第36話 「夜明け」

 そして夜が明けました。

 まず目を覚ましたのは黒須くんです。


 静かな部屋の中、ゆっくりと意識が浮上するような気持ちいい寝覚めを迎えます。


「ふぁ、ふあああぁぁ~。あーよく寝たなあ……ん? ここどこだっけ……」


 寝癖を盛大にこさえて、大きな欠伸をしながら寝ぼけ眼をこすります。まだ意識は覚醒していないようで、しばらくぼけっと自分がどうしていたかを思い返していました。


 周りではまだ仲間たちが眠りこけており、起きる気配はありません。窓にはめられた板扉の隙間からは、かすかに白く淡い光が差し込んでいます。まだ早朝みたいですね。扉を開ければ気持ちの良い日差しと、新鮮な朝の空気を感じることが出来そうです。


「そうか、確か街について……」


 黒須くんが寝る前のことを思い出した様です。エレシュキンが使った力のおかげか、夢も見ずに熟睡していたようで、まだ意識がはっきりしない様子。


「ん~、まだ眠い。学校もないし二度寝しても……」


 甘いオフトゥンの誘惑、しかしもう一度寝たらどうなるか、昼まで寝てしまうんじゃないかと考えると、良くない気もしたので、黒須くんはとりあえず立ち上がり、部屋に明かりを入れて眠気をすっきりさせようとしました。


「よっと……凄い寝相だなあトリーさん……」


 エレシュキンによって強制的に眠らされたトリー。可哀想に床で芸術的な寝姿を披露しています。ハーディは行儀よく毛布にくるまってすやすやと寝息を立てていました。イケメンは寝顔もイケメンですね。


 ちょっと可愛らしさすら感じるその中世的な顔に、黒須くんは一瞬性別を忘れて見惚れてしまいました。ぷるぷると頭を振って何かを追い払います。


「クラリスとレイナさんは……よく寝てるね。自分じゃ起きそうもないや」


 子供らしくあどけない寝顔のクラリスと、相変わらず大の字を描く豪快なレイナ。対照的な二人ですが、人が気持ちよさそうに寝ている姿というのは、見ていて気分の悪いものではありません。


「わ」


 そうやってよそ見していると黒須くんはトリーの足を踏んでしまいました。けれども起きる気配はありません。


「よっぽど寝つきいいんだなぁ……これは一気に目を覚まさせてあげないと」


 窓に辿り着いた黒須くん。板扉に手をかけながら、昨日のことを思いだします。いきなり異世界に来て、訳の分からないことだらけで色々なことが起きて、口には出しませんが、彼のメンタルは結構やられていました。


 けれどミズヴァルに入って、そこで出会ったのはそんな暗い気分を吹き飛ばすような、盛大に笑い楽しむ為の、異世界の祭り。そこで体験した時間は、今までの鬱屈とした感情を吹き飛ばすものでした。


 そして何より彼の心に残っているのは、昨日一日共に過ごした笑顔が良く似合う少女のこと。彼女と過ごした時間は、自分がゾンビであることすら忘れてしまいそうな程、楽しみに満ちていたのでした。


「もうエッダも起きてるのかなぁ……よっと!」


 そんな事を考えながら、彼は窓の扉を開け放ちました。


 日光が一気に差し込み、黒須くんは眩しさに目を細めて手をかざします。光に慣れた頃、彼の眼に飛び込んできたのは、昨日と変わらない祭りの様子。


 音楽が鳴り響き、その横で合わせて踊り子が舞い、様々な店が活気に満ちた声をあげ、大道芸人は芸を披露する。そして街の人々が互いに笑い合い楽しむそんな光景――ではなく。


「……………………え?」


 そこにあったのは、変わり果てた街の姿でした。

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