第44話「戦いの火蓋」
決意も新たに、大聖堂へ向かうゾンビ一行。
黒須くん、レイナ、トリー、クラリス、そして人換算ではないので除外のエレシュキン。
耳に届く歌唱の音色が大きくなるにつれ、段々と体の内側から嫌な感覚がこみあげてくるのを四人は感じていました。
どうやら、エレシュキンの解説に間違いはなかったようです。
表情を歪め、魂を削るような『祈り』の歌に耐えつつ、彼等はついにそこに辿り着きました。
そこに広がっていたのは、圧巻の光景。
舞台装置のような巨大な魔晶石を半円状に囲むように、密集して合唱を続ける数百人の信徒。全身をすっぽり覆う修道服を着ている為、性別や年齢の区別はできません。
黒須くん達が現れたことにも気付かず、ただただ一心不乱に歌い続けています。
同じ姿をした群衆がこれほど集まっているだけでも不気味ですが、その行為はまさに狂信者のそれ。
すでに『祈り』の合唱は、強いゾンビ的抵抗力を持つレイナたちでさえ耐えきれないほどに強くなっており、今まで大したダメージのなかった彼らも苦しみ始めます。
「うぐぁ……んだ、これ!」
「う、うぅぅう、あ、あたし……」
「っく! これは、槍も意味がないな……っ!」
「み、みんな!」
勇者である黒須くんはまだ平気なようですが、他の三人は頭を抑えて苦痛に耐えていました。
「かつての力と遜色がない、いいえ、たったこれだけの人数だとしたら、かつて以上の力です。なぜ、この時代に、ここまで?」
エレシュキンも驚くほどの強大な力。無表情は変わらずですが、目が大きく見開かれています。
彼女が見つめるその一点、巨大な魔晶石のすぐ手前、これまた巨大な『聖遺物の大剣』の下で、唯一豪奢な服装に身を包んだ聖職者が、こちらに背を向け跪いていました。
「お願い、もうやめて!」
距離は遠く信徒たちの歌が響く中、それでも黒須くんは必死に叫びました。
このままでは仲間が、エッダが、街の皆が消えてしまう。そんな懇願を秘めた声は詠唱の中心にいる聖職者――ミズヴァルの街の長、ハルヴァト司祭に届いたようです。
黒須くんの声が届いたのか、それとも別の理由があるのか、ハルヴァトの声が止まると同時に周囲の唱和が止まります。さっきまで荘厳な歌声に包まれていた広間は、一瞬で痛いほどのの静寂に包まれました。
音が無くなったと勘違いする程の落差、聞こえるのは、苦しそうに喘ぐ仲間の声だけです。
その中で、ゆっくりと振り返った司祭は、仮面をかぶった様にこびりついた無表情。昼に黒須くんと会った時の朗らかさが嘘のようです。その右手には豪奢な錫杖が握られていました。
司祭はじっと、瞬きもせず黒須くんを見つめます。無言の圧力に、黒須くんは一歩、後ずさりました。
ちなみに服装が違うのに黒須くんが司祭に気がつけたのは、特徴的な頭が露出していたからです。魔晶石に反射する太陽の光を浴びて燦然と輝く、「悪行はそこまでじゃ!」みたいなその禿頭が。
この司祭、「ぽっと出のキャラが実は強キャラだった感」が滲み出ていますね。ワクワクすっぞです。
「ついに、ここまで現れましたか」
静謐にヒビを入れるようにして、司祭が口を開きました。
「たしか、クロノス……と名乗っておりましたね。なるほどなるほど……そのおぞましい姿、貴方が全ての元凶で間違いはないようだ……」
彼が錫杖で地面を突くと、飾りの円環がシャランと音を鳴らします。そしてそれを合図に信徒たちがまた歌いだしました。
先程よりも強く、レイナ達が苦しみ始めます。
「し、司祭さま! お願い、『祈り』を止めて!」
ついに膝をついたクラリスを支えながら黒須くんは懇願します。その様を、こびりついた笑顔のままで司祭は見下していました。
「祭りの時を狙って冒険者に擬態し、街へ侵入するとは何と姑息で効果的な方法か。このような事態を想定していなかった私の失態ですね……」
「みんな苦しんでるんだ! 僕がなんとかするから、だから、とにかく祈りを止めて、遠くに逃げて……お願い!」
「やはり祭りとはいえ、……いや、そうではない。神と英雄を讃え敬うこの祭典の時こそ結界と警備をより一層強めるべきでした。あの時、議会で私がしっかりと提言していれば、このような汚物を街に入れることもなかったのですが」
黒須くんを見定めながら、その実、全く会話を成立させようとせず、淡々と独り言を述べる司祭さま。
眼光はおよそ人に向けるものではなく、仕留めるべき獲物の動向を探る狩人に近いものでした。穏やかに見えた顔付きはどこにもなく、視線だけで射殺そうとする殺意に満ちています。
真の英雄は目で殺すという至言がありますが、今の司祭にはまさにその慣用句が似合っていました。
レイナ、トリー、クラリスと黒須くんに近い3ゾンビは、苦しみながらもなんとか口を開くことはできるようです。
トリーが憎々し気に司祭の禿げ頭を睨みつけながらぼやきました。
「くっ、アイツ、会話する気ねーのかよ!」
「まさに、狂信者、といった感じだな」
レイナも槍を支えにしつつ、正気を保っているようです。そんなゾンビたちも同様に無視を決め込んで、司祭は朗々と自戒を呟いていました。
「しかしこれほどの邪悪が現われたにも関わらず、その正体をこの私が見抜けぬとは、悔いても悔やみきれません、いや、いや、それほどまでに凶悪であるということ。いち早く事態を収束させ、本部に報告をせねば。さらに脅威が、広がる前に……!」
「し、司祭さま! お願いだから、お願いだから話を聞いて! このままじゃ、街のみんなが! エッダが!」
「…………街ぃ……?」
今まで何の反応も見せなかった司祭の瞳孔が、黒須くんの言葉を聞いて怪しく広がります。
「……我らがミズヴァルの街の住人を、貴方が心配するのですか? 元凶である、貴方が?」
たしかにその通り。ザ・正論です。なんだか「僕がこの街を救うんだ!」って雰囲気になっていますが、そう言えば黒須くんは立派な侵略者なのでしたね。
「た、たしかに、街がこうなったのは僕のせいだ! でも、だから、僕が、この街を救わないと……ッ」
それでも黒須くんは縋ります。たとえ自分が悪いのだとしても、いま皆を助けられるのは自分だけなのだと。
しかし、そんな理屈は通じません。
司祭は黒須くんの言葉に強い感情をあらわにしました。
「救う? 救う……救うとは! ふふ……人を誑かし貶める悪魔が、なんとも滑稽! 救いとは神の所業、神に選ばれし英雄にのみ許された尊き行い。それを汚物如きが口にするとは正しく不敬………………神の怒りを、思い知るがいいッ!」
再び司祭は錫杖を突きます。すると信者の歌声が更に大きくなり、複雑なコーラスを描き出しました。
ゾンビ達が激しく苦しみ始めます。
「ぐ、ぐぅぅッ! お、お願い、祈りを止めさせて! このままじゃ、このままじゃ、みんなが、エッダが、消えちゃうんだ!」
ふと、司祭だけが動きを止めました。
「エッダ……そうですか、彼女もまた、苦しんでいるのですね」
ここにはいないエッダを想っているのか、司祭が遠くの方を見やります。奇しくもその眼差しは苦しむエッダがいる方角を向いていました。
「そうですか。なんとも痛ましい姿に、なってしまったと。神の試練とはかくも辛く悲しきものなのですね、エッダ……」
目を伏せて悲しむような表情をする司祭。今なら話を聞いてもらえるかも、と黒須くんが言葉を畳みかけます。
「その、ごめんなさい、エッダが、その、苦しんでるのも、僕のせいなんだ。だ、だから、これ以上、みんなを苦しめると、消滅しちゃって、それに、早くしないと街の人がもっと襲われて……!」
「なるほど」
一言呟き、三度、司祭ハルヴァトは錫杖を強く叩きつけました。
それを合図にさらに勢いを上げる信者たちの『祈り』。
もはや仲間のゾンビは立ち上がれないほどに苦しんでいます。
「……そん、な……! どうして……どうして!」
「神の、試練ですね。エッダよ、可哀そうな子たちよ。これも全て神の与え給うた試練なのです。人ならざる姿になり、吐き気を催す邪悪に染まり、我らの『祈り』に苦しむ罪深き者どもよ。全ては試練。全ては貴方の業。全ては神の定めし理。
ならば私も神に従うまで。罪には罰を。罪には、粛清を。
神に仇名す
『
…………ぅんぁあああ、神よ! 悲しき子らに、罪を償う場を与える、その慈悲深きことよ!」
もう何言ってるか分かりません。元の世界では触れることすらなかった狂信に、黒須くんはただ圧倒されるのみでした。理屈が通じないというのは、まさにこういうことなのでしょう。
「なんでっ、どうすれば」
「もはや戦闘は避けられません」
打ちひしがれる黒須くんの横に颯爽登場したエレシュキン、相も変わらず澄まし顔。
「エレシュキン、君は大丈夫、なの?」
「わたくしのこの姿は実体なきマボロシに過ぎませぬので。たとえどれほど悪意を持ったとしても害をなすことも、なされることもございません。彼らの『祈り』の効果も、ないのでしょう」
一人涼し気エレシュキン。
祈ることに必死な狂信者、苦しむゾンビ、そして佇むゴスロリふりふりドレスの金髪幼女。何とも場に似合わない見た目です。
「そうなんだ……」
「さあ、そんなことはどうでもいいのです、重要なことではありません。クロノスさま、勇者さま、はやくあの者をどうにかしなければなりません。すでにあの者に交渉の余地はなく、おのれの信仰心に陶酔しておりますゆえ。勇者さまでしたら、このような『祈り』の力、多少は問題ないでしょう」
「うん、た、たぶん、大丈夫だけど……」
そうはいっても頭痛はするし、吐き気はするし、なんだか体の内側がぐちゃぐちゃになっているような嫌な感覚はしているのですが。仲間に比べればマシ、ということでしょう。
既にトリーはよそ様に見せられないような顔になっています。女性陣はヒロインフィルターによってちょっぴりエロティックな感じですが。
未だ
「人間とたいじすることをお恐れでございますか、勇者さま」
「……ッ!」
その一言に、黒須くんが固まります。
「あの者は、あなたさまを、お仲間をほろぼそうとしております。このままではたとえ死の祝福を受けし『屍者』といえども、消滅は必至。それでも、ご自分の意思でたたかうことはできませんか」
「ち、ちがうよ! でも、……でも!」
「あなたさまの覚悟とは、守るべきものを決められない、その程度のものなのですか。ともに戦おうと言ってくれた仲間を、自身がきずつけてしまった者たちを見捨てて、たおすべき敵すら決められない、そんな貧弱なお覚悟でしたか」
「そんな……!」
また泣きそうな顔になり、エレシュキンを見上げる黒須くん。しかし彼女は何も言いません、その冷ややかな目で、愚か者を見つめるだけです。
「ならば、戦うのです。目の前の障害をしりぞけるために、この世界を救うために、仲間を守るために。そのために自分が何をするべきか、もうきめたのでしょう?」
「わかってる……わかってるよ! ……僕が、僕が司祭さまを倒す……! 倒して、皆を救うんだ!」
拳を握りしめて、黒須くんは立ち上がりました。
瘴気で身を包み、戦う意思をみなぎらせます。
揺れる心を押し固め、震える足に力を込めて。ただ守りたい、その思いを心に込めて。
見据える先は狂信者。彼等を倒さねば、仲間は助かりません。
「来るがいい、悪魔よ! 我らが信仰の決して折れぬことを知れぃ!」
雰囲気の変わった黒須くんを見て、ハルヴァトは更に声を張り上げ、信者は『祈り』を捧げます。
さあついについに始まります。黒須くんにとって避けて通れぬ通過点、それは彼が主人公であるが故。行く手を阻むは正真正銘ただのハゲ。
いざ第三章の決戦、つまりは恒例の、
ラスボス戦です。
覚悟はいいか?
黒須くんは、正直まだ出来ていません。
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