第43話「みんなの敵」
「行くぞ、クロノス」
「…………」
黒須くんは今にも自殺しそうなほど意気消沈しまくっています。
レイナが諭すように声をかけても、その表情は変わりません。
トリーとクラリスは悲惨すぎるその場の空気に、沈黙するしかありませんでした。
相も変わらず
「……はい」
レイナにうながされ、黒須くんは鉛を引きずるような重い足取りで歩み始めます。引きずるように無理をしながらずるずると。引き連れるのは鉛ではなく、ゾンビたちなのですが。
目指すべき場所は、大魔族エレシュキンを封じる聖なる大剣。ミズヴァルの街の大聖堂です。
レイナ、トリー、クラリスが並び立ち、背後には虚ろな表情のゾンビ達。
誰がどう見てもゴッドファーザーな侵略者のボスですが、彼は「被害を広げない」という目的のためだけに、その心を奮い立たせているのでした。
しばらく進むと、街の光景が少し変わってきました。
大聖堂の方角から不思議な声が聞こえてくるのです。大勢の人間による、合唱のような声と、てゾンビたちのうめき声があからさまに。
今までの意味のないものとは違い、そのゾンビたちの声は苦しんでいるように聞こえます。
「どうやら、教会の人間が『屍者』に抵抗しているようでございます」
漂うように黒須くんの側にいたエレシュキンが、眉根を寄せて不快げに言いました。
「抵抗? 嫌な話だけどよ、ただの人間がこいつら……俺らに、抵抗することなんてできんのか? 何してもダメージなんて受けねえんだぞ、この身体」
トリーの疑問はもっともです。ダンジョンの中でも経験したように、一部が吹き飛んでも勝手に修復してしまう身体。およそ普通の人間には対処できるとは思えません。
「『ただの人間』でしたら、不可能でしょう。魔法や剣を使えるだけならば」
「教会の人間は、ただの人間ではないということか? 確かに教会の連中は一般人ではないが」
「はやく行って、その人たちを救おう。教会とかは、今はいいよ」
黒須くんに、孤児院に駆け付けたときのような覇気はありません。為すすべなく激流に身を任せるように、鬱々としたまま歩みを進めます。あくまでゆっくりと、皆と一緒に。
彼が一人で先行すると後ろのゾンビたちが暴走する可能性もあるためですが、黒須くん自身の気持ちも関係しているのでしょう。
傷ついた少年の心は、ただ、救済という現実逃避だけを目指していました。
そんな彼の背中を見ながら、レイナが声を掛けます。
「元気を出せ、とは言わない。貴様の事情は知らんが、私たちがこうなった全ての元凶はクロノス、貴様だと思っている」
彼女の言葉に黒須くんがびくりと固まり、泣きそうな顔で振り向きます。
恨めしそうに、申し訳なさそうに、でも何も言えずに。
「お、おい、紅蓮、別にいま言わなくても、」
わたわたとトリーが二人の間に入ろうとしました。しかし、
「……だが、悪気がなかったことくらい、さすがにもう分っている。貴様はただの子供で、馬鹿らしいくらいの、お人好しだ。元凶であったとしても、貴様だけに責任があるとは思わん。そんなものは、いるかいないかも分からん神とやらに押し付けろ」
黒須くんの顔をちらちらと横目で見ながら、早口でまくしたてるレイナ。
いつもと雰囲気の違うその声色に皆が彼女を伺います。
「レ、レイナさん?」
どうやら紅蓮の女騎士さんが珍しく、黒須くんを慰めようとしているっぽいですね。ツンデレパートです。
恥ずかしいのか頬が少し赤く染まっていました。
「その、なんだ、お前がしっかりしてないと、私が人に戻れないだろう。だから、その、なんというか、……しっかりしろ。……わ、私も、一緒に戦ってやるから、な!」
照れ隠しに振った槍が斬撃を生み、地面を大きく削りました。
少しの間、無言に包まれるミズヴァルの広場。
その間も誤魔化すように、レイナはぶんぶんと槍を振り回し続けます。地面や建物はガンガン抉れ続けます。
このままいけばゾンビ以外の原因で物理的に街が破壊されてしまうでしょう。照れ隠しを隠す気がないのでしょうか。
「んだよ、紅蓮が人に気を遣うなんて初めて見たぜ。まあそういうことだ、クロノス! ガキがなんでも一人で背負い込もうとすんな、って言いたいのさ、こいつは」
トリーがレイナの肩を軽く叩いて藪蛇を突っつきます。
そして次の瞬間、突っつかれた彼の頭に風穴が空きました。
「ちが、私は、さっさと元の生活に戻りたいだけで!」
「え、ちょ、おま」
ツンデレを発動し、なおも素振りを続けるレイナ。余計な一言をいれたトリーが街の身代わりとなり、その攻撃を一心に受け止めています。素晴らしい献身ですね!
当然傷はすぐに回復しますが、お召し物が見るも無残な姿に変わってしまいました。
「アハハハ! 良いこと言うじゃねえかレイナ! そう! アタイたちは一蓮托生、交わした言葉は少なくとも、
クラリスが不敵に笑いながら黒須くんに跳び付き、その背中をばしっと叩きました。
活を入れられた黒須くんが皆を見渡し、感極まったように目を潤めます。
「クラリス……レイナさん……トリーさん……ありがとう、ありがとう、みんな……」
世界の命運を背負う少年を、仲間たちが支えようと鼓舞します。
若干一名、今なおズタズタにされていますが。
「ち、なみに、俺ら全員、クロノスと剣も交わしてるよな! 返り討ちにされたからここにいんだけど」
はいそこトリーくん、余計なこと言わない。
頑張ってレイナの攻撃を抜け出してまで言う台詞ではないでしょうに。
というか、基本的に黒須くんは戦闘した相手を負かしてから仲間にしていますね。さすが主人公。それでこそ主人公です。
ギブ・アンド・テイクな和解とかじゃなく、キル・アンド・テイムな関係ですけれど、ゾンビなので仕方ありません。
「ん、トリー。何故急に服がぼろぼろになっている? そういうファッションか?」
「お、ま、え、の、せ、い、だ!」
そんなこんなで寸劇を交えつつ仲間からの励ましを受けて、なんとか黒須くんの気持ちが前向きになりかけた、その時でした。
「「「ゥ゛ ウ゛ガ゛ァ゛ア゛ア゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛」」」
突如として彼らの後ろに付いてきていたゾンビの群れが、苦し気に呻き、のたうち回り始めました。明確に何らかのダメージを受けていると分かる動きです。
「うぐぅ、う゛、う゛く゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!゛」
「エッダ!?」
それはエッダも例外ではなく、黒須くんが駆け寄ってもなお頭を抱えて喚き叫んでいました。
大量のゾンビが一斉に、叫びながら蠢くさまは中々に不気味で壮絶なものがあり、クラリスとトリーの顔が引きつります。
「攻撃か!」
その中でレイナが咄嗟に武器を構え、隙なく鋭い眼光で周囲を伺いますが、敵らしき影は一切見当たりません。
ところが、レイナの鋭敏な感覚はある変化をとらえていました。
「……歌?」
気が付けば、先ほどまで遠くで聞こえていた合唱のような声がだんだんと大きく聞こえています。それに呼応するように、ゾンビたちの苦しみは重くなっているようです。
「これは……」
「なにか知ってるの、エレシュキン」
「やつらの力、『祈り』の力です」
エレシュキンは相変わらず表情を変えません。しかし声はまさに苦虫をかみつぶしたよう、という器用な真似をしてみせました。
「人間どもがわれわれ魔族を封じるために造り出した、魔法とも魔術とも違う体系の力。奴らにとって、忌避すべきモノのみを退ける力。街に張られた結界と同系統のものです」
祈りの力、と呼ばれる合唱は大聖堂、『聖遺物の大剣』を祀る広場の方角から聞こえてくるようでした。
背景と化している有象無象のゾンビ達とエッダは、その声量が増すたびに更に強く苦しんでいるようです。
「どうして、俺らはなんともねえんだ?」
暴れるゾンビ達を尻目にトリー達は何ともありません。
「発信源から離れているからでしょう。この距離なら祝福の遠い者には耐えきれないでしょうが、皆さま勇者さまに近い方や、実体なき私には問題ありません」
「……もし、発信源にこれ以上近づけばどうなる?」
レイナが槍の切っ先を微妙にエレシュキンに向けつつ、問いかけます。
「祈りの力は奴らの理想に反する邪なる者を拒絶し、調伏する力。皆さまが生身で近づけばかつてのわたくしと同じように、地に伏すことになるでしょう」
「エッダは、ま、街のみんなは大丈夫なの!?」
エレシュキンすら恐れる力と聞いて黒須くんが焦ります。ゾンビ達の苦しみようは見ていられない程痛々しく、このままにしてはおけないと考えているのでしょう。
「祝福の弱い屍者たちに耐えきれるものではありません。このまま捨ておけばやがて、彼らの存在はひていされ、きょぜつされ、排せきされて、――消滅してしまうでしょう」
「行かなきゃ」
即断即決。エレシュキンの淡々とした宣告を聞いて黒須くんは動きだしました。
先程までのうじうじした様子などどこかに行ってしまったようです。
「待てよクロノス! 話聞いてねえのか? 無策で突っ込むつもりかよ!? 俺等でもやべえんだぞ?」
トリーが慌てて肩を掴みますが、黒須くんの膂力は既に彼を超えていました。
ずるずるとトリーを引きずりながら黒須くんは進みます。
「でも、このままじゃみんなが! 僕のせいで!」
歯を噛みしめて覚悟を決めた表情になった彼を、レイナが静かに見つめていました。
「そうだな。今、動けるのは私たちだけだ。すぐに行くべきだろう」
「紅蓮まで……! おい、エレシュキン、なんか、こう、対抗できねえのか!?」
両肩を掴んで両足で地面を踏みしめても引きずられていくトリーが情けない格好で吠えます。
「全盛期のわたくしでも、あの『祈り』にだけはなすすべなく、ただ離れるしかありませんでした。つまり、打つ手などありません」
ふるふると首を振り、トリーの懇願を突っぱねるエレシュキン。それを聞いてトリーは更に力を込めて黒須くんを止めようとします。
「ただ突っ走ることが得策だとは思わないが、なにもしないくらいなら、突っ走るしかないだろう。それにさっき言ったはずだ。一緒に戦うとな」
「策なんてぶん殴りながら考えたらいいんだよ! このまんまじゃ、アタシの可愛い兄弟どもが消えちまうだとぉ? そんなこと、許せるわけねえだろうが!」
そして黒須くんにあてられた猪突猛進型女子が二人並んで戦意をみなぎらせます。
トリーの味方はどうやらいないようですね。
「ちっ、ああもう! まあいい、この戦力だったらなんとかなるだろ! さっさと解決すんぞ!」
こうなりゃやけだとトリーも吠えました。
力になると手を差し伸べてくれる皆に黒須くんが泣きそうになっています。
「みんな……ごめ」
トリーが手を上げて黒須くんの口を塞ぎました。
「おっと、皆まで言うな。ごめんもありがとうも腹いっぱいだぜ、クロノス。てめぇは『行かなきゃ』いけないんだろ? だったら、俺らも一緒に『行く』それだけだ」
なんだかイケメンっぽいこと言っていますが、お召し物が穴だらけでイマイチ締まらないところはトリーらしいですね。
「……うん! ……行こう、みんな!」
こうして頼もしい仲間を連れ、黒須くんは街の皆を苦しめる元凶のもとへと向かうのでした。
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