強いて言うならこうして全員の企画をまとめたものが私の企画ってところかしらね」

「うわっ、ずるっ」


 沈黙を払拭するように実結が笑うと、場の空気が元に戻る。真っ先に明るさを取り戻したのは栄だ。


「うっさいわ。一応言っとくと、あんたと遥のものは『私の企画』には含まれてないから。まあ、それよりその『私の企画』で話を進め――」



「ちょおっと、待ったー!」



 そこで遥は声を上げ、勢いよく立ち上がった。


 本当の戦いは、これからだ。



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