第二章 ヒロインの条件
1 あの日こころに灯った何か
――元々、兄の勧めもあって入る部活はなんとなく映研にしようとは決めていたのだが、
それは高校生になって間もない、その週の金曜。
体育館で行われた新入生歓迎会。そして、その席で行われた部活説明会だ。
様々な部活動がいろんな催しを見せ、新入生の勧誘を行う中、とても印象に残ったのが映研の催しだった。
スクリーンが用意され、そこに映像が映し出される。
灰色の、しかし無地ではなくまるで雪景色、吹雪の中のように変化する背景。その中央に浮かぶ黒い文字は誰かの手書きのようにあしらわれたフォントで、よくよく見れば文字の浮かぶ画面中央はノートのようになっている。
そこに映し出された文章は、
『この世でもっともきれいなものも、この世でもっとも醜いものも、全てはあなたの心の中にある』
『それは理想。あなたの中だけにあり、あなたにしか分からない何か』
『どんな芸術家にも作りだせず、他の誰にも真似できないその何かを』
『私たちと一緒に、生み出す努力をしてみませんか』
……まるでどこかの広告のような謳い文句だった。
でも、言いたいことはなんとなく伝わった。
正直、映像研究部……映像やその制作に関して大した興味はなかった。ただ、高校に入ったら生活に変化をつけるために特定の部に入ろうと思っていて、部自体はなんでも良かった。特にやりたいことがあったわけではなく、だからこそ兄の勧める映研に入ろうと。
部活説明会の参加は自由で、遥が参加したのは映研の他に興味をそそられる部があれば、兄には悪いがそちらに入ろうと思っていたからだ。
他の部活もそれなりに興味をそそられ面白そうだと感じたものの、映研の出し物にはそれらとはまた違う感想を抱いた。
――いいな、と。
それはこれまでの遥の中にはなかった、一つの可能性を示唆していたから。
……まあ、映像が紹介されたあと、
『映研です~』
と、舞台の隅で触手をぷるぷる震わせる気持ちの悪い着ぐるみが看板を振り回していたのが気にならないかといえば嘘になるが、それがどうでもよくなるくらい、その映像に心惹かれたのだ。
***
そうしたきっかけから、遥は映研に入部しようと決心した。
けれども。
(三年生がごっそり抜けたから、部員は少ないってお兄ちゃん言ってたのに……!)
緊張から途端に変な汗をかく。部室に入った瞬間、想像していたより多くの視線に迎えられたせいだ。
同級生。同じ一年生たち。まったく知らない相手ばかりだというのに、なぜか見つめられると身が竦む。中学での
「あぁ、あんたが桜木先輩の妹ね、先輩から連絡もらってるわ」
遥が緊張しながらなんとか名乗ると、最初に声をかけてくれたのは遥と同じかより小さい少女で、なんだか偉そうだけど先輩かな? というのが第一印象。しかしその一言が遥の緊張をほぐしてくれた。兄が自分の知らないところで連絡をとっていたというのは初耳で、少し気恥ずかしくもあったのだが。
彼女はまじまじとこちらを見つめ、
「……? あんた、あの人の妹よね? 去年ここの部長やってた、桜木
「え? あ、はい、桜木永久はわたしの兄ですけど……?」
不思議そうな目を向けられたので戸惑っていると、少女――
「……なんか、普通の子ね?」
「あ、あぁ……もっと一筋縄じゃいかない、個性的なのが来るかと思っていたが」
「だなー……オレ、どんな子が来るかと正直びくびくしてたんだけど……」
この部で兄はいったいどんな存在だったのだろう。いや、それとも兄が何か変なことでも吹き込んだのだろうか。
「まあ、あとから本性を現すかもしれないけど……とりあえず、普通そうで良かったわ」
なぜか安堵したような笑顔を向けられ、遥は戸惑いながらも同じく安堵し、曖昧な笑みを返した。
兄がどう思われていたにしろ、そのお陰でなんだかこの部に馴染めそうな気がしたのだ。
――と、思った矢先。
「部長ー……そろそろ部室どっか大きいところに引っ越した方が――」
部室の扉が開き、現れたのは遥にも見覚えのある人物だった。
あの日、あの劇で、主役を務めていた――彼の名は、
それは遥にとって予想外の再会だった。
映研を選んで正解だと本当に思えたのは、きっとこの瞬間だ。
けれど。
その再会も特別で驚きに満ちたものだったのだが。
「え――」
直後、遥は自分の選択が本当に正しかったのかと疑った。
公広の後ろからすっと、影のように、自然と姿を見せた少女に気付いて。
「……遥」
――
彼女は遥に気付くと小さく息を呑んだ。そして動揺する遥と同じく驚き目を見開くが、それも一瞬。すぐ真顔に戻り――
だけど、どこか弾んだ声で――
「入部希望、なんですが」
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