第46話「白の殺意と四人の黒」


 突如として、世界が白光に包まれました。


 

 地面から天を穿うがつ稲光を纏った極光の柱。それは雲を貫き、空間を鳴動させながら肥大化していきました。

 光が強くなるにつれ暴風が吹き荒れ、瓦礫を巻き込みながら粉塵を散らします。

 巨大な白銀の光柱が、魔晶石を完全に覆ってしまいました。


 神々しさと共におぞましさすら感じるような、それはどこまでも大きくなるかに見えましたが、徐々に明滅しながら希薄になっていきやがて収束して消え去りました。


 突然の光の放出と巻き上げられた噴煙に呑まれ、クラリス、トリーとその他のゾンビ、そして追いかけ回されていた信者たちは動きを止めます。


 前者は全身を襲った怖気と寒気に怯え、後者はその光の中に信仰を感じて。

 ふざけた喧騒に包まれていたその場の空気が一瞬で、上書きされたのでした。


「うぎゃ!? なな、なんだってんだ!?」

「うぇっほっごはぁ!」


 身を覆う嫌悪感に鳥肌前回のクラリスと、巻き上げられた噴煙をまともに吸い込み全力で咳き込むトリー。


「ど、どうしたの、一体!?」


 そして体育座りの体勢からひっくり返った黒須くんが、驚いて固まっています。

 トリーだけは花粉症がひどい人のように、ひたすら咳き込んでいました。


 何が起こったか分からず動けないでいる黒須くんの隣に、エレシュキンが音もなくたたずみます。


「………………あり、えない」


 めずらしく、その表情ははっきり分かるほど、驚愕の色に満ちていました。目と口を開き、その頬には冷や汗が流れているように見えるほど。


 やがて噴煙は晴れ、まずは巨大な魔晶石が姿を現します。

 そして段々と晴れていく視界の中、黒須くんの目に飛び込んできたのは、燦然さんぜんと光り輝く禿頭、身の丈ほどもある大剣を持った、ハゲ。


 そしてハゲの持つ大剣に胴体を貫かれ、うなだれるレイナの姿。


 振るっていた槍は、片腕ごとはじけ飛び原型を失っていました。ぴくりとも動かないその彼女からは、一切の鼓動が感じられません。

 黒須くんは、直感してしまいました。あのままでは、本当の意味で彼女が『死んでしまう』と。


「………………ふむ、これはこれは」


「……ッ! レイナさん!」


 瞬時に、振り切れた感情のままに黒須くんはハルヴァトのもとに跳びかかりました。

 その速度はトリー達の認識を超える程。

 しかし、司祭はそちらを見ることすらせず大剣を無造作に振ることで、刺さっていたレイナを黒須くん目がけて投げ飛ばしました。

 糸の切れた操り人形のように飛んでくるレイナを咄嗟にかばい、その勢いを殺せずに黒須くんは一緒に転がります。

 転がった先にいたトリー、クラリスが慌てて二人を受けとめました。


「レ、レイナ!? クロ!? どうした、なにがあったんだ!」


「……お、おい、あの司祭の持ってるデケェ剣って、まさか……」


 クラリスは見たこともない二人の惨状に慌てています。そしてこれだけ衝撃を受けても、レイナの意識は未だ戻りません。

 

 両の手に剣を構えつつ、トリーは鋭い視線を司祭に向けていました。

 この間、信者たちは動こうとしません。彼らは皆、様変わりした司祭を仰ぎ見ていました。


 何より異質なのはその右手に収まる白い大剣。

 それがとんでもない代物であることは、一目で分かります。 

 

 黒須くんが初めてエッダに案内されて見た時の無機質さはどこにもなく、今は『聖遺物の大剣』に名に相応しい様相をていしています。

 

 握り手、柄から刃の先まで曇りなき純白。穢れなきその色は周囲との境界線すら無くすほどに重く、もはや表現できぬ程に歪に輝いていました。

 全身を隠すほどに幅広の刀身には、これでもかという程に紋様が刻まれ、その全てが血管のように鼓動を続けています。

 一見すると儀礼剣のようですが、その内に秘められた破壊力を、ひしひしと感じていました。

 その証拠に、司祭が剣を試すように振っただけで地面にとても綺麗な斬撃の後が出来上がります。

 

 剣を振る速度といい、その剣筋といい、とても素人には見えません。

 この中では最も剣に詳しいトリーは、自分の直感が当たっていることを呪いつつ、司祭の動きをつぶさに観察していました。


 司祭は今、大剣から発生している不思議なオーラに包まれています。

 剣と同色のその光は、司祭の姿も白く染め上げていくようです。装飾が施された衣服も、真っ白になりつつありました。


 無表情で大剣を眺めるその姿は、とても正気にあるようには見えません。

 変わり果てた司祭の様子を気持ち悪そうに眺めていたトリーは、あることに気が付きました。


「ん?」


 それは狂気の正体や、大剣の弱点や、司祭の背後にみえた黒幕、とかではなく。


「あいつ心なしか……」


 痩せてる。確実に、痩せてる。頬のあたりがシュッとしてる。

 太っていた時をまじまじと見てはいませんが、それでもはっきりと分かるくらい、贅肉が落ちている。


「あの剣には肥満解消の魔法でも付与されてんのか?」


 真面目な雰囲気の中、しょうもないことが気になって仕方がないトリーでした。


「……ありえない、ありえません、ありえてはいけない」

「レイナさん! レイナさん! な、なんで、傷が治らない! どうして!」


 茫然と立ち尽くすエレシュキンを尻目に、黒須くんはレイナを抱えて慌てふためいていました。

 胴体に穴が空き、片腕を失い、全身がひどく傷ついてぼろぼろのレイナ。

 微かに呼吸はしているようですが、意識はありません。


 吹き飛んだ片腕の断片にはピンクの肉と白い骨が見え、貫かれた腹の穴は赤黒い内側を晒しています。

 今まで傷らしい傷など出来なかったゾンビの身体に、初めて出来たその傷は、黒須くんにとって余りにも衝撃的なものでした。

 傷口は再生せず、レイナは痛々しい姿のまま力なく横たわっています。


「なぜ、どうして、おかしい、想定外、異常事態、ありえない」

「お、おいエレシュキン! あの剣って、」


「見てわからないか!? 『聖遺物の大剣』だ!」


 狼狽するトリーの声に、エレシュキンが吠えました。

 その剣幕に驚きながらも、トリーはその単語に覚えがありました。


「は、ちょっと待てよ、『聖遺物』って、人が使えるもんなのか……?」

「……かつての英雄も人でございました。しかし、人間が模造した量産品ではない、正真正銘の『聖遺物』は、選ばれた者にしか扱えないはず……なぜ、この時代に……」


「……ふむ。なるほど」


 皆の視線の先で白いハゲが、大剣を素振りしながらその感触を確かめていました。

 その脅威のほどは皆、レイナの惨状を見てひしひしと感じています。


「エレシュキン! レイナさんの傷が、ぜんぜん治らない! 」


 泣きそうな顔でレイナを揺さぶる黒須くん。重傷者を前によくやる行為ですが、本来それはいけない行為です。


「……ご、ごふッ! な、なにが……」


 しかし揺さぶりがきっかけとなったのか、レイナの意識が戻ったようです。まだ弱々しく声に覇気もありませんが、徐々に回復し始めている様子。

 千切れた手や穴がゆっくりと元どおりになりつつありました。


 そんな状態のレイナを、エレシュキンは冷めた目で一瞥します。そこに情らしきものは一切ありませんでした。


「レイナさん! よかった、大丈夫!?」


「……あ、ああ…だが、すまん。まだ、体に全く力が、入らない……」


 目を覚ましたものの、その表情に生気はまだありません。自分の力で体を動かすのもひどく億劫そうです。


「……『聖遺物』の力は『祈り』の比ではありません。しかし、死の祝福を強く受けた屍者でしたら、時間が経てば回復するでしょう。……存在が消滅しないかぎりは、でございますが」



「では完全に消滅させなければならない、というわけですか。害虫というのは得てして、しぶといものですね、全く」



 ひどく冷静なエレシュキンの声が響き、そして、純白の殺意が牙をむきました。


「!! 勇者さま、守りを!」

「え……ッッ!?」


 刹那、黒須くんの視界は白に包まれました。

 微かに見えたのは、片手で大剣を上段に構える司祭の姿。 

 そして音もなくただ放たれたのは、圧倒的な光の奔流。津波の如く襲い来るそれに対して、黒須くんは咄嗟に黒色の障壁を展開しました。

 かつてダンジョンで死霊妃に使ったものと似ているそれは、分厚く四角い盾となって光を阻みます。


 純白と純黒がぶつかり合うその様は、幻想的にも見えたでしょう。

 

 しかし、黒須くんにそんな余裕はありません。

 光は単なる波ではなく、質量と衝撃を伴って即席の盾に衝突し、そして一瞬も拮抗することなく消し飛ばしてしまったのです。


「……!?」


 迫り来る光の奔流に対して、黒須くんは無意識に瘴気を放出させ、何とか斜めに逸らすことで仲間達への被害を減らしました。

 代償として彼は光に呑まれ、濁流に呑まれた小枝のように弄(もてあそ)ばれながら吹き飛びます。


 白が過ぎ去った後、仲間達が慌てて黒須くんのもとへと駆け寄りました。


「クロ!」

「な、なんて威力してんだよ、クロノスもレイナも比じゃねえぞ、あんなのありかよ!?」


 黒須くんが逸らし切れずにかすった光だけで肩の一部を持っていかれたトリーが、青褪めています。クラリスが抱え起こした黒須くんの状態は、ひどいものでした。

 

 体の欠損こそないものの、肌は火傷のような傷を負い、毒のような光にむしばまれた全身は煙をあげて崩れつつあります。ゾンビ・パワーで何とか回復はしているようですが、傷つく速度のほうが早いのでしょう。


「っ、うぅう、だ、だい、じょうぶ、みんな?」

「馬鹿! 自分の方を心配しろ、バカノス!」


 傷つきながらも仲間を心配する黒須くんにクラリスが怒鳴りますが、白い殺意は待ってくれません。


「ほう、耐えますか。ではもう一度。何せ初めてのことでして、私にもどう扱えば十全な力を発揮できるか、量り兼ねておりましてな。……次はもう少し集中させてみましょうか」


「あいつ連発できるのか!?」


 再び大剣を上段に構え、今度は光を溜める司祭。光が渦となって剣を取り舞き、螺旋の塔を描きます。ただ放出した波ではなく、収束された光の束。どちらが脅威となるかなど、考える必要もありません。

 

ゾンビ達が気圧される中ただ一人、ボロボロのまま物凄い勢いで、黒須くんが突出します。


「があァあ゛あ゛ッ゛!゛」


「おや、」

 

 速度は先程でもなく、ダメージが残っているのか動きにキレがありません。

 それでも全身に瘴気をまとった攻撃は、人間にとってはただのパンチでも致命傷になり得るもの。

 しかし、今回は相手が悪いようでした。


 繰り出される拳を司祭は大剣の腹で簡単にさばいてみせます。

 瘴気によって強化された拳は切り飛ばされることはなかったものの、光に触れたことで瘴気が消えてしまいました。

 

「ッ!」


 崩れた体勢に、容赦なく斬撃が叩き込まれます。

 袈裟切りの傷跡が黒須くんの胴体に刻まれました。


 多少は威力が弱まっているようですが、それでも、黒須くんに確実な爪痕を残します。 


「あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ッ!!」

「何とも、品のない」


 そこからは、猛襲に次ぐ猛襲。

 両手を獣のように構えた黒須くんは、本能にまかせた攻撃を続けます。

 瘴気を使った、後先考えない文字通りの特攻。叩きつけられた脚が、振り下ろされた腕が、地面を豆腐のように抉っていきます。


 そしてその全てを捌きながら、的確な反撃を繰り出す司祭。常人には扱えないであろう大剣を、まるで自分の手足のように自由自在に操っています。

 

 白の残光と黒の残滓が空間を彩り、その戦いを美麗に魅せていました。

 信者たちはもはや戦う意思は見せず、変貌した司祭を崇めるように、膝をつきます。


「く……っそォ!」

「無駄なことを……」

 

 一見対等に見える戦いですが、黒須くんの表情は苦々しいものでした。先程から攻撃を繰り返しているのですが、何一つとして司祭には通っていないのです。


 対照的に、黒須くんの身体は着実に傷を負っていました。傷ついた部分から再生はしているのですが、その速度は普段に比べると遅いようです。


 もはや別次元の戦いの激しさに、トリーとクラリスは傍観することしか出来ません。 


 大剣を両手で受け止めて握りしめた黒須くんを司祭が蹴り飛ばし、彼は再び仲間のもとへと強制的に戻らされました。


「あなたはすぐに修復できるようですねぇ、クロノス?」


 ゆっくりと傷が塞がっていくレイナをちらりと眺め、ハルヴァトが嘲ります。


 彼の言う通り、黒須くんの肉体はすぐに元の形に戻っています。しかし、どうやら中身はそうでもなく、外側だけが修復した状態で、いわば虚勢を張っている状態でした。


「……なにをしたの、司祭さま……その力、その姿……」


 黒須くんはメタモルフォーゼした街の司祭、ハルヴァトに問いかけました。

 敵に対して力の秘密を問うというのは馬鹿げた行為ではありますが、得てしてボスとは自分の力を賢しらに語りたいもの、司祭も気分よく口を開いていくれました。


「…………良ぃい質問ですねぇ! クゥロノス! 私がのではありません! そう! これは信託! 私は、私が、のですよ! ――――――神に!」


 叫びと共に後光を背負う司祭様。魔晶石に反射された白光が彼をより神々しく照らします。

 信徒たちは平伏して、彼を讃えていました。


 そして再び司祭は進化します。

 ふくよかな身体に徐々に角ができはじめ、筋肉質な細マッチョに。顔つきも変わり精悍で勇ましい表情に。もはや進化というより、生まれ変わったよう。


 ですがあらゆる部分が強化されて尚、LEDより輝く禿げ頭が、彼が司祭であることを証明しています。

 体の変化に気付いているのかいないのか、気分がよくなった司祭は滔々と語ります。


「かつて魔族を駆逐した偉大なる聖遺物、真に正義の心を持つ者のみが扱えるその剣を! 今! この! 私が! 振るっている! これは紛れもなくこの私の信仰心が神に試され、その試練を乗り越えた証! 神が私を新たな英雄として選び給うた何よりの証明に他ならないのです! なんと、なんと幸福なことか……!」


 満面の笑顔で滂沱の涙をこぼす司祭。真に感極まった感動の表情。まさに彼にとっては人生の絶頂といったところなのでしょう。

 彼は気分よく大剣を振り下ろし、切っ先を黒須くん達の方へと向けます。


「そッしッてッ! 今まさに我が目前には数多の悪魔! 試練はいまだ続いている! この時この場所この時間こそ! 正に新たなる神話の始まりであり神の力を幾千万の世界へと知らしめし信敵なる目前の悪鬼どもを駆逐することで我が信仰の絶対にして揺るぎなき事を見定め英雄に連なる者であるかを試されようというのですね――――神よ!」


「……やかましい!」


 もはや支離滅裂になっている司祭を黙らせるように、爆炎が彼を包みました。

 容赦なく放たれた炎は周囲の信徒も何人か吹き飛ばし、次の瞬間、司祭の斬撃によって消え去ります。


 炎を扱う仲間といえば一人しかいません。黒須くんは後ろを振り返りました。

 そこに立つのは、槍を失いつつも戦意は消えていない女騎士、しかし繊維は喪失したレイナさん。


「レイナさん!」 

「すまんな、クロノス。油断した」


 レイナの復活を喜ぶ黒須くんですが、そこに水を差すのがぽっと出ボスのクオリティ。

 軽やかに炎を消し飛ばし、司祭が苦々しい表情でぼやきます。


「……もう回復してしまったのですか……では、今度は完全に消滅させてあげましょう。なに、悪魔とはいえ必要以上に痛めつけては神の僕に相応しくありません」


 余裕癪尺な態度は変わらず、大剣を恍惚とした表情で撫でるハルヴァト司祭。気持ち悪いです。 


 しかしこれでようやく立て直すことができました。


「ふん。剣を手に取った途端に力におぼれて強気になる、素人らしいな」


「まったくだぜ! 『せーいぶつ』だかなんだか知んねーけど、とにかく囲って殴っちまったら大人しくなるだろ!」


「クロノス、こいつだけは脅かして終わりじゃねえ、全力でぶちのめすぞ。手加減なしだ」


「みんな……」


 勇者・クロノスの横に立ち並ぶ、頼もしい仲間達。

 二刀流の異腕ゾンビ、トリー。

 銃を持ったロリ・ゾンビ、クラリス。

 槍を失った徒手空拳ゾンビ、レイナ。


 対するは、神に命を捧げるハゲ。


「ふふふふふふふふふふふふふぅ――はははははッ! 何と愚か! 何と哀れなことか! 神の威光に平伏すが良いわ! 神よ、とくと御覧くださいませ…………!!」


 さあさあ皆さまお立会い、第二形態バトルの始まり始まり。

 司祭はあと何回、変身を残しているのでしょうね。

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