5 動き出す




「じゃあ、気を取り直して。改めて制作方針を固めるわよ」


 全員が着席し、部長の進行の元にようやく映研が動き出す。


「まず、映像はPVだから、長くても二、三分といったところね」


 生徒会からのファイルを確認しつつ、


「三分くらいのアニメも出来なくないでしょうけど……たかが三分とはいえ、絵を動かす、アニメーションっていうのは難しいわ」


 たかが三分、されど三分。はるも最近アニメをじっくり見ているので分かる。三分というのは結構あっという間に感じるものだ。楽しければ二十数分なんて本当に早い。

 しかし、それは視聴者の視点。制作サイドからすれば三分間絵を動かすのはなかなか簡単なものではないだろう。今までそういう目線で見たことはなかったが、映研に入って、映像を作るのだと考えるようになってからはアニメを見る目も変わった。

 正直どうやって絵を動かすのか想像もつかないが、きっと大変に違いない。


「それに……アニメをやるからにはこだわりたいところよね、あんたたちとしては」


「うぅ……」「まあ……」「……確かに」


 歯切れが悪いのが図星である証だろう。それがどれだけ自分たちを苦しめることになるとしても、そこは譲れないといったところか。


「半端なものは作りたくない。妥協は許せない。……あんたたちがこんなんだから、私は無理だって結論したのよ」


 すみません、という情けない声が上がる中――


(ハンパ……)


 その言葉がちくりと遥の胸を刺した。


「……まあ、そこを妥協させるのが私の役割なんだけどね」


 呆れたように呟いてから、表情を正す。


「まず言っておくけど、あんたたちの理想がなんであれ、それを現実のものにするためには圧倒的に人手が足りないわ。それだけは分かる。断言できる」


 遥にはさっぱりだったが、実結みゆが言うからにはそうなのだろう。そう思わせるだけの迫力があったし、現に公広きみひろたち三人の表情にも陰が差す。


「個人個人で無理をして頑張っても実現できない。時間に追われるうちにクオリティはどんどん下がる一方。そんな駄作になるくらいなら辞めた方がマシだって私は思ったんだけど。どうせ後半手抜きになるようじゃ、審査も通らないでしょうしね」


 部長は手厳しい。だがそれはしっかりと現状を把握し、現実を見据えているからこそのものなのだろう。


「遥はなんだかんだ言ってたけど」

「ほえ?」


 ちゃんと話は聞いていたつもりだが、自分は最終的な決定に従うくらいしか出来ないと思っていたから、急に名前が出てきて反応がおかしくなる。


満月みつきも言っていたように、この映像研究部には実績と伝統がある。学校側の真意は知らないけど、もしその背景を意識しているのだとしたら半端なものは許されない。その重みに勝る、クオリティの高いものが求められるわ」

「そうだな。学校のPR動画ということは、いわば看板だ。下手なものを作れば、学校の顔に泥を塗ることにもなりかねない」

「……逆に言えば、そんな看板作りを任されるくらいにはオレたちって評価されてるんじゃね?」


 景秋かげあきさかえがコメントするので、遥は続くだろう公広の言葉を待った。が、彼は何か考え込むように目を閉じていて、その口は重く閉ざされている。


「その評価に応える必要があるってわけよ。むしろ、その評価を更新しなくちゃいけない。もちろん、上方修正ね」

「上げるのは簡単じゃないですか? だって、下がっちゃったから廃部にするぞーって脅されてるんですし」


 なんとなく思ったことを言ってみたら部長に睨まれた。


「……まあ、あんたの言う通りなんだけど。なんかイラッとするわね」


 えー、と思うのだが、まあ確かによけいなことを言った自覚はある。


「そもそも私たちが作るよう言われているのは学校をPRする動画であって、私たちがやりたいものをやっていいわけじゃない。その点、大事ね。アニメをするにしても何をどう動かしたいのか、それをどう学校のPRに繋げるのか。ここを履き違えちゃまず評価はされない」


 なるほど。今更だがメモでも取ろうと、遥は鞄からノートを取り出す。


「まずはそうしたところを固める必要があるわ。企画作りね。そうね……何があるか分からないしなるべく制作期間を多くとりたいから、明日までに各自、それぞれ企画書を作って提出するように。もちろんあんたもね、遥」

「わ、わたしもですか?」


 これまた自分に振られるとは思っておらず、遥の声は上ずった。実結がにやりと笑う。


「そうよ。あんたも私を連れ戻した責任取りなさい」

「えー……。でも知識も技術もないわたしの企画書なんて、先輩たちのに比べたら見るのも時間の無駄かと……。そもそも企画書とか書いたことないからどうすればいいのか……」

「なんでもいいわよ。とりあえずこんな感じかなって思ったことを箇条書きにでもしなさい。新人の新鮮な発想っていうやつをね。全部切り捨てるにしても、まあ息抜きにはなるんじゃない?」

「なんですかその扱い……」


 あんまりすぎる。


「とにかく、こうしたいってイメージをまとめてきなさい。それくらい出来るようにならないと、このさき続かないわよ」

「あ……はい!」


 前向きな言葉が聞けて、遥の心も明るくなる。とりあえず、頑張ってみよう。


 話がひと段落したのか、実結は一息ついてから椅子に深く腰掛けた。


「まあ……なんにしても、今以上の人手は必要ね。何が起きても対処できるように人手は押さえたい。その辺をどうするか……急に頼んでも、相手にも都合ってものがあるしね」


 実結の呟きの直後、不意に公広が席を立った。


「……何? どうしたの。一応言っておくけど、人集めより先に企画書よ」

「人集めに関しては問題ないです。部長の心配してることは大抵片付いてるから。普段から人脈作りと根回しには力入れてる。いつでも大丈夫……たぶん」

「最後が不安を煽るけど……あんたがそう言うなら、まあ任せるわ」


 人脈作りと根回しってなんだろう。と、遥が首を傾げていると、


「……具体的には何してたんだ?」


 栄が代わりに訊ねてくれた。


「そうだな……まず美術部だ。そこの部長とは親しくしてるから、その口添えがあれば部員も借りられるはず。この時期、美術部には特にコンクールとかもないから、部活動の課題を免除してもらえれば」


 公広が言うならきっと大丈夫なのだろう、と遥などは単純に考えてしまうのだが、実結が何やら複雑な顔をしている。なんだか「面倒臭いやつに声をかけたな」といった風である。


「他には……演劇部はもちろん、劇伴を作ってもらうために軽音部とか吹奏楽部、音楽系の部活は全部押さえてる。あとは……そうだな、手芸部」

「手芸部は最近、遥が世話になってるわね」

「あはは……」


 世話になっているというか、なんというか。それもこれも元は公広の根回しによるものだと思うと、なんだか微妙な感じだ。


 話を聞くと、公広は遥たちの知らないところでいろいろやっていたようだ。


 演劇部とのパイプをつくるためオファーを受けて役者として出演したり、手芸部では材料の買い出しとその際の荷物持ち、音楽系の部活ではコンクールの際に重たい楽器の持ち運びを手伝って、部員でもないのに一緒に会場まで移動することもあったらしい。お陰で、最近ではなんでもしてくれる便利屋のように思われている節があるとか。

 思えば、公広を訪ねて他の部からよく人がやってくることがあった。詳しく聞いたことはなかったが、あれはそういうことだったのか。


「美術部は特に……部全体じゃなく部長個人の頼みを聞いて、あの人が描きたくなるような風景を探して休日に散策してる。とはいっても、本人と一緒に出歩くのは目的地がハッキリしてる時だけで、大抵は俺が良さそうな場所見つけて、写真に撮って、それをあの人に紹介してから現地に向かう。めんどくさがりだから、あの人」

「……そうよね、やっぱそういう面倒臭いやつよね、あそこの部長は」


 実結がため息をつく。先ほどの妙な表情の理由はそれかと密かに納得しつつ、遥は今の公広の言葉の中に引っかかるものがあるような気がして首を傾げる。


 これまで黙っていた景秋が、眼鏡を押さえながらくつくつと不気味な笑い声をあげた。


「美術部の部長……進条しんじょうさんだったか。あの人と二人きりか……」


 二人きり!? と、今更ながら遥は目を剥くのだが、


「いや、二人きりじゃないし、俺にそんな趣味はないから」

「……なんだ、他の部員も一緒か。せっかく絵になる光景だと思ったのに」


 どうやらその部長さんは男性らしい。

 遥には景秋のそうした趣味がまだよく分からない。


「他の部員といっても、美術部じゃなくうちのだけどな」

「……はい?」


 遥は思わず実結の顔を見た。

 うちの部員といえば……主に今この場にいる面子だけだ。他にも幽霊部員が多数いるらしいが、それは含まないだろう。そして栄は公広の根回しについては知らなかったようだし、景秋もまた同様だ。当然遥も知らなかった。そうなると相手は絞られてくる。


「私じゃないわよ。だいたい休日に誰かと外出するなんて、何それリア充かっての」

「じゃあ……」


 分かった。さっき引っかかったのはこれだ。


 ――写真。


 他の三人もすぐに思い至ったらしい。栄が驚いたような声を上げる。


「え? 何? 織田おだお前、もしかして……緋河ひかわと? 休日に?」

「まあ。悠はいろいろといい場所知ってるから。ゆうの知ってる場所を案内してもらったり、一緒に探しにいったりするのが最近の俺の休日だった。お陰で好評だ」


「…………」


 遥は頭の中が真っ白になる。公広は親しい相手なら誰に対してもそうだが、『悠』と名前で呼んでいることが今だけひどく気になった。


「なるほどなぁ……ふーん」

「意外ではなかったがな」

「そうねえ……でもまだ解せない要素も残ってるし、断定は出来ないわね」


 公広以外の先輩たちは何かに納得している様子だが、当の公広は疑問符を浮かべていて、遥はといえば、ちょっと気が気でなかった。


 あまりに予想外だったので。


 しかし……いや、でも。

 正直、自信がもてないでいる。

 信じたくないだけかもしれない。


 だって、もしそうだとしたら……。


(わたし、――?)



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