第35話 「また明日」

 エッダに紹介された《宿屋ラルテガーヌ》前に着いたクロノスとハーディ。そこにはすでにトリー、レイナ、クラリスの姿がありました。


「もう着いていたんだね、道に迷ってなくて良かった……よ……」


「なにが、良かった。だって?」


 仮面を着けたレイナはちょっとマンガチックにふくよかな体形が変わっており、げっぷしながら「くだらん」っぽい謎の言語を発しています。クラリスはトリーにおぶられてスヤスヤ鼻ちょうちんを膨らませながら熟睡、背中によだれを垂らされているトリーはなぜか満身創痍です。


 一体彼等の身に何があったのでしょうか。


「ぶ、無事でなによりだよ、トリー」


「どこが無事に見えんだよ! こいつら、ダンジョン報酬の金があるからって暴飲暴食するし! お子様は腹いっぱいになったらぐずついて暴れだすし! 紅蓮は勝手にどっか行こうとして一々なんかの事件に巻き込まれるし! なんでか全部オレが後始末しねえといけねえしよぉ!」


 立派に保護者としての役割を果たしたようで、休日のお父さんが如く疲れ切っているトリー。ゾンビである事は関係なく、色々な問題に巻き込まれたようで。


 どうやらそっちのグループは平穏無事な観光とは行かなかったようですね。


「なんというか……街が無事でなにより、かな?」


「やかましい!」


 そんなこんなで宿を取った一行。祭りの間は、旅行者も朝まで飲み明かすのが風習なのか、意外にも他のお客はあまりいないようで、五人それぞれに一部屋ずつ割り当てられました。先払いのお金は、ハーディが管理していた分でまかないます。


 一行は作戦会議のため、一番広いトリーの部屋に集まることにしました。


「さて、目的の《鍵》は見つけられたわけですが……」


「わあびっくりしたぁ!」


 背後から声をかけられたハーディが飛び跳ねて驚きます。

 毎度のことながら突然登場のエレシュキン。室内ですので、他のメンバー同様に仮面は付けていません。


「《鍵》? 《鍵》ってなんのことだ! アタシ知らないぞ!」


 お子様は目が覚めたのか元気いっぱいです。


「うるさいのは黙っててください、話が進みません」


「うきー! なんだその態度は! あたしを誰だと思ってやがる!」


 荒野で強制的に黙らされたことを根に持っているのか、クラリスが吠えます。


「はい、クラリス、飴玉たべる?」


「わーい、食べるー。あたひのほほは『ほん《ほん》』っへよひな!」


 黒須くんが飴玉を渡すと大人しくなりました。飴が無くなるまでは大人しくしてそうです。

 その間に他の面子は話を進めます。


「あの大剣……《聖遺物》だっけ……あれが、エレシュキンを封じる鍵? なんだね。それでいったいどうすればその封印を解くことができるんだい? 抜けばいいの?」


 黒須くんの脳裏に伝説の剣を引っこ抜く勇者の姿が浮かびます。勇者と呼ばれた自分が剣を抜くんだろうか、なんて淡い期待もしてしまいます。


「抜いただけでは意味がありません。というより、あの遺物はわたくしを封印するほどの力を持った、正真正銘の太古の兵器です。皆さま《屍人》では、触れることはかなわないでしょう。それは勇者であるクロノス様でも同じです」


 中学生の夢を砕かれた黒須くん、誰にも知られずがっかりしています。実はちょっとだけハーディも。

 

「じゃあ、いったいどうやりゃいいんだ?」


 近づけないし触れない、という条件つきでどうすれば。トリーが問いかけます。


「壊してさえ下さればよいのです。触れられないといっても、《瘴気》による離れた場所からの総攻撃でしたら、効果はあるでしょう。太古の兵器といっても、今は操る者のいないただの楔です。ここにいる皆さまの能力でしたら、十分に破壊は可能でしょう」


「そうか……なら、人の居ない隙を見計らって、全員で一気に攻撃、ってことになるのかな。とは言っても、あそこは街の大聖堂、この祭りの間に人がいなくなることなんてあるんだろうか……」


「その、ひとつ良いでしょうか?」


 おずおずと手を挙げる黒須くん。


「どういたしました? 勇者様」


「……エレシュキン、君は、復活したとしても、本当に人に……この街に危害を加える気はないんだよね?」


 脳裏に浮かぶのは、今日街を案内してくれた心優しき少女の姿。自分達しか知らない素敵な景色を惜しげもなく見せてくれた、エッダのことです。


「――――ええ、もちろん。お話したはずですが、わたくしに、わたくしども魔族に、人間に復讐しようという気はありません。なにより、一度、滅ぼされた身ですから、ただ静かに生きたいだけなのです」


 ――冒険者たちに、身体の中を探られるような存在ではなく、生きたいだけです。

 

 切実な響きを込めたエレシュキンの本心。知らなかったとはいえ、当事者の一人であるハーディ、トリー、レイナは、すこし気まずそうにします。


「疑っておられるのですか、勇者さま?」


「そういうわけじゃないんだ、ただ、その、もし君の封印が解かれることによって、この街が、街の人たちが大変なことになったら、とっても嫌だなって……」


 それを疑っているというのですけどね。黒須くんのぶしつけな言葉に嫌な顔一つせず、エレシュキンはちょっとずれた回答をします。


「勇者さまは、お優しいのですね。たしかに、わたくしの封印が解かれるということは、あの聖遺物が街から失われることを指します。そうなれば幾分混乱は招かれるかも知れませんが、なに。人々にとって三千年前の置き土産など、いまさら必要なものではないでしょう」


 そういうことを言いたいのではない、という黒須くんの微妙な表情。彼が気にしているのは、そんな事ではありません。もっと直接的な被害です。


 その憂いを断つように、エレシュキンは言葉を続けます。


「それに、わたくしがこの街や、街の住人に手を下すことは決してありません。それは勇者さまと、勇者を遣わした我らが神の名の下に、お誓いいたします。これが嘘であるならばわたくしは喜んで首を差し出しましょう」


 そういって頭を垂れるエレシュキン。その態度に、嘘をついた様子は見られません。


「な、ならいいんだ。ごめんね、変なことを聞いて」


「いえ、お気になさらず」


「そうだよね。君が酷いことするはずないよね。僕たちを助けてくれたんだし」


 その言葉は、まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえます。


「ええ、勇者さまを導くことも、神がわたくしに与えた、使命ですから」


――わたくしは手を出しませんよ、わたくしは。


 エレシュキンが口で転がした小さな小さな声は、誰にも聞こえることはありませんでした。


「なるほど! とにかく誰にもバレずにそのでっけえ剣をぶっ壊しちまえばいいんだろ? らくしょーらくしょー、この《首領ドン……」

「クラリス、飴玉噛んだでしょ? 虫歯なっちゃうよ?」


 ドン! で止められたクラリス。凄い憮然とした顔になっています。といっても頬っぺた膨らませた不機嫌顔でしたが。


「ま、今さらうだうだ考えても仕方ねえわな、もう街にいるわけだしよ。それにこいつが『やべえこと』するってんなら、紅蓮が言ってたように、俺らが全力で止めりゃあ良い話だ」


 エレシュキンを睨みつけるトリーの眼光は鋭く、彼女が見た目通りの幼女なら泣き出してしまうであろう迫力に満ちています。


「なあ紅蓮……ておい、船こいでんじゃねえよ……」


 実は話の最初からうつらうつらしていたレイナ。半分夢の世界へ旅立ってしまっているようですね。


「そうだそうだ! あたいのこと《首領》って呼ばないくせに良いこと言うなトリー! そういうことで、あたいはもう、寝ますzzz」


「クラリス、ちゃんと歯を磨かないと!」


 宣言すると同時に鼻ちょうちんを出したクラリスを、慌てて黒須くんが介抱します。ところでこの世界に歯磨きって文化あるんでしょうか。


「ふわぁ……。なんか最近色んなことありすぎて疲れたよ。ボクも、もう寝ようかな。あ、歯磨き取ってこないと」


 そう言ってハーディも扉を開けて出ていきました。歯磨きの文化、あるみたいですね。


「ハーディ、ついでに僕のもお願い」


 どうやっても起きそうもないクラリスをベッドに寝かせながら、黒須くんがハーディに頼みます。おや、自分の部屋に戻る気はないのでしょうか。


 すぐ戻ってきたハーディ。両手にコップとブラシのようなものを持っています。そのまましゃかしゃかと歯磨きを始めます。


 その状況にトリーが待ったをかけました。


「いやちょっと待て、うん待て、待て! おかしい! なんで自然に俺の部屋で寝る準備してんだ!? 全員部屋あんだろ! 自分の部屋で寝ろよ! あ、紅蓮お前いつの間にベッド占領してやがる! 二つしかねえんだぞ!」


「ぐー……」

「すぅ……すぅ」


 豪快に大の字になって眠るレイナに、可愛らしく丸まって寝息を立てるクラリス。それぞれ一つずつベッドを占領してしまっています。


「今、この街は皆さまにとって敵地も同然。ひとかたまりになって夜を過ごすのは間違いではありません」


「そういうことだね、あ、ここ借りるよ……ふわぁ」


「俺は部屋に一人じゃないと熟睡できない性質なの! あ、ソファーが! ハーディてめえ!」


 そうこうしている内に、寝る準備を整えたハーディがもそもそと枕と毛布をもってソファーに転びました。


 あと残っているのは、ベッドの横にある仮説の布団です。眠る時はしっかり寝具で寝たい派のトリーにとってそこは死守すべき場所。歯ブラシを片付けにいった黒須くんが居ない今こそが、最大のチャンスです。

 

 しかしそんな彼の淡い願望は儚くも打ち砕かれます。


「わかりました、では皆さまに『めちゃくちゃ安眠できる魔法』をかけてあげます」


「そういう話じゃねえ! 俺はベッドで寝たいって」


「『寝ろ』」


「あ! ……てめ……かって、に……ぐがー」


 エレシュキンが人差し指をついっと振ると、トリーはその場で崩れ落ちるようにして眠ってしまいました。結果床で雑魚寝です。


「あれ皆もう寝ちゃってる……じゃあここ借りようかな」


 そして黒須くんが戻ってきた時には、皆すでに寝息を立てていました。起きているのはエレシュキンだけです。


「それでは、皆さま、どうぞ、『おやすみなさい』……良い、夢を」


「うん、おやすみ~」


 寝転がると同時に、鈴の音を鳴らすように心地よい響きが耳を通って、黒須くんはあっという間に瞼が重くなり、夢の世界へと旅立つのでした。

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