第45話「反撃の狼煙」
黒須くんが戦う意思を固めたところで、対峙する信者たちには関係の無い話です。
祈りの力の前に為す術がないと分かっている彼らは、更に詠唱の勢いを上げました。
「――――――――――――――――‥‥……!」
「「「―――――――――――――――‥‥……!」」」
「くっ……!」
「う、うぁ、ぁ」
レイナ、クラリスは全く役に立たなさそうで、地に伏せていました。ごろごろと転がっているトリーは果たして真面目に苦しんでいるのでしょうか。やられ役にもそれ相応のやられ方というものがあるのですけどね。
黒須くんも少し苦しそうです。ひどい頭痛を抑えるように頭に手を添えていました。
「頭が……ズキズキする! エレシュキン、どうすれば……!?」
「このまま祈りを続けさせるのは非常に危険です。まずはこの詠唱を止めることが先決でしょう」
「止めるって言っても……」
見渡す限り信徒だらけ。一人一人ぶん殴っていてはキリがありません。
「――――――――――――――――‥‥……!」
「「「―――――――――――――――‥‥……!」」」
黒須くんには理解出来ない言語で、滔々と祈りの絶唱を撒き散らす司祭と信者達。
――う゛が゛が゛が゛が゛が゛あ゛あ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛
ついに、この場の下で控えるゾンビ達の声まで聞こえてきました。祈りの歌の影響はどんどん広範囲に、強くなっているようです。
モブ信者の数は優に三百人は下らないでしょう。司祭を中心に聖堂の外周に階段状に並び、一糸乱れぬ詠唱をするその姿は圧巻の一言につきます。本来なら美しいであろうその光景も、今はゾンビである黒須くんにとってはただの毒。
外敵にしかなりえません。
対する黒須くんたちも数だけでいえば多勢ではありますが、濁点多めに蠢くだけの彼等は全く役に立たなさそう。
「祈りの力は、言葉によってのみ成立するものではありません。陣形、音階、装束などすべてのようそが複合して亜空間を生みだしていると考えられます。わたくしたちの感じられるすべてが、わたくしたちをきょぜつする人間の意志ということでございます」
割とスケールの大きいことを言うエレシュキン。改めて敵の大きさを感じ、黒須くんは驚きを隠せません。
「全てが、拒絶の意思……」
「しかし、裏を返せばどこかにほころびを、ひずみを生じさせることができれば、『祈り』を無力化できることでしょう」
そうこうしている内にも、雑魚ゾンビたちの声は大きくなっていきます。
「――――――――――――――――‥‥……!」
「「「―――――――――――――――‥‥……!」」」
――う゛が゛が゛が゛が゛が゛あ゛あ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛
このままいけば、力の弱いものから消滅していくことは必至。焦りながらも、黒須くんはエレシュキンに確認をとります。
「わ、わかった。とにかく、邪魔すればいいってことだね!?」
「ええ、そういうことでございます。ですが、勇者さま。やつらの祈りによって勇者さまの『死の祝福』の力は弱まり、今のままで瘴気を使うのはむずかしいと思われますが、」
エレシュキンの忠告を聞いているのかいないのか、目的を見つけた黒須くんは体内に力を溜め込み始めました。その光景は、まさに「カメなんとか波」を放つ前の戦闘民族のようですね。
「…………なんで……やめてって……言ってるのに……やめないの……話を、聞いてくれないの……この世界に来てから、こんなのばっかじゃんか……!」
ドス暗い怒りが、徐々に徐々に、黒須くんの身体の内側へと溜められていきます。
「(スッ)」
なんだかやばそうな雰囲気を感じ取ったエレシュキンは、そっと透明になってフェードアウトしていきました。さすが空気のごとき存在、察する力は抜群です。
「……頭、痛いし、みんな、苦しそうだし、頭痛いし……変な力も、上手く使えないし……!」
いつものように瘴気を放出させて爆発させることができない黒須くん。そこで限界まで溜め込んだ力を、ぎゅっと握った両こぶしに集中させ、頭上たかく振り上げました。
「……それやめてって、言ってるでしょーーーーー!!!」
そして、
何ということでしょう、世界が揺れました。
振り下ろした衝撃で潰れた拳を中心に地割れが発生し、めくれ上がった地盤が波紋のごとく連鎖的に広がり、黒須くんを中心に見事なクレーターが出来上がりました。
埒外のゾンビ・パワーをもつ黒須くんが、一切の保身を鑑みずに全身全霊の膂力を一点集中させたのです。匠もびっくりビフォー・アフターですね。
反動で黒須くんの身体もロードローラーに悪質なタックルを食らったかのようにボロボロですが、ゾンビなのですぐに回復。
一方、当然ですがゾンビではない地面さんは回復することなく、しばらくの間揺れは続きます。
モブ信者たちの並ぶ階段状の外周はドッキリ装置の如くがらがらと崩れ、もはや詠唱やら陣形やらどころではありません。
てんやわんやのごっちゃごちゃです。唯一無事なのは司祭のいる巨大魔晶石と大剣の周辺のみでした。
「んな、なにをした!?」
禿頭を光らせながら、ハルヴァト司祭は狼狽しています。祈りの歌の中、ここまでの反撃を受けるとは思っていなかったのでしょうか。
「(スッ)瘴気を放出することなく、体内で暴走させたのですね。さすが勇者さまです」
何事もなく戻ってくるエレシュキン。彼女も予想外の展開に表情は変えずに驚いているのでしょう。
厄介な詠唱が止まったことで活気をとりもどすゾンビ達。雑魚ゾンビの苦しむ声もぴたりとやんだようです。
「うお、まだ揺れてやがる。あ、相変わらずなんでもありかよ……」
「カーハッハッハッハ! さすがクロノスだ! アタイ、すっげーイライラしてたからメッチャすっきり! 暴れるぜーッ!」
何となく痛みの余韻みたいなものは感じていますが、先程までにくらべれば何の問題もないトリー達。クラリスは早くも二丁拳銃を抜いています。
「あ、あれ、ここまでするつもりは」
自分でやっておいてまた驚いている黒須くん。そろそろ自分の力を十全に理解した方がいい気もします。
「ふん。クロノス、また派手にやったな」
レイナが体の調子を確かめるように槍を振り回しながら、黒須くんのそばに寄ってきました。
彼女もまた、闘志がみなぎっているようです。
「れ、レイナさん、クラリスも、あの、暴れるのは良いんだけど、できるだけ穏便に、その、怪我する人は少なく」
黒須くんはおどおどと二人にお願いします。この場にいる誰よりも破壊力があるのに、一番及び腰。平和な日本の中学生にはまだ厳しいものがあるのでしょう。
「…………ああ。了解した」
「っしゃー! いくぜ、ヤローどもーー!」
「え? やろーども?」
誰に向かって言ってるんだろうと首を捻る黒須くんの、肩をトリーがぽんと叩きました。
「クロノス、後ろ後ろ」
「トリーさん? 何が……うっわぁ」
トリーが見ている方向を見て見ると、そこにあったのは、まさにパンデミック。
「「「う゛が゛が゛が゛が゛が゛が゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛」」」
大量のゾンビ達がクラリスの号令のもと、我先にと群がりながら階段を駆け上がり、こちらに向かってきていました。最近のゾンビはデフォルトで走るものです。
映画で見たことのある一枚絵が迫り来るその光景は、黒須くんの精神に多大なダメージを与えました。いや、彼がボスなんですけどね。
驚天動地(文字通り)の教会陣営に向かって、弾道ミサイルのごとく瘴気を爆発させながら飛びこむレイナ、クラリスと、追従する街のゾンビたち。
立ちすくむ黒須くんとトリーの横を、大勢のゾンビが走り抜けていきました。
「……うぇっ」
「クロノス、いいか、あれだ。多少の犠牲は……仕方ないんだ、仕方のないことなんだ」
黒須くんの肩に手を置いて何かを悟ったような目でトリーは語り掛けます。
「トリーさん、この世界は残酷だ……!」
「とりあえず、お前は屍者がこれ以上増えないように注意喚起しとけ。そうすりゃ被害も増えねえだろ。俺らが近づくだけで、教会の連中腰が抜けちまってるしよ」
「わ、わかった。トリーさんはどうするの?」
「俺か? 俺はだな……」
黒須くんはまだ大人の余裕を残しているトリーを頼っているようです。ここで頼れるお兄さん的な懐を見せておけばトリーの株は爆上がりしたことでしょう。
「……俺もえらそーな教会のやつらビビらせてみたかったんだよなぁ! おいクラリス! 変顔ってのはこうするんだ!」
「ぎゃはははははは! なんだその顔―! バカだー! アタイのことは、首領(ドン)って呼べ―!」
「「「ぎゃーーーーーー!」」」
「トリーさん……大人って……」
うきうきしながらクラリスと一緒になって騒ぐトリー。黒須くんの中でトリーの株が急降下しました。頼れる大人たちはここにはいないようです。
全力で信者たちを追い回し楽しそうに、ゾンビ達はどんちゃん騒ぎを繰り広げます。
「神よ! この者たちに神罰「う゛が゛ー゛ー゛ー゛!゛」ぎゃーー!」「来るな、来るなバケモノーー!」「え、詠唱、祈り、祈りを再開するんだー!」「だ、だめだ、街は終わりだぁ!」「誰だ諦めの言葉を口にした者は! 敵前逃亡には神罰を「う゛が゛が゛が゛が゛が゛ー゛!゛」ぎゃーーー!」
一撃かました黒須くんは体操座りをしてその様子を眺めていました。
「お、おのれ……皆よ! 落ち着くのです! 武器を、剣を持ちなさい! 戦うのです!」
司祭さまはまだ戦う意思を捨てずに、錫杖から仕込み刀を抜いて信徒たちを励まします。
さすが街のトップというだけはあるでしょう。ひっくり返った戦況でも冷静になろうと、指導者らしく仲間を鼓舞しようと、勇猛果敢な立ち振る舞いです。
「恐れることはない! 武器を持て! 所詮は悪魔、我ら神の使徒の敵ではない! 武器を……」
まずは自ら突破口を開くため突撃しかけた司祭の刀が、突然はじかれました。
そこに立ちはだかったのは、槍を構えた赤い女騎士、レイナさん。弾き飛ばした剣を空中からハート・キャッチし、つまらなさそうに投げ捨てます。
「武器、ぶ……あ、れ?」
「ふん、声高に叫ぶわりには武器の扱いがなっていないな。所詮は教会の人間か」
「ヒ、ヒイイ!」
目の前で殺気をあらわにするスゴイ級ゾンビに睨まれると、さすがの司祭も尻もちをついてしまいました。
なにも彼が情けないというわけではありません。ただのゾンビならいざ知らず、爆炎の瘴気を纏う化け物に槍を向けられ、立ち向かえる人間など実際いるはずがありません。
「貴様らに白兵戦は向いてない。大人しく、その辺の隅っこで祈りの言葉を囀っておけ……あ、いや、やっぱり祈るのはだめだ。あれはイライラする。……黙って命乞いでもしておけ」
切っ先を向けたままジリジリと近づくレイナさん。無表情だけどめっちゃ楽しそうなサディストの顔です。加虐趣味は人間の頃から変わってないようですね。
「ヒ、ヒイ、そ、そそんな、なぜだ、悪魔に、悪魔ごとき、に、我々の信仰が……!」
追い詰められる司祭の顔には絶望の色。周りではゾンビに囲まれ身動きの取れない信者たちや、逃亡する者たちなど、完全に大勢は決した様子。
「そんなはずは、そんなはずはない、我々が、私が悪魔に屈するなど、ぶ、武器を、武器があれば」
「諦めろ。なに、貴様らを殺すつもりも、仲間にしようなどともクロノスは思っていない。ただ大人しくしていればいい」
いまだ司祭は諦め悪く後ずさります。どうあがいても「詰み」なこの現状。受け入れるには彼の信仰心は大きすぎたのでしょう。
攻撃はせずただ追い詰めるレイナ。背中をぶつけて、司祭の表情は更に絶望に染まります。彼の後ろにはミズヴァルを象徴する巨大な魔晶石と、聖遺物の大剣を祀る台座。
台座にもたれかかるように、司祭は完全に動きを止めました。
「武器を、武器を持たなければ……!」
「おい聞こえないのか? 大人しくしろと言っている。それとも、痛めつけないと分からないのか?」
「武器、武器、祈りを捧げれば、武器、神よ、悪魔を殺す……」
レイナの恫喝が聞こえた様子はなく、うわ言のようにぶつぶつと何かを呟ています。
目もうつろになり、いよいよ正気を失いつつあるようです。
頭を抱える司祭の後ろには、ミズヴァルを象徴する大剣が突き刺さり、このような状況の中でも変わらず煌々と輝いていました。
純白の刀身に刻まれた紋様が、何かに呼応するように明滅しています。それはまるで、生き物の鼓動のよう。
レイナにとって、初めて実物を見る『聖遺物』。彼女は芸術品としか思えぬその大剣に、何か底知れぬ恐怖を感じ取りました。
司祭もまた、ぶつかった台座に何があるのかに、思い至った様子。
「武器……ぶ、き…………?」
「……ッ!? まて、貴様ッ」
焦った時にはもう遅い。
そしてハルヴァト司祭は
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