3 静かな終わり




「まったく、相も変わらずいつも通り――、じゃないわね」


 公広きみひろたちを押しのけて部室に入ってきたのは、ウェーブにした黒髪がお嬢様感を醸し出す、胸も態度も大きな美少女だ。

 この学校の生徒会長を務める、一原いちはら満月みつきである。

 勝気な印象を受ける太めの眉をくいっと上げ、腕を組んで映研部員一同を見回す。


 その後ろから公広が部室を覗き込んだ。


「あれ? そういえばゆうは?」

「出てったわよ」


 実結みゆが素っ気なく答えた。公広は顔をしかめる。


「出てったって……、」

「……邪魔」


 ぼそっとした声で公広の言葉を遮り、満月に続き部室に入ってきたのは副会長。満月の横から現れると地味な印象を受けるが、やたらと目つきの悪い少女だ。まるで目に入るもの全てを憎んでいるのではないかというほど不機嫌な顔をしている。


「……会長、例の件」

「そうだったわね」


 副会長に促され、満月が得意げな顔をする。「何よ」と実結も副会長に負けず劣らずな不機嫌顔になる。


「会長と副会長が揃ってうちに何か用? またあんたのところのお兄様から預かりもの?」

「違うわよ。なんで私があんなキモオタのパシリみたいなことしなくちゃならないのよ」


 満月の兄はどうやら映研のOBらしく、少し前にその兄が大学のサークルで制作したという映像をみんなで鑑賞したのだ。最近では一番映研らしい活動だったから、はるもよく憶えている。


「だいたい私は――、」

「会長」


 話が脱線しそうになったところで、副会長が感情の起伏を窺わせないような声音で告げた。「そうね」と満月は頷き、気を取り直すように一呼吸おいてから、


「喜びなさい、朗報よ。今日はあなたたちに仕事を持ってきてあげたわ」


 それに間髪入れず、


「余計なお世話よ」


 愛想ない部長の言葉に、満月の太めな眉がピクリと動いた。一触即発な空気になるも、「……会長」という副会長の声に、満月は冷静さを取り戻したようだ。それにしても会長は短気すぎるのではないかと遥は思った。


端羽たんばさん、例のものを」


 と、副会長に促す。言われた彼女は手にしていたファイルを無造作に放り投げた。机の上にファイルの中身が散らばる。これには実結じゃなくても顔をしかめた。満月でさえ呆れたような表情になる。


「そっちも相変わらず態度悪いわね……。それで、何これ。PV制作?」


 散らばったプリントの一枚を摘まみ上げ、実結が眉を顰める。彼女の言葉に遥も含めた部員一同は思わず身を乗り出した。廊下の公広とさかえも部室に入ってくる。


「そう。PV制作。中学生に向けて、この学校を紹介するPVの制作。要は、受験生獲得のため、この学園に入学したくなるよう興味を誘うPR動画を作れという話ね。伝統ある映像研究部の力量を見込んだ、学園側からの正式なオファーよ」


 実結がプリントを一枚一枚、机の上に並べていく。満月の説明を聞きながら、実結は「ふうん……」と興味なさげな反応を示すが、他の男子三人はそれぞれプリントを手に取り食い入るように読み込んでいる。遥もなんとなくその一枚に手を伸ばした。


『・制作費、機材等は全て映像研究部負担。生き残りたくば自腹でも切れ』


 他は印刷なのにその一枚だけ、丸っこい字でそんな理不尽な一文が書かれていた。遥は思わず副会長を見上げるが、彼女は素知らぬ顔でどこか遠くを見つめている。


「完成したPVは生徒会や職員の間で審査される。つまり、公式に、大々的に、この学校のPR動画として世に出されることが前提な訳ね。そしてここからが重要なんだけど、その評価によっては――、」


 プリントに夢中で、おそらく誰もその重要な言葉を一度では理解できなかったのだろう。



「評価次第によっては、あなたたち映研は無期限の活動停止処分になるわ」



 しばらくみんなリアクションを返さず、


『は……?』


 と、反応したのは、満月が改めて言い直してからだった。




               ***




「……と、とりあえず、これからどうするか話し合おうぜ?」


 未だむっすりしている部長を前にしつつも、栄が話を始める。

 しかし突然の事態への戸惑いからか、続く言葉を発するものはなかなか現れず、微妙な空気が室内を満たしていた。


 どうやら例の話は生徒会の嫌がらせでもドッキリでもなく、正真正銘、学校側からの廃部宣告だったようだ。あのあと実結が理事長の印鑑が押されたプリントを発見し、それが紛れもない本物で、映像の評価如何によっては映研のお取り潰しが決定する旨が書かれていた。


『あなたたちが頑張ればいいだけの話じゃない。理事長はきっと発破をかけてるのよ。この学園の映研は伝統あり実績ある、世間的にも評価の高い部活なんだから。それが最近はどう? だらけるばかりでロクに活動もしない……去年なんか、いつもは受賞してるコンクールで入選すら逃してるじゃない」


 と、映研を毛嫌いしているかと思われた満月から励ましのようなコメントをもらったのだが……その最後の方の一言に部長が拗ねたのか、


『――廃部にしたいならこんなまどろっこしいことしないで、さっさと潰せば?』


 などと言い出したものだから、先輩たちも一時はパニックに陥った。また口論しそうになる満月をどうにかこうにか追い出したはいいものの、あんなにも不穏な方向に混乱した映研は初めてだった。それも多少は落ち着いたが、未だ険悪で気まずい空気は拭いきれていない。


 遥は居心地の悪さから肩身を狭くして、ただただ誰かが何か言ってこの空気を換えてくれることを願うばかりだった。


 すると、



「まずは、どんな映像を作りたいか、でしょ。ほら、採決とるわよ」



 意外にも、真っ先に口を開いたのは、この空気の原因である部長本人だった。

 実結の言葉に、あからさまにほっとしたような顔をする先輩たち。遥はこの部における実結の存在の重要性を再認識した。


 そして――



「「部長、アニメがやりたいです!」」



 勢いよく立ち上がり、元気よく声を上げる公広と景秋かげあき


「……いや、そんなバスケがやりたいみたいなノリで言われてもね。ダメよ、というか無理に決まってるでしょ。たく……うちの男子は馬鹿しかいないのかしら」


 部長は未だにご機嫌斜めのようだ。いつにも増して口調にトゲがある。


「お、オレは別に? アニメやりたいとは言ってないんすけどね……」


 言い訳っぽく呟く栄を一瞥し、実結はなぜか帰り支度を始めながら、


「この人数じゃ、期間的に制作は難しいわ。クオリティにこだわらないなら話は別だけどね。まあやりたければ好きにしなさいよ。私は降りるから」


 実結の言葉にさっきまで微妙な態度をとっていた栄が元気よく頷く。


「よしっ、部長の許可も下りたことだし、これで心置きな――え? 降りる?」

「白々しいわね。二度も言わせないでくれる?」


 ため息混じりに呟いて、実結は席を立つ。


「どうせ廃部になるなら頑張ったって仕方ないでしょ。まあ、これもこの部の運命よね」

「まだ廃部なるなんて決まっては――、」

「じゃあ訊くけど」


 公広の言葉を遮り、素っ気なく告げる。


「今のこの面子で、あんたの納得できるものが作れるの? 仮に出来たとしても、それが評価に繋がるかどうかは別の話よ」


 意外だった。こういう時、実結なら何か状況を打開してくれる適切な指示をくれるものだとばかり思っていた。理不尽な廃部宣告に反骨精神全開で抗っていくのだとば

かり。まさか投げやりになって、全てを投げ出そうとするなんて。


 ――もしかすると彼女がこんな風だったから、今の映研があるのかもしれない。


「じゃあね」


 部長が、部室を出ていく。


 あとには、重苦しい静寂だけが残された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る