第47話「圧倒」
「皆の者、恐れることはありません。神は、我らの許に」
いきり立つイキリ司祭が剣を構えて、号令をかけます。
「ハ、ハルヴァト様が『聖遺物の大剣』をお抜きになった!」「おお、なんと勇ましい!」「新たな英雄の誕生だ!」「今こそ悪魔を滅ぼせ!」「祈りだ! 神に、剣に、我らが司祭様に祈りを捧げるのだ!」
気圧されていたモブ信者も各々復活し、それぞれ集まって『祈り』を唱え始めます。
ただ、逃げたり気絶したりした人たちもいるため、かなり数を減らしていました。最初に比べて控えめで小規模になっています。
「「――――――――――――――…………!」」
「「「う゛、゛う゛ぐ゛ぐ゛が゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!゛」」」
雑魚ゾンビが再び苦しみ始めました。もとよりあまり戦力にはなっていませんでしたが、BGMとして立派に再就職を果たしたようですね。
「ちくしょう、周りの奴らが復活しやがった、また鬱陶しい『祈り』かよ!」
「……人数が少ない分、弱い。さして問題はないな」
「さっさとあのハゲぶん殴って、おしまいにしちまおうぜ!」
先程よりも力の弱い祈りは、黒須くんに近い力を持つゾンビには効かないようです。
トリーは両の腰から剣を抜き放ち、クラリスは双拳銃を構え、得物を失ったレイナは爆炎の瘴気を器用に操って騎兵槍を出しました。
炎の赤と瘴気の黒色が混じったその槍は禍々しい見た目をしています。
実力的には十二分、並の相手には負けることすらない三人ですが、黒須くんは不安で一杯でした。
「みんな、あの剣には気を付けて。傷がすぐに回復しないから、無理だけはしないでね、絶対!」
身を持って味わった痛みに、黒須くんは仲間が怪我しないか気が気でありません。
「おうよ! ぼっこぼこにやられたレイナを見てたからよーく知ってるぜ」
「クラリス、貴様! ち、違う、あれは油断していただけで……」
「おい、来たぞ!」
ハルヴァトが軽く剣を振って衝撃波を飛ばします。
それでも地面を抉るほどの威力。ゾンビたちはそれぞれに散ってかわし、そのまま飛びかかりました。
レイナは炎を放出しその勢いのまま豪快な突きを放ちます。ハルヴァトはそれを難なく剣の腹で受け止めますが、続いて放たれるのは縦横無尽の刺突。
間合いを自在に変えられる瘴気の槍は、予測困難な連鎖を生み出します。
それを追ってトリーが双剣による高速の連撃を織り交ぜました。
瘴気が線を引いて輝く司祭を攻め立てます。
更にクラリスが防御を無視して拳銃を振りかざし、そのまま殴りかかりました。突っ込んでは躱され、踏み込んでは躱され、銃撃と拳撃と蹴撃を繰り返します。
技術の高い怒涛の攻撃と、何も考えていない特攻が混じって何気に難易度の高いコンボを生み出しました。
しかし司祭は、それらを間一髪でしのいでいます。
大剣を抜いたことで、近接戦の戦闘力も格段に上昇したのでしょう。
「いくよ!」
黒須くんのかけ声に合わせて三人は同時に司祭から飛びのいて距離を取ります。
丁度背を向けたタイミングでの、虚を突いた超ゾンビ的な右ストレート。
まさに完璧なタイミングでの強襲でした。
大量の瘴気をオーラのように体に纏い、踏み込んだ地面が抉れて一瞬黒須くんの姿がかき消える程の、一撃。
当たれば木っ端微塵でしょう、当たれば。
「やったか!?」
「ちょっと!?」
思わず黒須くんも突っ込みます。
トリーが立てたフラグは一瞬で回収されました。司祭は黒須くんを見ることもなく、片手で剣を後ろに回して拳を防いだのです。
殴った黒須くんの右腕は根元からぐちゃぐちゃに潰れて、すごく痛そうでした。
「クロ!」
「ぐぅッ……!」
「ふふ、ふっ」
司祭が不敵に笑みを漏らします。
軽やかな放物線を描いて、黒須くんが浮きました。司祭が軽やかな回し蹴りで黒須くんの顎をとらえます。
空中で一回転した黒須くんの身体に放たれた追撃の足刀は、豆腐を貫くように彼のお腹を貫通しました。
そのまま体を入れ替えるようにして、黒須くんをくるりと地面に叩きつけます。
簡単にやってのけますが、こんな芸当が常人にできるはずがありません。
なかば地面に埋まった黒須くんに向けて、さらに司祭は容赦なく大剣を突きさそうとしました。
「う、わっ!」
血と中身を撒き散らしながら何とか転がって大剣を避けた黒須くんでしたが、大剣が巻き起こす衝撃波からは逃げられず吹き飛ばされてしまいました。
それがかえって功を奏し、司祭から距離を取ることができます。
「ふ、ふふふ、ふくくくくく……」
やろうと思えば追撃出来るでしょうに、司祭は微笑みながら佇(たたず)んでいます。実に慢心していますね。
「な、なんだあれ、アイツほんとに人間か……!?」
「……無傷か、化物め」
「くっそお、あたしの必殺技がぁ!」
トリーとレイナはかつてない強敵、それも歴戦の戦士を遥かに凌ぐ力量を持つ司祭に驚きが隠せません。
そしてクラリス、あれは必殺技ではなくただの特攻ですからね。
「ふふふふふ……攻守交替ですかね? では、次はこちらから……いきますねぇ?」
次の瞬間、四人の視界から司祭の姿が掻き消えました。
動作すら見えず、彼等は虚を突かれます。
「……! レイナさん!」
「!?」
黒須くんの声に反応してレイナが振り返ると、そこには大剣を構えもしない司祭がいました。一瞬で背後に出現した司祭に対し、レイナは瞬時に反撃します。
その反応速度は流石と言えるでしょう。
しかしその槍は全ていなされ、同時に全て突きに対してカウンターを貰います。
「おやおや、武器の扱いがなっていませんねえ。もしかして、素人ですか?」
「く、なッ!」
確かな傷が、レイナの肌に増えていきます。
「レイナから離れやがれ、このハゲー!」
「……貴女は先ほどから、口の利き方がなっていないッ!」
「うわこのハゲつええ!」
レイナを助けようと勇ましく拳を振りかぶるクラリス。レイナからハゲを引き剥がすことには成功しましたが、今度はクラリスが標的にされていしまいました。
瞬く間に追い詰められます。
「そんなに小さい子をいじめて恥ずかしくないのか、聖職者くせに!」
「レイナさん! クラリス!」
残像が見えるほどのラッシュも当たらず、背後に回っての踵落としも通用しません。
「あまり一点に集中して固まるのは得策とはおもえませんねぇ?」
「なッ!?」「あぶない!」
四方を四体のゾンビに囲まれていたはずの司祭が、気が付いた時には離れた場所で大剣を振りかぶっています。反応の早かったトリーと黒須くんは瞬時に防御姿勢を整えますが、攻撃に夢中になっていたクラリス、レイナは唐突に司祭が消えたことに動きが止まります。
「「へ?」」
再び、白光の衝撃がゾンビたちを襲いました。
閃光と噴煙が晴れると、地面に倒れ伏すゾンビ。まともに食らったレイナとクラリスは大きく吹き飛ばされ、ダメージから意識を失っているようです。
「……ふ、ふふ、ふふふふふ……弱い……弱いぃ! 全くもって無力……! 雑魚という他ない! 神の力の前には全てが虫けら以下! クズ! これが、これこそが! 神罰なのですよ、クロノス……!」
支配者的なポージングで悦に浸っている司祭。一体どっちが悪役なのでしょう。
いや、人間にとっての悪はゾンビ側なのですが。
「つ、強すぎるよ!」
「なにが神の力だよ、俺らよりもよっぽど化け物じゃねえか……!」
何一つ攻撃が通らないことに歯噛みするトリー。これほどまでに手強いとは思っていなかったのでしょう。
動かないレイナとクラリスが心配ですが、ハゲが大剣片手にこちらを見ている為、迂闊に動けないでいるのでした。
「まさしくその通りなのです」
打ちのめされたゾンビ達の横に幼女が出現します。今までなにしてたんでしょうか。
「エレシュキン!?」
「お、おい、死霊妃、なんか弱点とかねえのか? このままじゃ無理あるぜ」
エレシュキンが出てきたということは、何か知っているのではと、トリーが問いかけます。しかし、
「弱点など、ありません」
返ってきた言葉は無情でした。
「…………え?」
「は?」
エレシュキンはただ淡々と告げます。
「かつて我々、魔族はあの『聖遺物』によって滅ぼされたのでございます。『聖遺物』はそれを扱う者にあらゆる恩恵を与え、たった一振りで世界をも塗り替える超常の存在へと進化させてしまうもの。たとえ勇者さまや『死の祝福』を受けた方々でも、真っ向から立ち向かうことは不可能でしょう」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「逃げるのです。勇者さまと勇者さまに近しい屍者の方々なら、逃走にせんねんすれば生き残ることは可能でございましょう」
告げられたのは冷酷な解決手段。当然、黒須くんがそれを簡単に受け入れる筈もありません。
「そ、そんな、街の人たちはどうするの!?」
「生きた人間であれば、彼らが保護するでしょう。おおくの屍者を失うのはおしいですが、仕方ありません。勇者さまさえいれば、いくらでも仲間を得ることは可能です」
黒須くんにとって非常に残念なことに、エレシュキンには情がありません。彼女はあくまで、黒須くんが生き延びるための助言を与えます。
「み、見捨てるの? 僕のせいでゾンビになっちゃった人を、エッダを……? そんなこと、できない!」
わなわなと拳を震わせてエレシュキンを睨む黒須くん。気持ちは分かりますが、敵はそっちではないですよ。ほら、今にも。
「落ち着けクロ、…………んなっ!」
「なにをコソコソと囀っているのですかぁ?」
「こんちくしょう!」
変身中、または大事な会話をしている時は邪魔をしないのが敵役の鉄則ですが、ハゲには通用しないようです。
苛立ち混じりに放たれた衝撃波を、トリーが身をもって防ぎました。
しかし完全に防ぎきれるはずもなく、庇った黒須くんごと弾けるように宙を舞います。
「……っ、ク、クロノス、どう考えてもアイツはヤバい! このままじゃ街の人間どころじゃねえ、全員死ぬぞ!?」
「でも……!」
ボロボロになりながらも、諦めきれない黒須くん。しかしトリーが見ているのはどうしようもない現実です。
黒須くんの胸倉を掴んで、彼は吠えました。
「『でも』も『だけど』もねえよ! まだ街の下にいるやつら、ハーディといる奴らは助けられるかもしれねえ。だけどなあ、全員を救おうとしたら全滅だ! 助けられる奴だけ助けるしかねえんだよ、クロノス!」
「他の人は見殺しで良いって言うの!?」
額を突き合わせ黒須くんも負けじと叫びます。涙目になって、声は震えて、それでも譲れないものはあるのだと。
「生き残るために、死なねえために、……犠牲は仕方ねえんだよッ!」
「……!!」
黒須くんはそう怒鳴られて、辺りを見回します。
視界の先にあるのは倒れ伏すレイナとクラリス。信者たちの祈りに苛まれる、街の人達(ゾンビ)。
皆を苦しめる根源である祈りを滔々と続ける信者たち。
そして今、黒須くんの惨状を見て恍惚の表情を浮かべる司祭の姿。
直視したくない現実が、そこにはありました。
「そんな……そんな!」
「……まずはレイナとクラリスを回収して起こそう。回復したら、脱出だ」
「…………いやだ!」
「はあ!?」
歯を食いしばって、黒須くんはトリーの提案を受け入れようとはしません。優しさだけでは生き残れないことを、まだ大人になれない彼は、知らないのです。
トリーが睨みつけ、もはや説得を諦めて無理やりに動こうとします。
ところが、諸悪の根源がそう簡単にその行動を許してくれるはずもありません。
「おや? んふ? もしかして逃げる算段でしょうか? でしょうね」
「……あんのハゲ!」
「ほう、なるほどなるほど、まあそれが賢明でしょうねえ。そうですかぁ……はあ」
気だるげに大剣を上に構えるハルヴァト。
そこから生まれるのは、何度も見た絶望的な光景。
聖遺物の大剣は今まで以上に輝きを増し、放出された四本の光が螺旋を生みます。
司祭が見ているのは黒須くんの方ではありません。
その剣の矛先は、
「んふふふ」
「――――――!」
地面に顔をつけたレイナ、クラリス、そして信者達の祈りによって身動きの取れなくなっているゾンビたち――エッダのいる方向でした。
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