第一章 根幹を揺るがすような疑惑
1 シャッターチャンス!
最初こそ新鮮で刺激に溢れ、戸惑うことも多かった高校生活にもだいぶ慣れ、今では正直退屈かなと思う日々を送っている。
しかし、そんな日々に甘んじてはいけない。それを変えてくれる何かの到来を待つのではなく、自ら行動を起こしマンネリ化を打破する――この高校生活の中で学んだことだ。
(……うん。だいぶポジティブな解釈をしてる気もするけど)
桜木遥はひとつ頷き、ひと気のない廊下でくるりとワンターン。空き教室の窓を鏡代わりに軽く身だしなみのチェック。
小柄で凹凸もなくパッとしない体型だが、小顔で、小動物のように愛らしいと言われた自分の容姿に最近自信がついてきた。淡く茶色がかった髪はショート、前髪は切り過ぎて若干ぱっつんとしている。少しくせっ毛なのはご愛敬だと言い訳せずに手櫛で整え、髪で耳を隠すようにして――
「……よし」
覚悟を決め、遥が取り出したのはカチューシャっぽい何か。猫の耳を模したものが上部についたそれは、いわゆる『ネコミミ』と呼ばれるアイテムだ。遥はそれを手にし、窓に映る自分の姿を見ながら頭に装着。
「お、おう……」
これはなかなか恥ずかしい。自分の姿なんか見なければよかったと思いつつ、髪色に近いカラーのネコミミが頭に馴染むよう整える。そうしていると、脳裏にこれをくれた先輩の声がよぎった。
『いい? ネコミミをつけるからには、ちゃんと語尾に――』
今の遥にとってそれはもう常識だ。ついでに両手はぎゅっと握り、猫っぽいポーズ。
予行演習。うん、恥ずかしい。
(わ、わたしは負けない……! 自分に打ち克ってみせる!)
再びくるりとワンターン。対するは映研の部室。
桜木遥、十五歳。
本日も羞恥心との戦い――もとい、部活動に勤しむ。
「お、おはようございます、にゃぁっ!」
部室の扉をあけ放ち開口一番、しかし両目は恥ずかしさからぎゅっとつむり、遥は半ばやけになって叫んだ。
…………………………………………………………………………………………沈黙。
(え、えーっと、放課後だしおはようございますは違ったかな……?)
つい緊張から口走ってしまったが……それにしてもいい加減、誰か返事してくれないだろうか。
そう思っていると、ふっと息をつく気配を感じた。遥は恐る恐る瞼を押し開く。
「………………………………………………………………………………………………」
目が合った。
「げぇ……、」
と、思わず口を衝いたのは我ながらどうかという声だった。
部室には少女が一人。よりにもよって彼女だけが佇んでいた。
濡れたようにつやのある黒髪が印象的で、遥と違ってすらりとした長身の美少女。きれいに整ったその顔には冷ややかな表情がよく似合い、何気ない一瞬の立ち姿すら凛として様になっている。
すっと細められる目、鋭く、刺すような感じを受ける眼差しが遥に向けられていた。
今も姿勢よく佇む彼女の両手にはデジカメが収まっており、部室の窓から見える景色を写そうとしていたタイミングで扉が開いたため、その長髪を翻しながら振り返ったのだ。
そうやって悠の動きが簡単に思い描けるのは、それだけ彼女が様になっているからだろうか。思わず見惚れてしまうような美貌の持ち主。ふれたら冷たそうな白い肌に魅入られる。同性でありながら、彼女の立ち居振る舞いをつい視線で追ってしまう自分がいる。
……両手の拳を猫っぽく握って構えた格好で。
自分の現状に気付いたら硬直して動けなくなった。
「あ、う……」
口は開くが言葉にならない。ひたすら気まずかった。同級生であるがゆえに、いっそ死にたいくらい。
突き刺すような視線が痛い。せめて何か言ってくれるか、いつもみたく何事もなかったようにスルーしてくれればいいのに、今日に限って悠はこちらを見つめたまま動かない。
かと思えば、
「……ぷっ、」
噴き出した。
「~~~っっっ!」
それをきっかけに緊張が切れて硬直が解け、遥は勢いよく扉を閉めて自分の世界から彼女をシャットアウトする。
「うわぁあああ……、」
ネコミミを外してその場にうずくまる。顔がものすごく熱かった。視界が潤む。
あの悠が、普段から感情なんてないみたいに無表情がデフォルトのあの緋河悠が、遥の姿を見て笑った。噴き出した。「君も笑えるんだね」なんて粋な台詞が浮かぶも、口にしても寒い思いをするだけだ。
(何事もなかったみたいに部室に戻れたら……)
……無理だ。少なくとも今日一日は悠の顔をまともに見ることが出来ない。
遥がそうして恥ずかしさから叫び出しそうな思いをしていると、
「遥? どうした? また落ちてるものでも拾って食べたか?」
「わたしそんなに意地汚くありませんから! というか、またって! したことないです!」
声のする方に振り返ると、こちらに向かってくる長身の男子生徒の姿がある。
撫でつけたようにまとまった黒髪は髪のケアを徹底している女子でもこうはいかないだろうというほど美しく、爽やかな印象を受ける中性的な顔立ちを彩っていた。細身だがすらりと長い手足は程よく引き締まり、一目で運動神経抜群という噂は真実だと分かる。
「いつもの遥だ」
表情に味があるのなら、きっとこの微笑はとろけるように甘いのだろう。目にした女子が悲鳴を上げるような笑みをこうも自然に浮かべるのだから、彼がモテるのも頷けると、遥は自分の顔が熱くなるのを感じながら常々思うのだ。
同じ映研に所属する二年生で、遥にとって特別な先輩だ。
「で、どうかしたのか? お腹痛いんなら保健室つれてくけど」
「き、きみ先輩……いや、その、これはですね、ドアを開けて中を確認してから行動に移すべきだったんじゃないかと、自分の迂闊さを呪っているところで……」
ははは、と曖昧な笑みを浮かべながら後ずさっていると、
「何してんの?」
公広の後ろからひょっこりと顔を覗かせる小柄な人物があった。
真っ先に目につくのは薄い色合いの金髪。姿を見せたのは遥と同じかより背の低い少女だ。
小首を傾げるような仕草によって片目をわずかに隠す前髪が揺れ、どこか不機嫌そうな表情が露わになる。その表情と、肩のあたりで切り揃えられた金髪、弾力のありそうな白い肌が相まって、まるで子供じみた印象を受けるが、
「
実はこの場の誰よりも年上の三年生、映像研究部の部長、
実結は遥を見て、その口元に邪悪な笑みを浮かべた。
「ははぁ、なるほどね」
遥はハッと気づき、手にしていたネコミミを背中に隠した。
「なんとなく察しはつくわ。災難だったわね?」
からかうような口調だったが、実結は遥の横を通り抜けながら励ますように肩を叩いた。
立ち尽くす遥に代わり、実結が部室の扉に手をかける。
そして再び、
「……何してんの?」
部室では、悠がカメラをこちらに向けて構えていた。
扉を開いたのが部長だと分かると、悠は無言でカメラを下ろす。
(何を狙ってたんだろう……)
考えないことにした。
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